第145話 精霊王
「精霊王に、なるためだと?」
「ええそうよ」
精霊界について詳しい訳では無いが、名前の響きからして精霊の頂点に立つものという認識で間違いないだろう。
しかし聞いた話では大精霊に真名を与えた者、いわば精霊王は別にいるはずだ。
「つまりお前は精霊王を倒し、その玉座に着くために力を集めているってことか」
「少し違うわね」
闇の精霊は訂正する。
しかしそれが何に対する訂正だったかを知った時、全てがくつがえることになる。
「──精霊王は最初から存在しないわ」
「……は?」
言っていることの意味がわからなかった。
大精霊は、精霊王から真名を授かったと聞いている。
つまり、精霊王は存在しなければ話が合わないのだ。
「言い方が悪かったわね。確かに精霊王は居るわ、存在はしないけれど。精霊王とは、その時代に最も力を持った精霊に与えられた称号……今、精霊王の席は空席となっている。……これで伝わるかしら」
「……空席なら、座りたいやつが座ればいいんじゃないのか?」
「そういう訳にも行かないのよ」
闇の精霊はまるで子供におとぎ話を語る老婆のように話し続ける。
「精霊王の席に座ることが出来るのは大精霊のみ。かつて私たちに真名を与えたのも、現大精霊のひとりよ」
「つまり大精霊のうち一人は自分で自分に真名を授けたのか」
闇の精霊は首を横に振る。
「違うわ、彼らは自分たちの真名を明かさなかった」
「…………まて、精霊王は1人じゃないのか?」
ここまでの話を聞いた限り、精霊王の席に座れるのは一人のはずだ。
その時代に最も力が強かった、たった一人の勝者だけが。
「その点彼らだけ特別だった。何せ、2人で1人の精霊なのだから」
「2人で1人?月と太陽のことか?」
「違うわ」
大精霊は、月、太陽、雨、風、闇、光の6人で構成されている。
内、雨、風は一人の精霊であることは確認できている。勿論ここにいる闇の精霊も一人のはずだ。そしてユズルが契約する光の精霊も。
となれば残るのは月と太陽の精霊だけだが……。
「彼らでは無いわ。簡単なことよ、考えてみて。ここまで来る中で一人、真名の分からない精霊はいなかった?」
その言葉を聞いた瞬間、言葉を失った。
雨の精霊アマリリスは真名アクエリアスを。
風の精霊は真名テンペストを。
月の精霊は真名ツクヨミを。
太陽の精霊は真名アマテラスを。
闇の精霊は真名ルーナジアを。
そう、一人だけ真名が分からない大精霊が存在するのだ。
「カマエルの真名については、わしも分からないんじゃ。正確には、思い出せないんじゃ」
それこそ、ユズルが最も昔から知る大精霊──、
「カマエルが、元精霊王……なのか?」
闇の精霊はニヤリと笑い、
「そうよ、あなたが契約しているその子は元精霊王であり、光の精霊カマエルの片割れ。真名は彼ら自身しか知らないし、もう一人の光の精霊がどこにいるかさえ、誰も知らない」
真名を解放できない理由は全てここにあったのだ。
知らないのじゃない、知らされていなかったのだ。
しかしヨハネは確か「消された記憶」と言っていた。もしそれが本当なら知っている人がいてもおかしくは無い。その記憶が無いだけで。
「そう誰も知らない。……私を除いて、ね」
「今なんて──」
闇の精霊の指が、ユズルの言葉を遮るかのように唇に触れる。
「私は知ってるわ、真名も、もう一人の光の精霊がどこにいるかさえも」
闇の精霊はまるで悪魔の囁きのように、ユズルの耳元で「教えて欲しい?」といたずらに聞いてきた。
ここで「はい」と答えればユズルは闇の精霊に屈服したことになる。しかしこの世界ではプライドなど持つ余裕が無い。
ユズルははっきりと肯定する。
だが、
「ふふっ、あはは!」
闇の精霊はまるで弱者を嘲笑うかのように高らかに笑い、「教えるわけないじゃない」と言葉を返した。
それが引き金となり、ユズルのはるか後方から光の銃弾が闇の精霊目掛けて降り注ぐ。
「── 栄光なる治癒」
温かい光がユズルを包み込み、傷が癒え始める。疲労やダメージの蓄積により上がらなくなっていた肩もたちまち回復し、いつ戦闘が始まってもいい状態まで持ち返した。
「ユリカ、いつもありがとう」
「いえ、これが私のユズルさんに出来る最大の恩返しですから」
森の中から現れたのは、ユズルの最愛の人にして最高の仲間 ユリカであった。
ここに現れた理由はただ一つ、闇の精霊を討つためだ。
砂埃がやみ、視界が開け始める。
「……流石にそんな簡単には死なねぇか」
砂埃の中、微かに影が浮かび上がる。
それはほかでもない、闇の精霊のものだった。
「漆黒の大穴」
「なんだ……っ」
ユズル達の足元が突如として沼地のようになり、2人の体を飲み込み始める。その速度は早く、一瞬にして身体の自由が奪われた。
「栄光なる地均」
ユリカが咄嗟に魔法を唱え、幸い腹部が飲み込まれた辺りで帰ってくることが出来た。
今のはユズルたちを試したのではない。実力試しならさっきボップとの戦いで散々見せた。
これはれっきとした敵対行動だ。
「勘違いして貰ったら困るわね。先にしかけたのは貴方達よ?」
煙の中から姿を現したルーナは、先程までとは姿形が全く持って別物であった。と言うよりも、服装が変わったと言った方が的確かもしれない。
身にまとっていたドレスが拡張し、髪型も先程までの下ろした髪と違い左右がハーフツインになっている。
心做しか魔力の流れが変わった気がした。
「あれはルーナじゃないわ」
最初に発言したのはユリカの契約している雨の精霊 アマリリスだった。
「……てか、普通に具現化してるのな」
「彼女が特別なおかげよ。普通具現化なんて並大抵の魔法使いならせいぜいもって数分ってところね」
アマリリスは「今はそんなこといいから」と会話の軌道を戻し、
「あれは大精霊ルーナジア。彼女、契約者も無しに真名解放を使うなんて……」
通常真名解放には大量の魔力、そして精霊力を使うため契約者から魔力を補給しなければ最大限の力を発揮することは難しい。
それを一人でやるとなると、魔力の量は半減。
明らかに無理をしての真名解放であった。
「でもちょうどいいわ。こっちには契約者ありきの大精霊が二人。たとえ相手が彼女だとしても5分以上の戦いは期待できる」
いつの間にかアマリリスが場を仕切っているが、ここはそのまま指揮を任せるとする。
アマリリスはルーナジアを指さし、
「貴方の思惑通りにはさせないわ!」
そう、言い切った。




