第124話 精霊の加護
作戦開始の十二時間前──。
「恐らく戦況はこうなる」
グランドゼーブが各個人に見立てた駒を動かしながらシュミレーションをしていく。
「まず、俺とユズルだけじゃあの魔人には勝てない」
グランドゼーブがそう宣言する。
彼をもそう思わせる実力者、恐らく王族階級の魔人の中でも上位であることは確かだろう。
「だから、まずは雨の精霊を先に救う必要がある」
「それを、私がやればいいんですね?」
グランドゼーブが頷く。
「ユリカの話が本当なら、彼女の過去を探りしがらみを解くことは可能なはずだ」
「つまりこの作戦は、いかに早くユリカが雨の精霊を救えるか……ってことか」
「ユリカには悪いが……そうなる」
全てが未知数である今回の作戦。
その全てが、ユリカ1人に託された。
「逆に言えば、雨の精霊さえ救えれば勝算はあるってことですよね?」
「あぁ。俺とユズルがやつを削ぐ。ユリカがサポートに回り、雨の精霊がトドメを指す。恐らくこういった構図になるはずだ」
グランドゼーブの動かした駒は、ユリカの後ろにふたつの駒。向かい合うようにして一回り大きな駒、その駒を挟んだ先にもうひとつ駒が。
「ユリカの後ろ盾に俺らが入り、背後を雨の精霊がとる……」
「そうだ。時間稼ぎだろうと無傷で耐えられる確証は無い。むしろ、生きていれば上々だろう。ユリカ、君の回復魔法だけが頼りだ」
「……任されました」
ユリカにはかなりの負担をかけてしまっている。
だからこそユズルとグランドゼーブは何としても耐えなければならない。
ユリカの働きを無駄にしないために。
「じゃあ次はこの次の動きを話すぞ。この後は──」
「──ここまでは計画通りだな」
「配置まで同じだなんて、な。流石は王都軍の指揮官様だ」
現在のユズル達の並びは、事前に打ち合わせした通りの配置であった。
ユリカの盾の後ろにグランドゼーブとユズルが居て、魔人の背後に雨の精霊がいる。
となればやることはひとつ。
「行くぞユズル!」
「あぁ!」
雨の精霊に意識が向いているうちに、グランドゼーブとユズルは魔人の懐へと突撃する。
「どうしたんだい、アマリリス。まさか彼らに利用されているのかい?」
「利用していたのは、貴様の方だろう!」
高圧力の水弾。
至近距離からの攻撃にもかかわらず、ジュピターの姿勢はぶれない。
「行ける!抜刀術改 雷光一突!」
ジュピターの背中に追いつく。
だが剣先は背中ではなく、ジュピターの手のひらの中に収まった。
そのまま剣先を引かれ、体勢を崩したユズルは彼の目の前に引きずり込まれる。
「しまっ──」
「──旋風!」
胴体が分断される直前、グランドゼーブが飛び込むようにユズルを救出する。
だが完全に避けきれた訳では無い。
ジュピターの振り下ろした腕先はグランドゼーブの膝裏を直撃し、その衝撃でグランドゼーブは地面に叩きつけられた。
「グランドゼーブ!」
ユズルは叫ぶ。
だが意識を向けるべきはそっちではなかった。
「お前もだ」
ジュピターはがら空きとなったユズルの頭部を狙う。
こめかみを掠めたその一撃は、またしてもアマリリスによって遮られる。
(くそ、2度も死にかけた……。結局俺は足でまといでしかないのか……っ)
ジュピターの相手はアマリリスに任せ、ユズルはグランドゼーブの元へと駆け寄る。
そしてそこに転がるグランドゼーブの姿を見て、ユズルは言葉を失った。
「グランドゼーブ……お前……足が」
「ちっ……」
ユズルをかばいジュピターの一撃を受けたグランドゼーブの足は左膝から下が分断されていた。
これではもうまともに戦うことが出来ない。
「ユリカを呼んでくる!」
グランドゼーブを死角に移し、ユズルはユリカの元へと走った。
その間にもジュピターとアマリリスの空中戦は過激さを増し、衝突の衝撃が肌にひしひしと伝わってくる。
「ユリカ!」
禁忌魔法を放つべく結界を貼っていたユリカの元にユズルが駆け寄る。
「ユズルさん、なにか緊急事態ですか?」
「ああ。グランドゼーブが足を切断されてもう戦えそうにない。回復魔法を、頼む!」
「足を切断……っ、分かりました!」
ユリカは術式を書く手を止め、ユズルに続いて走り出す。
走るユズルの背中で、ユリカが話す。
「私の回復魔法を持ってしても、切断された足を再度繋げることは簡単ではありません。もし不可能と判断した場合……最悪ユズルさんとアマリリスさん2人でジュピターの相手をしてもらうことになります」
「……っ」
グランドゼーブが牽制してくれていたおかげでユズルは何とかジュピターに喰らいつけた。
だがそのグランドゼーブが居なくなれば、勝算は大幅に低下する。
(何弱気になってんだ。たかが王族階級の魔人に負けてるようじゃ、魔王には死んでも追いつけねぇ……!)
走る2人の頭上では、大精霊と魔人が今も尚攻防を続けている。
だがそれもあとどれ位持つか。
「いた!あそこだ!」
止血を済ませ、瓦礫に横たわるグランドゼーブの姿を見つける。
幸いまだ意識はあるようだ。
「回復」
グランドゼーブを蝕む傷は瞬く間に癒え始める。
だが肝心の分断された足は繋がらないままだった。
「くっ……ユリカでも無理なのか……っ」
「……いや、十分だ。これなら──」
グランドゼーブの全身を風が包み込む。
風の精霊の力だ。
「いいかユズル、大精霊の力は身体強化だけじゃない。彼らは人類に加護を与える」
分断された足に風がまとわりつき、そして分断される前の状態に戻った。
正確には、再生した。
「これが精霊の加護だ。恐らくお前も無自覚だが加護を受けている。でなければ魔人五体満足でいられるわけが無い」
グランドゼーブの言う通りだった。
身体を悪魔に蝕まれているから、という理由だけでは説明しきれない。
「とにかく雨の精霊ひとりじゃやつを足止めし続けることは出来ない!引き続きユリカの術式が完成するまで──」
それは、突然の出来事だった。
誰もが予期していない異常事態。
恐らく想定はできた、だがその可能性に気づけずにいた。
……いや、冷静に考えれば、何一つおかしな点は無い。
「何百年、彼女が過去に縛られていたのか分かっているのか?」
何百年も積み重ねた思いが、たった数分で変わることなど、有り得ないのだ。
「こりゃ、雨の精霊を奪還するところからやり直しだな」
せめてもの苦笑いを浮かべ、ユズルは剣を握り直した。
ハナヴィーラでの戦闘は第2幕へと移る──。




