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第131話 嵐の中へ

 ビレス港に着いた一行は東の大陸行きの船に乗り込んだ。

 実に二年ぶりの船に、最初は船酔いに苦しめられたが、休憩地点を挟む頃には身体が船に順応していた。


「ユリカの言った通り、本当に海岸沿いに結界が張られていたんだな」


 港を離れる際、空に伸びる光の壁を見た。

 2年前、初めて西の大陸にやってきた時ユズルはアウクスブルク辺境伯領に結界がないことを指摘した。

 その際ユリカは「海岸沿いに結界が張られていた」と言っていたが、それが事実だったことを2年越しに知った。

 そんなこんなで船旅も折り返しを迎えたある日の朝。


「……嵐が来るわね」


「ん?今ユリカ何か言ったか?」


「いえ?何も?」


 明らかに女性の声が聞こえたのだが、と思いつつ辺りを見渡すがユリカ以外に人影は見られない。


「いちいち姿を表さなきゃ分からない?」


 ため息混じりな声でそう聞こえてくる。

 その瞬間、ユリカの横から一人の少女が現れた。

 雨の精霊 アマリリスだ。


「天候が分かるのか?」


「当たり前でしょ?私は雨の精霊なのよ?」


 何を馬鹿なこと言ってるのと言わんばかりの顔だ。

 そのままアマリリスは空を見上げ、「まずいわね」と言葉を漏らす。


「おそらくこの船は転覆するわよ」


「え、は?アマリリス、何とかできないのか?」


「船なんて初めて乗ったから、どうやって守ればいいか分からないわ」


 「それに……」とアマリリスは続ける。


「最悪天候は何とかできても、波までは制御出来ないわ。私たちにできることは、死人を出さぬよう船員たちを守ることだけね」


 アマリリスの言う通りだった。

 自然の前では人間は無力である。


「で、具体的には何をすればいいんだ?」


「そこは自分で考えてちょうだい」


 船をユリカの障壁で守る……。

 嵐が去るより先にユリカの魔力が切れるだろう。

 今から旋回して戻るか?

 風の速さが増してきてる、おそらく逃げきれない。


「!ユリカ、近くに島がないか見えないか?」


「っ、やってみます!」


 ユリカは千里眼を発動する。

 これもこの2年間で大幅に強化され、見える範囲も桁違いとなっていた。


「南東方向に、小さいですが島がひとつあります」


「東か……」


 風の流れ的に、嵐は東から迫ってきている。

 だが後退してもどうせ被害に遭うだけだ。


「行こう!船員を全員船の中に。俺は風を起こすから、ユリカは船を守ってくれ」


「分かりました」


 船員を誘導し、船長に舵を任せ2人は船の甲板に出る。


障壁(バリア)


 ユリカの放った光魔法が船全体を包み込み、障壁を形成する。

 この強度なら嵐の中に突っ込んだとしても船が大破することは無いだろう。

 ユリカの障壁(バリア)に全ての信頼を預け、ユズルは剣を抜く。


「抜刀術改 疾風怒濤!」


 烈風と旋風の合わせ技。

 グランドゼーブには劣るものの、その威力は絶大。

 ユリカの障壁がなければ、今頃ユズル達は肉片と化していただろう。

 放たれた斬撃は海という流体を打ち返し、反動で船を吹き飛ばした。


「嵐の中に入ります」


 ここから先は船長の舵は効かない。

 ユリカの千里眼を頼りにユズルが技を放っていく。


「見えた!」


 視線の先に、僅かだが島の一部が見えた。

 だがそれもほんの一瞬、嵐によって視線は遮られる。

 ユズルにとっては、その一瞬で良かった。


「一気に行くぞ!烈風破刃!」


 二本の剣をまるで大剣かのように重ね合わせ、烈風を重ねがけで放つ。

 嵐にも負けぬ一撃によって、船はその速度を落とすことなく島目掛けて直進する。


「ユズルさん」


「……ユリカ、言いたいことは分かってる」


 速度を出しすぎた。ただそれだけのこと。

 この速度で進む船の上で、固定器具を外して移動することは不可能。

 船の前方に移動し、速度を落とすことは出来ない。

 つまり、このままでは上陸ではなく、島にのりあげることになる。

 それもものすごい速度で。

 ユリカが脆い障壁を正面に貼り続けて減速を図る。

 だがこれ以上の衝撃を与えれば、船を守るこの障壁(バリア)がもたない。


「ユズルさん、万が一の事態に備えてください。速度はこのまま、船を守る障壁の強化だけに集中します」


「すまない……」


能力強化(アビリティアップ)


 速度を落としきれずに、船は島に上陸した。

 そのまま木々を押しのけて進み続け、島の中腹あたりで山肌にぶつかり停止した。

 幸いにもユリカの障壁が破られることなく、けが人はひとりとして出てなかった。

 だが船が島の中腹部まで来てしまったがために、海岸まで移動させる必要がある。

 明らかな失態であった。


「2年前とは訳が違うんですから、少しは自分の強さを自覚してください」


「はい……」


 ユリカに叱られ猛反省する。

 自分で言うのもなんだが、今の自分はあまりにも人間離れしていることに気付かされた。


「とにかく船内に戻りましょう。嵐が過ぎ去るまで船の移動は待つべきです」


「それもそうだな」


 ユリカに連れられユズルは船内へと入っていった。

 その後ろ姿を見るものが1人、2年間の修行で気配に敏感になっているユズルと千里眼を持つユリカの視線をかいくぐり、ユズル達一行を覗く者がいた。


「……ここに人が来るなど、何年ぶりか」


 雨が男の身体を濡らしていく。

 しかしほとんどが彼の体をすり抜け、地面に落ちていった。


「この気配……久しいあのお方の気配がする……。実に愉快」


 実体を持たぬ骸骨。

 (むくろ)の笑い声は、雨音によってかき消されて行った──。


間章 海原の屍編 開幕──。

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