第142話 精霊ノ一太刀
闇の精霊の存在について知った夜、2人はヨハネに彼女のこれまでの動向について知らされた。
「彼女の目的は一体……」
「私にも分からん。だがひとつ言えるのはそれが明確な目的あっての行動であるということだけじゃ」
闇の精霊の行いは、人々を惑わし悪の道へと導く行為。負の感情が多ければ多いほど彼女の精霊としての力は増す。
だがしかし、力を得て彼女は何をしたかったのだろうか。少なくても人間のためでは無いことは確かであった。
「彼女を野放しにしておく訳には行かない。少なくとも、人間に友好的では無い彼女に力が渡れば、人間はまたしても支配される側になるだろう」
(闇の精霊が魔族側に着く前に説得する、もしくは倒す。そのためにはまず従者であるボップを殺す必要がある)
手に入れたばかりの力を解放し、ユズルは禍々しい姿を自身の師匠の前に晒け出す。
顔の半分が魔人化し、片翼の羽が天を仰ぐ。
上半身の大部分は黒く染まり、剣を握る腕はまるで鱗を纏った竜人の腕のような形相である。
何より全身を黒い靄が覆い尽くしており、その姿はもはや人間ではなかった。
「魔人化については多少聞いていたが……。まさか覚醒を使えるとはな」
(覚醒について知っているということは、過去に王族階級の魔人と対峙したことがあるのか?)
もしボップが元々旅人であったなら、その道中で出くわしていても不思議ではないだろう。
この世界は、そういう世界なのだから。
「まぁ俺一人だったらあの日死んでたんだがな……」
「どういう──」
ユズルが動揺したその刹那、ボップの剣先はユズルの右脇腹を貫通していた。
「がは……っ」
「確か魔人化してたのは左脇腹だったよな?じゃあこっちはお留守ってことだろ」
勢いよく剣が引き抜かれ、赤黒い血が花畑を染めていく。
一瞬の出来事、困惑や痛みを気にしている暇などなかった。
「おいおい勘弁してくれよユズル。油断していい相手じゃないだろ?」
「くっ、塞がれぇぇぇええ!」
刃が貫通した脇腹が、煙を上げながら徐々に再生していく。
人間には為しえない技だ。
「あんなに魔王を恨んでいたのに、人間であることをやめたのか?ユズル!」
ボップは挑発的な発言をする。
普段のボップからは想像もできない侮蔑の言葉。ユズルにはそれが本心からの発言には到底思えなかった。
恐らくボップは──。
(……優しすぎんだよあんたは。こんな時まで)
ユズルが、ありのままの自分を殺せば、きっと酷く悲しむだろう。苦しむだろう。
そんな思いを、させたくなかった。
ユズルは、たった1人の弟子で、我が子同然に愛する一人の息子なのだから。
「結局お前は自分の力じゃ何も出来ねぇな!」
「……っ」
偽りの言葉だとわかっていても心が痛む。
なぜ自分たちは今、戦っているのだろうか。
「師匠にも、闇の精霊と契約しなきゃ行けない理由があったんだろ!」
飛び交う斬撃音の中、ユズルはボップに叫ぶ。
その瞬間、ボップの表情が変わったのがわかった。
先程までの言葉の勢いが消え、明らかに無言の時間が生まれる。
しかし、
「……利害が一致した、それだけだ」
ボップの口から出た言葉はそれだけだった。
流石のユズルでも分かる。
ボップはやはり何か隠している、息子同然であるユズルにも話せない重要な何かを。
「話す気がないなら、吐かせに行くだけだ!」
ユズルは二本目の剣を抜き、技を仕掛ける。
「抜刀術改──」
これもボップは知らないはずの剣技である。
初ノ型を闇の精霊に妨害され手の内を見せてしまった。
恐らく余程の隙がなければ2度目は出せない。
ならば、他の方法を試すのみ!
「──雷光一突!」
「絶対的な解除」
再びユズルの剣に纏っていた魔力が無効化される。
しかしそれはもう読めていた。
「魔力は無効化できても、精霊の力までは無効化できないだろ!」
剣を握る手が強まる。
それを合図に、剣に宿る精霊 シュバリエルが顕現する。
「精霊奥義──」
シュバリエルでは無い方の剣をボップに投げつける。
役目を終えた剣はボップの視界を一部遮った。
その剣がボップの視界から消えた時、目に飛び込んできたのは──、
「──精霊ノ一太刀!」
精霊の光を纏った、一筋の剣閃であった──。




