第121話 星詠
王族階級第3位 ジュピター。
目の前の魔人はそう名乗った。
ユズルが交戦したことのある王族階級の魔人は第11位まで。
第3位の強さなど、想像もつかなかった。
先に口を開いたのは、グランドゼーブだった。
「いいかユズル」
話しかけた相手はジュピターではなくユズル。
1歩前に出たグランドゼーブは剣を握る手に力を込め、正面を見つめたままユズルに話しかけた。
「真名解放はこう使う」
そう言い放った直後、剣に風が纏い始めた。
まるで辺りの大気を吸い込むように渦巻き、剣先が向けられた地面は音を立てて削られる。
「真名解放──テンペスト」
より一層風が強まる。
風が収束し目を開けるとそこには、風を纏ったグランドゼーブの姿があった。
恐らくそこに大精霊としての姿を現した風の精霊が居るんだろう。
だが精霊は契約者にしかその姿を見せない、大精霊などもってのほかだ。
現にユズルの契約している光の精霊 カマエルも、ユズル、ユリカ以外に姿を見せたことは無い。
「最初から真名解放……短期決戦がお望みかな?」
「どうせ長くは持たない」
(早い──っ!)
言葉を置き去りにし、グランドゼーブはジュピターに斬りかかった。
音、速さ、振動、全てがまるで風であった。
だがその速さを持ってしても、グランドゼーブの剣はジュピターを仕留めることが出来なかった。
「早ければいいってもんじゃないよ。当てなきゃ意味が無い」
ジュピターがそう言う。
だがその声の発生源を、二人は捉えられていなかった。
正確には、姿がどこにあるのか見えていなかった。
「ユズル!姿を見るんじゃない!気配を見るんだ!」
困惑するユズルに、グランドゼーブはそう叫ぶ。
その言葉に気付かされた時にはもう遅かった。
「流星」
「ユズル!」
ユズルの脇腹から肩にかけて切り上げられる。
その斬撃はユズルの着ていた衣服を切り裂き、その肢体が露となった。
出血は無い、痛みもない。
その理由は目の前にあった。
「その身体……」
「お前らの王が俺に与えた、逆転の一手だ!」
目を見開き動きが鈍ったジュピターに、次はユズルの剣が振り降ろされる。
名も無き剣技、しかしその剣には精霊が宿っている。
光の精霊 カマエルの力が。
「──っ!」
流石は王族階級の魔人と言ったところだろう。
ユズルの渾身の不意打ちは見事にかわされ、あろうことか背後から仕掛けたグランドゼーブの一撃でさえ凌ぎきった。
圧倒的な戦闘センス、対応力、戦闘力、理解力、どれをとってもジュピターにはかなう気がしなかった。
……2年前のユズルなら。
「まさかルナの修行の成果が早速生きるなんてな」
再び姿を消したジュピターの気配を追う。
2年前なら出来なかったことだ。
だが今のユズルにははっきりと見えた、ジュピターの気配が。
「ルナには感謝だな」
そう零すと、ユズルは剣を握り直す。見えると言っても目で追う訳では無い。
目はあくまで全体を見てみる。
(身体で気配を感じろ、目で追おうとするな)
息を整え、仕掛ける。
「──抜刀術改 雷光一突!」
「──精霊奥義 烈風ノ刃!」
手応えと同時にジュピターが姿を現す。
宙に舞うふたつの物体。
それがジュピターの腕だと気づくのにさほど時間はかからなかった。
ジュピターの表情は変わらない、まるで腕を失ったことに焦りを感じていないような落ち着いた雰囲気を漂わせている。
だがそれに惑わされては行けない。
わざわざ姿を現した……気配を感じ取れる相手に対して隠しておく必要がないからなのか。
それとも、裏があるのか。
(腕を失い、なおかつこの表情を見せられれば相手は明らかに困惑する。恐らく相手の感情を揺さぶるための策だ)
相手の戦闘センスはずば抜けている。
わずか数分剣を混じえただけなのに、それだけは声を大にして言えた。
だからこそ裏があるように見えて仕方がない。
「精霊奥義 塵旋風斬!」
思考より先にグランドゼーブが技を繰り出す。
果たしてグランドゼーブの精霊の力はあとどれぐらい持つのか。
ユズルは一旦2人から距離を置いた。
考えている時間は無いのに、無駄な思考がユズルの中で渦巻いている。
その雑念がある以上、ユズルは2人の速度には追いつけない。
離れた位置から2人の戦闘の行く末を追う。
2年前のユズルであれば目で追うことは出来なかった。
2年前のユズルであれば風の余韻ですら防ぎきれなかった。
2年前のユズルなら……。
「そうだ、俺はこの2年何をしていたんだ」
誰よりも努力した。
大切な人を守るために、大切な人を奪った者へ復習するために。
その努力は、決して裏切らない!
「ユズル、私たちなら勝てます」
「……あぁ!いくぞ!シュバリエル!」
全身の魔力を右手に込める。
2年間の修行で得た新たな力。
それをついに解き放つ。
「精霊憑依──」
白い光が身体を包み込んでいく。
それに比例して身体の侵食も一層進行する。
光と闇、本来相対するふたつの力がユズルの体を奪い合い、蝕んでいるのだ。
自分の容量以上の力を得るには代償が必要、その代償が悪魔化の侵食なだけで他と何も変わらない。
自分が特別だと思っている限りは、越えられない壁がある。
それをユズルはこの2年間で嫌という程痛感してきた。
だから、もう迷わない。
「抜刀術改──」
ふたつの力を、支配してみせる!
「──聖黒覇斬!」
ふたつの力を掌握した剣先は、魔人の身体を貫いたのだった。




