第148話 ポップの日記②
ケインの埋葬を終え、私はローレンスとアルバ村をめざして村を出た。
先日の彼の言葉が脳裏をチラつく。
「──私は精霊王なのだ」
あの日以来、彼と精霊の話はしていない。
彼からも、その話題について追求することは無かった。
無事にアルバ村に生還し、ローレンスもアルバ村に住むことになった。
てっきり私はすぐにでも旅立つと思っていたのだが、予想は外れた。
ローレンスも村に馴染んできた頃、ローレンスが私の家を訪ねてきた。
「俺は、西の大陸に行こうと思う」
それはローレンスがこの村に来て5年目の事だった。
西の大陸、自分たちが住んでいる東の大陸から海を渡った先にある大陸だ。
もちろん、私も他の村人も誰も足を運んだことが無い。
「恐らく私は、西の大陸から来た」
ローレンスはそう言った。
恐らくと言ったのは、記憶が無い"ローレンス"として生きてきた期間の話だからだろう。
聞きたいことも沢山あった。
しかし私の口から出た言葉は、
「一緒に行かせてくれないか」
その一言だけだった。
それから私たちの2度目の旅が始まった。
フォーラ村から船に乗り2ヶ月、ついに西の大陸に足を運んだ。
西の大陸各地を回る旅。
旅を始めて1年半、ついにローレンスが足を止めた。
「……私はこの街を知っている」
それは旅の終盤での出来事であった。
西の大陸をほとんど見て回った私達は東の大陸に渡るべく、港町 アイアスブルク辺境伯領の国境付近に差し掛かった時だった。
ローレンスの口から、その言葉が出たのは。
「それは、ローレンスとしての記憶か?」
「……多分、そうだと思う」
ローレンスは動こうとしない。まるで街に入ることを拒んでいるかのようだった。
そんな彼を私は急かすわけでもなく、静かに見守った。
しかし突如として異変が起こる。
ローレンスが頭を抱え、地面に伏したのだ。
前に本で読んだことがある。
乖離性の記憶障害を患った患者は、記憶に何らかの干渉が起きた場合、激しい頭痛と意識混濁に襲われると。
たしかに今の彼はそれに当てはまるのだろう。
しかし彼は他の患者とは違った。
「ローレンス?ローレンス!」
「うぅ……あ……」
彼の身体が透け始めたのだ。
正確には、彼の身体が光の粒子となり空中に離散していっているのだ。
こんな現象を見たことも聞いたこともなかった。
故に私にはどうすることも出来ず、消えゆく彼の横で必死に名前を呼ぶことしか出来なかった。
その時だった、彼女が現れたのは。
「──私なら彼を救えるわよ?」
突然背後から声が聞こえた。
振り返るとそこには、純黒のドレスを身にまとった少女の姿があった。
彼女の身分について聞いている暇はなかった私は、彼女に頭を下げ助けを要求した。
彼女は不敵な笑みを浮かべると、
「貴方に連れて行って欲しい場所があるの」
と言った。
ローレンスに残された時間が残り少ないと悟った私はそれを承諾し、すぐさまローレンスを彼女に預けた。
その後のことはあまり覚えていない。
気がつけばローレンスは元通りになり、意識を戻す頃には既に彼女はいなくなっていた。
何も言わずに消えてしまった彼女に違和感を抱きつつも、私はローレンスを連れ足早に東の大陸へと渡った。
事が発覚したのは、東の大陸に渡る中継所で次の船を待っている時だった。
「なんだ……これは……」
左肩に謎の模様が黒く浮かび上がっていたのだ。模様というより、紋章と呼んだ方が近いかもしれない。
ただの痣ならどこかでつけたのだろうと無視したが、これは明らかに意図的に付けられたものだ。
私はローレンスに肩を見せると彼は明らかに動揺した様子で、
「これはいつから……?」
と聞いてきた。
その表情には焦りとも取れる感情が浮かんでいた。
「最近、黒いドレスを着た少女に会わなかったか?」
その言葉に肯定する。
ローレンスが倒れたあの日、その少女が現れて救ってくれたと説明した。
「その時何か言われなかったか?」
ローレンスは珍しく食い気味だった。
それは決して興味津々といった明るいものではなく、焦りだった。
ローレンスはぶつぶつと「彼女がなんの見返りもなく人を助けるはずがない……」などと小言を言う。
こんなに取り乱した彼を、今まで1度も見た事がなかった。
「確か、私に連れて行って欲しい場所がある、とか……」
「それはどこだ!」
「いや、分からない……」
ローレンスが、「急に怒鳴ってすまない……」と私から距離を取った。
呼吸を整えるとローレンスは、
「その紋章は、闇の精霊の契約者に刻まれるものだ。ボップ、君は闇の精霊と契約してしまったんだ」
そう言った。
これが私の、いや俺の人生のターニングポイントだった。
東の大陸に渡るまで、ローレンスは事細かに闇の精霊について教えてくれた。
「闇の精霊は人の過去を見ることが出来る。きっと君の記憶の中に、彼女が探している場所があるのだろう」
ローレンスはそういうが、正直自分が通ってきた道はほとんど移動商人によって開拓された道であり、誰も立ち入ったことの無い場所など行った覚えが……。
そう私は思っていた。
しかしこの時私の頭にある場所が浮かんだ。
それは私が旅を始めたあの日のことだ。
村を出て負傷した私が偶然入り込んだ洞穴。
なぜ今まで忘れていたのだろうか。
その洞穴のことを、ローレンスに話すと彼は額に眉を寄せた。
「私もそれがなんなのか検討もつかない。だが闇の精霊が関わっているとするなら……」
「良くないもの、ってことですよね」
「……恐らくそうだろう」
旅の終盤、これから故郷に帰るというのに私達の表情は晴れなかった。




