第130話 読めない文字
精霊の号哭編 エピローグ
ユリカが目を覚ましてから1週間、ユズル達は次なる目的地に向けてハナヴィーラを出た。
「まずは港に出る必要がありますね。ここから1番近い港はオルマイト港ですが……」
本来ならその港から出航しても良かったのだが、今回は明確な目的地が決まっている。
その目的地に上陸しやすい港まで地上で移動した方がいいだろう。
「フォーラ村に1番近い港を探してくれ」
「分かりました。では、ビレス港に向かいましょう」
歩きながら、ユズルとユリカは今後の展開について話し合った。
まず、1度東の大陸に戻ること。
そして上陸する港は王都ではなく、王都から離れた港町……フォーラ村に上陸するということ。
その後アルバ村に帰還し、ユズルの師匠、そして闇の精霊の契約者であるボップに会うこと。
「会ってどうするかは、決めてますか?」
「まずは話し合わないことにはな。闇の精霊の目的も分からないし」
彼女が動き出したことはわかる。
だが、それがなんのためなのか、そしてなぜ今になって動き出したのか、それがまだ分からぬ限りは和解は望めない。
「結局カマエルの真名は分からずじまいだったな」
「そうですね。でも来たことの収穫は確かにありました」
「だな」
王都軍グランドゼーブとの和解、王族階級第3位であるジュピターの討伐。
だが1番大きな功績は、
「雨の精霊との契約。まさかユリカも大精霊と契約することになるなんてな」
「例の作戦が成功していれば有り得なかったことです。結果だけ見れば、1番いい形に纏まった気がしますね」
「そうだな」
ユリカの言う通り、作戦が全て成功したわけじゃない。
だが誰一人として欠けることなくこれだけの偉業を成し遂げたことは、二人にとってこの2年間の修行の成果を体現したようなものだった。
「そうだユズルさん」
「ん?」
何食わぬ顔でユズルに話しかける。
あまり重要では無いのか、歩く足を止めることは無い。
「私はこの2年間で禁忌魔法の書を全て解読しました」
「凄すぎるな……」
今を生きるユズル達には到底読めそうにない古代の長物。
あのヨハネさんですら、解読するのには困難を極めていた。
それをたった2年で全て解読してしまうなんて。
「まぁおそらく私の場合は読みといたと言うより、記憶を辿ったと言った方がいいかもしれませんが」
「やっぱり、ユリカは……」
何百年も前の人間。
だがその根拠も証拠も見つかっていない。
ユリカ自身が、自分はどこから来たのかを知らないのだから、無理もない。
おそらく彼女は自分の記憶のどこかに古代使われていた文字の記憶があるのだろう。
もしくは、王族の血が、歴代の聖王の記憶を継承しているのかもしれない。
いずれにせよ、誰にも分からない問題なのだ。
「この話には続きがあります」
ユリカは話を続ける。
「一つだけ、読めない場所があったんです」
「読めない……?それは汚れたり掠れたりしてってことか?」
「いえ違います。そこだけ字体が異なるのです」
素人のユズルが見ても、他と同じような文字に見える。
だがユリカ曰く、この部分だけ他には無い字体らしい。
「そこは重要な部分なのか?」
「分かりません。ただこのページは……」
ユリカが読めないと言っていた場所は、本の最後のページにあった。
まるで最終手段かのように佇む謎の文字列。
何か重大な謎が隠されているようにも見える。
「まぁ分からないならどうしようもないよな……」
「そうですね、それに私には審判の金槌がありますから」
「…………そうだな」
悪魔を討ったとされる伝説の魔法。
限られた者のみ習得可能の技であり、現在使える人間は判明しているだけでヨハネとユリカの二人だけだ。
その魔法の代償は、相手の罪の数だけ自身の寿命が縮む。
つまり魔王を討つとなると、死は避けられない。
(今でも他に方法がないか探している自分がいる。それが自分のエゴだって分かってる、世界を救うためには仕方の無いことなんだ。だけど……)
黙って愛するものの死にゆく姿を見届ける訳にも行かない。
ユズルは行く先々でユリカに悟られぬよう、不死に関する情報を集めていた。
どれもデタラメで信憑性のない情報だったが、一つ有力な情報も手に入った。
それは、身代わりとなる方法。
だがそれこそ最終手段と言える。
もしユズルが身代わりになったとユリカが知れば、酷く取り乱すであろう。
彼女には未来を幸せに生きて欲しい、そのためにユズルは悟られぬよう身代わりになる必要がある。
(今考えてもしかたのない事だ)
今はほかに考えるべきことがある。
魔王と対峙するその時まで。
リアとマコトの敵を討つまで。
ユズル達の旅は、終わらない──。
間章に続く
次章予告
東の大陸へと海に出た二人。
悪天候の中、船が漂着した先にいたのは、なんと元王族階級の魔人であった。
「私は元王族階級第6位 モルディカイだ」
魔人としての力を失い、争いから離れて生活していた彼は、ユズル達に魔人の知恵を継承する。
「身体に魔王の血が流れている君なら、使えるかもしれない。覚醒を」
数日間の共生、そして別れ。
「私を殺してくれないか、ユズルくん」
間章 海原の屍編 開幕──。
これは、東の大陸に渡るまでの数日間の物語。




