第122話 過去を見る
花が咲き誇り、生き物たちが謳歌する町。
花の都 ハナヴィーラ。
水路が町の隅々に点在し、農作物や家庭菜園された花達に清らかな水が配給されている。
その水は、大精霊よりもたらされた神聖な水。
人々に恵みの雨を与える大精霊 アマリリスによって授けられた水なのだ。
しかしその国の歴史ははるか昔に途切れた。
農作物が突如枯れ、水を求めた生き物たちはみな死に絶えたのだ。
その犯人としてつるし上げられたのは他でもない、大精霊 アマリリスであった。
人々は彼女の元を離れ、かつて花の都であったハナヴィーラは荒野と悲しみの雨を残してその繁栄の歴史に幕を閉じた。
嘘偽りのない真実。
正史はそうやって語り継がれてきた。
だが、この歴史は根本から間違っていたのだ。
犯人は、アマリリスなどでは無い。
アマリリスが冤罪だと知っているのはアマリリス本人だけ。
誰も自分の味方をしていない。
そう思い続けてきた。
だから……、
「今更、なんのつもりなの!」
「何って、なんですか?」
「私をここに連れてきた理由よ!」
アマリリスの目の前には、かつてのハナヴィーラの景色が広がっていた。
滅亡する前の、あの華やかなハナヴィーラが。
「私はこの後ここで何が起きるか知ってる!もうあんな思いは……あの出来事を思い出したくないの!」
アマリリスは叫ぶ。
この世界が彼女にとってどれほど苦痛で、理不尽なものかを未来を生きるアマリリスは知っている。
だからこそこんな世界に再び連れてきたユリカにとてつもない嫌悪感を抱いていた。
そんな彼女を、ユリカはたった一言で黙らせた。
「真犯人が分からないまま、罪を被って生きていけるんですか?」
「……っ」
彼女の復讐心はずっと裏切った人間に対して向けられていた。
だが彼女が犯人でないのなら、怒りの矛先を向けるべき相手は人間ではない。
むしろその逆。
人間と自分の関係に終止符を打った犯人に向けられるべきなのだ。
それをアマリリスはわかっていた。
分かっていたが、それに気づかないままでいた。
気付かないふりをしていた。
そうでもしないと、悲しみに押しつぶされてしまいそうだったから。
「その心の枷を取り払わない限り、貴方は過去のしがらみから抜け出せません」
「でも、こんな昔の出来事の犯人なんて、どうやって……」
普通に考えればそうだ。
正史では犯人はアマリリスであり、その出来事はユリカ達が生まれるはるか前の出来事なのだから。
「噂の根源を探ります。町に行って情報収集しましょう」
丘の下に立ち並ぶ建物を目印に、町に下っていく。
そんな2人を、誰も気に止めようとはしない。
大精霊であるアマリリスを前にしても、だ。
それもそのはず、2人の姿は住人には見えないのだから。
これはあくまで過去を見ているに過ぎず、干渉することは出来ない。
逆手に受け取れば、何をしても存在を確認されることは無いということだ。
「町の案内を頼んでもいいですか?」
「……」
「……?どうしたんですか?」
ユリカの頼みを聞いて、アマリリスが立ち止まる、
やはり過去のトラウマが彼女の足を引っ張っているのだろうか。
そう思い声をかけようとするユリカより先に、アマリリスが口を開いた。
「……分からないの」
「何がですか?」
「……」
アマリリスが口を噤んで俯く。
言いずらそうな、後ろめたい表情を浮かべながら。
「私、ずっとあの丘の上にいた。みんなお供え物と言って色んなものをくれるから、町に降りる必要がなくて……」
言い訳のように言葉を述べる。
「だから、その……町にはおりたことがないの」
正直ユリカはそんなことかと思った。
それと同時に過去のトラウマを引きずっている訳では無いのだなと少し安堵した。
「着いてきてください」
俯いたまま立ち尽くしたアマリリスに、ユリカは背を向けて歩き始める。
