第140話 我が師
「光の精霊と雨の精霊が来てるわね」
「じゃあ向こうもお前に気づいてるのか」
ボップの言葉に闇の精霊は首を横に振る。
「私は探知されない存在だから。それに、絶対的な解除を持つあなたに憑依してるから、普通は分からないはずよ」
「普通は、ね。因みに彼らはその普通に含まれるのか?」
「分かってるくせに」
闇の精霊はニヤリと笑い、ボップを後ろから抱きしめ耳元で「分かってなきゃ、わざわざ結界の外で会おうなんて言わないわ」と囁く。
ボップは明日、ユズルから久々に2人きりで話したいと言われていた。
だが指定された場所は村の中ではなく、外。つまり結界の外で会おうと言われたのだ。
これが何を意味しているか、言わなくてもわかった。
「わが子同然の弟子を殺す覚悟は出来たかしら」
「……あぁ」
弟子を手にかける。心優しきボップにとってそれは、想像を絶する程の苦しみだろう。
そこまでしてでもボップは、闇の精霊に着く理由がある。
ボップの瞳に、もはや光などなかった。
「師匠は、闇の精霊と契約しているんだね」
(あぁ……。何かの間違いであって欲しかった)
あと少し、気づかないでいてくれたら。
弟子を殺すことも、無かったのに。
「もう、隠せないみたいだな」
ボップはユズルの言葉を肯定した。
それと同時に、ボップは腰に掛けていた剣を抜く。
戦闘開始の合図は、それで十分だった。
「ローレンス式抜刀術 壱ノ型 煌龍──」
「──っ、守ってくれシュバリエル!」
さすがは師、速度も威力もユズルの上を行く。
負けじとユズルも攻撃を仕掛ける。
「──参ノ型 劫火!」
炎を纏った剣先が、ボップの懐めがけて振り上げられる。
「絶対的な解除」
ボップの口から聞き覚えの無い言葉が出る。
その言葉と同時に、ユズルの剣が纏っていた炎がふっと消えた。
「な──」
「驚いてる暇はないぞ」
すかさずボップは次の技を繰り出す。
すぐには反応できない距離。
しかしユズルの身体にボップの剣が触れることは無かった。
「2年経っても、覚えてるものなんだな」
ボップは確かに強敵である。
だが、その動き一つ一つに既視感があった。
それもそのはず、ユズルに剣を教えたのは、ボップなのだから。
彼の剣技を誰よりも近くで見ていた。
見て、真似て、強くなった。
彼から戦う術を教えて貰ったのだ。
「あれ?」
突然頬に何かが触れ、ユズルはそれを手の甲で拭う。
なにか液体のようだ。
さっきの一瞬で傷を負ったのかと額に触れるが、特に傷は見当たらなかった。
それもそのはず。
「ユズルお前、泣いてるのか」
「え?」
拭った手の甲を見ると、確かにそこには透明な液体、涙が付着していた。
「なんで……」
どこも痛くないと言えば嘘になる。
自分をわが子同然に育ててくれた師匠を、ずっと背中を見てきた人を手にかけるなんて、生半可な覚悟ではできなかった。
「泣くなよ、こっちまで辛くなるだろ……」
ボップの顔が少し歪む。
「ねぇ、師匠」
ユズルは流れ続ける涙を拭いながら話す。
「俺たち、殺し合わなきゃダメなのかな」
「そういう契約なんだ。ルーナジアのことを知りたかったら、まずは契約者である俺を倒せ」
全てを語るのは、決着が着いてから。
頑なに話さないボップにも、ボップなりの覚悟と訳があるのだろう。
ならば、全力でそれに答えなければ無礼と言うもの。
「ごめん師匠、もう大丈夫だから」
いつの間にか涙は止まっていた。
それは、ユズルの覚悟の証──。
「初ノ型──」
これはボップも知らない、ローレンスの残した最初の型。
この一撃で、決まって欲しい。
そんな思いを乗せた、全力の一撃が今、
「──聖龍!」
最愛の師匠に向け、振り下ろされるのであった──。




