第135話 覚醒の記憶
「なんだ今の音は?」
船の修繕に当たっていた整備士が数名、大きな物音と振動を感じ手を止める。
音のする方向を見ると白煙が上がっており、ただ事では無いことは容易に想像できた。
「こういう時は手練の戦士を……あれ、あの二人はどこに?」
様子を見てくるよう頼もうとして当たりを見渡すが、ユズルとユリカの姿が見えない。
船を持たないふたりが島から出たとは考えられない、故に今の音は2人にも聞こえているはずだ。
「まぁ何かあったら知らせに来るだろ。まずは船を直さないことには」
「それもそうだな」
もしここが危険地帯だとしても、船がなければ脱出することすら出来ない。
彼らにできることはただ1つ、出来るだけ早く船を治すことだった。
音の発生源にいた2人は、そこで何があったか目の当たりにしている。
モルディカイが自害を試み技を放ったのだ。
しかし核は傷一つ着いていない。
「殺す前に、貴方に私の持ち得る全てを託します」
「何故そこまで人間の俺に肩入れする」
正直モルディカイのしていることは理解できなかった。
敵である人間に手を貸す、それも元々魔王直属である王族階級の魔人であった者が、だ。
「私は元々、争いが嫌いでした。王族を退き、この小さな島に1人で住むようになったのも、これ以上私の力で犠牲を出さないようにするためです」
良心を持つ魔人。
存在するはずのない感情を持ってして生まれた魔人 モルディカイは、ユズルの黒く侵食された肌に触れほんの少し魔力を込めた。
「私の記憶を一部、君に託しました。記憶と言っても、見える記憶では無いです。考えなくても、身体は覚えている、ということです」
モルディカイは「これは──、」と言葉を続ける。
「──、覚醒の記憶です。貴方には、その力を使う権能がある」
「俺が、覚醒を……」
「はい。きっとこの先魔法や剣技だけでは乗り越えられない壁に行き当たります。その力は、奥の手として持っておいてください」
モルディカイは頬骨を揺らし、優しく微笑む。
そして自らの核を露出させ、両手を拡げた。
「さぁ、私の記憶を、どうか未来に」
「──ああ」
ユズルの放った一閃は、1人の優しき魔人の核を打ち砕いたのであった。
その三日後──。
「よし、船はもう出せるぞ!乗り遅れた人は居ねぇか!」
「待ってください、まだユズルさんとユリカさんが来ていません!」
「何やってるんだあの二人は……」
船長はあきれた表情でため息をこぼす。
そして船の先頭に立つと、交信ように取り付けられた笛を力いっぱい吹いた。
「ブォォォォォオオオオオオオン」
笛の音は島中に響き渡り、その音は2人の元にも届いた。
「今の音、もう出発の時間のようです」
地面に跪き、目を瞑って手を合わせるユズル。
その後ろでユリカも、同じように手を合わせた。
2人の目の前には、手向けの花が添えられている。
それは、唯一和解できた魔人に向けた花だった。
「……よし、行こうか」
これ以上待たせるのも気が引ける。
それに、これ以上してやれることもない。
「魔人のことはすごくよく教えてくれたのに、結局あんたについてはあまり知れなかったな」
ユズルは自身の脇腹をさすり、顔を上げ歩み出した。
「え、あれもう出港してない?」
「ユズルさんがモタモタしてるから、痺れを切らしたんじゃないですか?」
「そんなことある?!」
一応ユズル達は客人のはずなのだが。
とにかく離される前に追いつかなければ。
「ユリカ、俺の前に」
「何をする気で──」
ユリカの言葉を待たずにユズルはユリカを抱き抱え、地面を強く蹴る。
そして、
「──覚醒」
その言葉と共に、ユズルの背中に禍々しき翼が生える。
ただしその精度はまだ定まっておらず、翼はひとつのみで、ふらふらと揺れながら滑空し始める。
何とか船の甲板に着地し、ユズルはそっとユリカから手を解いた。
「いきなりですね」
「できる気がしたんだ。でも、まだまだ実践には早いな」
身体は記憶している。
モルディカイの残してくれたこの記憶は、後に世界を大きく変えることになる──。
間章 海原の屍編 完結──。
次章予告
フォーラ村へと到着した二人は旧友との再会を果たす。
「ボップさんから聞いたんだ。エリカさんが、王都にいることを」
王都へと向かうキリヒト。
そして、故郷 アルバ村への帰還。
「たった2年半離れていただけなのに、懐かしく感じるな」
生まれ育った村への帰還。
しかしそれは、望んだ凱旋ではなかった。
「師匠。いや──、」
因縁の相手との対決。
自分を育ててくれた恩師との、譲れない戦いが幕を開ける──。
「──大精霊 ルーナジア!」
第11章 闇の精霊討伐編 開幕──。
「お前が全ての元凶なんだろ?」
瘴気を放つ精霊は不気味に笑う。
「この物語は、あの日から始まった──」