アマリリスは最初戸惑っていたが、何も言わずに後に着いてきた。
しばらくして2人は大きな通りに出た。
その通りは広場に続いており、その中央には多種多様な花に彩られた噴水がそびえ立っていた。
その風景は花の都という言葉が似合う、素晴らしい景色だった。
「ここは初めて私たちがあった場所です」
「え……?」
「未来での話、ですけどね」
そう、この広場はユリカとユズルが初めてアマリリスと会った場所。
最も未来でのこの場所は見るも無惨な姿になっているが。
確かにここには花の都があった、そう確信づけるには十分すぎる証拠であった。
「ここなら通行人も多く通ると思います。人々の言葉に耳を傾ける……貴方の得意分野でしょう?」
ユリカが不敵な笑みを浮かべながらアマリリスを覗き込む。
アマリリスも躊躇いを見せつつも、静かに目を瞑り人々の声に集中した。
「だからさ、結局この季節は……」
「水路を北に伸ばす?無理無理、これ以上削れないよ」
「おばちゃん、いつもの!」
「はいはい、ほら麦のパンだよ」
道行く人たちの無数の声。
その声の中に、アマリリスは邪な声を聞いた。
「例の事件知ってるか?」
「あぁ。あそこ一体の農作物が枯れたやつのことか?」
「そうそう、明らかに自然な出来事じゃないよな?」
「いきなりすぎて、受け入れられんわな」
「どんどん町の方まで広がってきてる。この町が飲み込まれるのも、時間の問題だ」
アマリリスの表情から、ユリカはその会話の内容が容易に推測できた。
アマリリスが声のする方に顔を向ける。
その先には輪を作って会話をする町の人たちの姿があった。
その背後に、1人の男性が近づく。
「なぁ、その事件の真相、知ってるか?」
男の言葉に、その場にいた人たちの視線が集まる。
「真相……?君はこの事件の謎が分かるのかね?」
「そりゃそうさ。この町は何でできている?」
「何でって……そりゃあ、人間と自然で出来ている」
「じゃあその自然はどこから来た?どうやってこの国は繁栄してきた?」
「水の精霊 アマリリス様の加護じゃないのか?」
「その通りだ」
自分の名前が出てきた途端、アマリリスは目を見開きその場に固まる。
トラウマが蘇ったのだろう、握られた拳は小刻みに震えていた。
「何が言いたいんだ?」
強面の男性が、なかなか切り出さない男に苛立ち始める。
回りくどい言い方で、まるで住民を説得するかのように話を進める男に、ユリカもまた苛立ちを覚えていた。
「もう分かってるんだろ?お前たちも。この国の自然は全て、アマリリス様の加護の元成り立っていた。だが今は違う。これが何を意味するか分かるか?」
「早く言え」
「そう焦るなよ」と男が宥める。
「要は裏切られたんだよ、俺たちは。アマリリス様に見捨てられたんだ、俺たちは」
その一言を聞いて、アマリリスは酷く震え始めた。
1歩、また1歩と後ずさりをし、気づけば目には大粒の涙が貯められていた。
だがその涙がこぼれ落ちるより先に、住人が声を上げる。
「そんなわけないじゃない」
「え?」
困惑の声を漏らしたのは他の誰でもない、アマリリスだった。
「アマリリス様がこんなことするわけないわ。憶測だけで話すのはやめて」
「そうだそうだ!だいたい、アマリリス様がなんでそんなことをしなきゃ行けないんだ?」
「信憑性に欠ける話だ。不敬にも程があるぞ」
次々と住民が抗議の声を上げる。
その声がひとつ上がる事に、アマリリスの頬には熱い涙がこぼれ落ちていった。
「……違ったんだ」
泣きじゃくるアマリリスの肩を、ユリカはそっと抱きとめた。
「人間は、最後まで私のことを信じてくれて……全部、誤解だったんだ……」
何百年もの間、人間に裏切られたと思い生きてきた精霊 アマリリス。
しかし真実は真逆であり、人々は皆彼女を愛し、彼女と共にあろうとしていたのだ。
その事実はあまりにも残酷で、あまりにも暖かいものだった──。




