第134話 ベルゼバブ
「私を殺してくれないか?ユズル君」
モルディカイの発言に一瞬時が止まる。
魔人側から殺して欲しいと言われたことなんて今までで1度もなかった。
たとえ魔人と言えど、本人から「殺して欲しい」と言われると、不思議と警戒心がうすれる。
この僅かな動揺も、モルディカイには丸わかりなはずだ。
だがここを狙って来ないということは、本当に敵意がないのだろう。
「暗い話をしてしまったかな」
モルディカイが「さて」と手を叩き、
「私の情報は話した。次は君たちの番だ」
「……何が聞きたい?」
モルディカイは自分の首元、(と言っても骨だが)に指を当て
「その首元それは人間が持っていていいものでは無いだろう」
モルディカイが指摘したのは恐らくユズルの人間以外の部分。
魔王によって植え付けられた悪魔の血が侵食している部分のことを指しているのだろう。
「お前は、俺があの方と同じ匂いがすると言ったな。あの方って……悪魔か?」
「いえ、魔王と同じ血の匂いがすると思ったのですが……。貴方には悪魔の血が入っているのですか?」
てっきり悪魔の匂いがするのかと思っていたが違うようだ。
「……いや待ってくれ、今俺から魔王の血の匂いがするって言ったのか?」
「そうです。離れていても大体の魔人は気づくほどに」
悪魔の血だけがユズルの身体を侵食していたわけではなかった。
悪魔と魔王の血。
人ならざる者の血が今、ユズルの身体を蝕み侵食し続けている。
何より、
「俺ってそんなに匂ってたんだ……」
「大丈夫ですユズルさん。人間にはその匂いは分かりません」
自分の体を嗅ぐユズルを、ユリカがすかさずフォローする。
その光景を見てモルディカイは「仲がいいのだな」と骨を鳴らしながら笑った。
「すっかり警戒心を解いてくれて嬉しいよ」
「まだ完全に信用したわけじゃないけどな」
最低限の礼儀として、ユズルは剣を鞘に戻す。
「実はここからが本題なんです」
モルディカイは話を続ける。
「あなた方は覚醒をご存知ですか?」
「あぁ。何度も見てきた」
「それなら話が早いです」
ユズルの身体の話からいきなり覚醒の話へと切り替わる。
そこに共通点は無いと思っていた。
「あれは魔王の血が与えられたものしか使えない力です。正確には自身の血と魔王の血を体内で融合させることによって、一時的に魔王相当の力を得ることが出来るのです」
今まで覚醒を使える魔人の条件は、王族階級であることだと思っていた。
実際にそれはあっていたのだ。
少なからず魔王の血を得たものは王族階級として扱われる。
つまり覚醒を使える魔人は王族階級以外存在しないはずなのだ。
「いや……」
だがユズルは一人、王族階級では無いのにも関わらず覚醒を使えた魔人を見ている。
なぜ彼女が覚醒を使えたのか。
彼女は本当に貴族階級の魔人だったのか。
彼女を倒した時、なぜ魔王が現れたのか。
魔王が現れた時、それはベルゼブブとフォルティストを葬った時。
恐らく魔王が現れた条件は自身の血を分け与えたものが死んだ時であるとユズルは仮定した。
もちろん反例もある。
ユズルがアラノ国で11位の魔人を倒した時には魔王は現れなかった。
だが今の東の大陸の情勢をグランドゼーブに聞き、事情が変わった。
本来あの時、魔王は現れるはずだった。
しかし魔王は今、自分と同じ血が流れているものが死んでも動けぬ程に、手一杯と見た。
言い換えるなら、いつ戦争が始まってもおかしくないということだ。
「……なんでベルゼブブは覚醒が使えたんだ?」
「ベルゼブブ?ベルゼバブではなくてか?」
「いや、彼女はそう言っていたが……」
単なる聞き間違いの可能性もある。
だがあれほど彼女を憎んでいた、名前を忘れたくても忘れられないほどの苦痛を与えられたキリヒト達がその名を間違えるわけが無い。
「そうですか……ベルゼバブという名の魔人がいることは知っているのですが。彼女は私が王族階級を離れる際、新しく私の席……第6位についた魔人です」
「でも彼女は自分のことを貴族階級の魔人だって……。フォーラ村を襲ったのだって王族階級になるための手柄が欲しくてやったと言っていた」
「ふむ……」
顎に手を当てしばし考え込むモルディカイ。
似て非なるなの2人。
王族階級では無いのに覚醒が使えたところを見ると、何かしら関係がありそうだ。
「このことは、キリヒトにも言った方がいいな」
早々に船を出し、フォーラ村に向かいたい。
だが船は今修理で足止め。
それに目の前にいる元王族階級の魔人との絡みも何とかしなければならない。
「さっき殺して欲しいと言ったな?自分では死ねないのか?」
「魔人は自害することが出来ません。見ていてください」
そういうとモルディカイは自身の胸元に腕を叩きつけ、魔力を込める。
「腐敗しろ──」
モルディカイの一言と共に、魔力の流れが変わる。
言葉通り手を当てられた胸元は、氷が溶解するかのようにどろりととけ始めた。
次第に体を構成していた骨の前方部分が溶け切り、体の内部が露出する。
「これが私の核だ」
幾度と見てきた魔人の核。
この核をもって、彼は本物の魔人だと確定した。
「少し荒い技を放ちます。距離をとるか防御魔法をかけてください」
モルディカイはそういうと、先程とは全く違う荒い魔法を放った。
その衝撃は凄まじく、周りの木を薙ぎ倒し、モルディカイ周辺の地面をくぼませるほどだった。
砂埃が去り、開けた視界の先にいたのは、外傷こそ負っているものの傷一つない核を握ったモルディカイの姿だった。
「これほどの技をもってしても、私は自分の核に傷一つつけることが出来ない」
モルディカイによるとこれは契りであり、破ることの出来ない理なのだという。
それを理解した上で、ユズルはまた1人
魔人を殺すことになる。




