第136話 フォーラ村への帰還
「そろそろ着くぞ」
「ん……」
窓の外を見るとまだ外は薄暗く、波の音が静かに響いている。
そろそろ着く、到着地はユズル達が指定した場所だ。
「みんなに会えるかな……」
これから向かう先には、2年前、共に命をかけて戦った旧友たちがいる。
あれからもう2年かと、年甲斐もなく考え耽ていると、隣でユリカが目を覚ました。
「ふわぁ……。ユズルさん、早いですね」
「もうすぐ着くらしいからな。この船旅も、終わってみると短かったな」
「そうですか?私は割と長く感じました……」
ユリカの言っていることもごもっともだ。
海の上の暮らしというのは、想像しているより遥かに過酷で、はるかに不便であった。
いつ船が転覆するか分からない恐怖、天候に左右される日々、海風による身体の衰退、慣れない環境によるストレス、偏った食事、その他諸々。
確かにそう考えると長かったようにも感じる。
「とりあえず港に着いたらしばらくはフォーラ村でゆっくりしようか」
「そうしましょう。アルバ村に帰ってたらきっと、ゆっくりする暇もないと思いますから」
「……そうだな」
故郷であるアルバ村を出て2年半。
きっと帰ったら話したいこと、聞きたいことが沢山あってゆっくりする暇もないだろう。
だがそれだけがゆっくりできない理由では無い。
きっと向こうは気づいている。
だからこそゆっくりはしていられない。
今回ユズル達がアルバ村に帰ってきた理由はただ1つ。
闇の精霊 ルーナ、またの名を、大精霊 ルーナジアを倒すためだった。
これ以上彼女を自由にさせておくのは危険すぎる。
だがしかし、闇の精霊と戦うということは……。
「ユズルさん、大丈夫ですか?」
気づけばユズルは震えていた。
武者震いなどでは無い。
失敗したらという不安、かつてない強敵との対峙、何よりその相手は今のユズルを作った──。
「大丈夫です」
震えるユズルの手に、そっとユリカが手を添える。
「ユズルさんなら、大丈夫です」
真っ直ぐとユズルの目を見てそう言う。
その揺るぐことない瞳を見て、震えが止まった。
そうだ、今のユズルにはユリカがいる。
今ユズルが怖気付いていたら、ユリカを不安にさせてしまうだろう。
少なくてもユリカはユズルを信用している、まるで血を分かち合う家族のように。
そんなユリカの前で、弱音は吐けない。
「残るは闇の精霊1人だけだ。この問題を解決して、心置きなく魔王戦に臨むぞ」
「いつもの強気なユズルさんに戻りましたね」
ユリカは微笑む。
そうしているうちに船は港に到着し、荷物をまとめ二人は船を降りた。
早朝だと言うのに港には多くの人で賑わっており、朝の市場に向けて仕入れが行われている。
「確か東の大陸は、村に入ったら先ず最初に村長の家に行くのが暗黙のルールらしいぞ」
ユズルたちの背中に、船長が忠告する。
だがその忠告は、言われずともわかっていた。
「そういや二人は東の大陸出身なんだっけな。わりぃな」
振り返ると船長は、顔の前で手を合わせへらっと謝って見せた。
そんな素振りに、二人の顔にも思わず笑みがこぼれる。
「短い間でしたが、お世話になりました」
お礼を言うユズル達に船長は、「村長の家の場所、分かるか?」と聞いてきた。
ユズル達は顔を見合わせると笑いながら、「分かります」と答えるのだった。
「ティ、ティアナさーん!」
早朝の村長宅に、下女の慌ただしい声が響き渡る。
その声で目を覚ましたフォーラ村村長 ティアナは、下女に何事か尋ねた。
「客人です!それも、あの──」
数十分後、ユズル達の前に現れたのは、あの頃と何も変わらない姿をしたティアナだった。
ただ1つ変わったこととしては、魔人の呪いが消え去り、白く美しい肌を取り戻していたところだ。
これも、ユズルが成した功績の一つである。
「お久しぶりです。お待たせしてしまってすみません」
「いやいや、こんな朝早くにすみません」
お互い頭を下げあったあと、顔を見合せてクスリと笑う。
「あれから、なにか変わったことは?」
「最初は魔人の報復を恐れ、しばらく警戒態勢が取られていました。しかし、特にそのようなことはなく、村も無事再興することが出来ました」
「それは良かった」と2人は安堵する。
ユズルが倒した魔人はただの魔人では無い。
一歩間違えば報復戦争になってもおかしくない相手だった。
しかし報復らしいものはなく、フォーラ村は無事復興の一途を辿っているようだ。
「お二人の活躍は耳にしていますよ」
ティアナはこの2年間、と言ってもユズルが月と太陽の塔に行くまでの数ヶ月の出来事を知っていた。
ウィズダ村の囚われた魔女 メイシスを救ったこと、竜の渓谷を超え、王都で反乱を起こしたこと、そして西の大陸に渡ったこと。
「こうして東の大陸に戻ってきたのにも、理由があるんですよね?」
「ああ。一度アルバ村に帰ることにしたんだ」
そう告げたあとでユズルはまくし立てるように
「旅が終わったわけじゃないですよ」
と弁明した。
そう、ユズル達は帰るために東の大陸に戻ってきたのでは無い。
もう一度旅に出るために戻ってきたのだ。
「ということはもう出発してしまうんですか?」
「そうしたいところではあるんだが、長い船旅で少し休みたくてな」
数日この村に滞在することを告げると、ティアナは宿を手配してくれた。
そうして少し雑談した後、ティアナは公務のため、ユズル達は町を見て回るためにその場を後にした。
村長宅を出た二人がまず最初に向かったのは、市場だった。
「一緒に行く約束、やっと叶いましたね」
「帰ってきたら一緒に行こうって約束だったもんな」
前にフォーラ村でした約束。
結局それが叶うことなく、2年という月日が流れた。
だが今こうしてその約束が果たされたのだ。
「ユリカの言う通りだな」
「そうでしょう?さぁ、行きましょう!」
ユリカはユズルの手を引き、人混みをかき分け市場の中に入っていった。
平和な一日が、始まろうとしていた。
第 11章 闇の精霊討伐編 開幕──。




