第120話 第○位
「……なんのつもりだ」
瓦礫の山で、雨の精霊は男を睨む。
男は表情1つ使えずに雨の精霊を見続けた。
「あの二人はどうした?」
「あいつらと一緒にするな」
雨の精霊の警戒心が解かれることは無い。
むしろその警戒心は時間の経過とともに膨れ上がっているように感じる。
今この場にいるのはグランドゼーブと雨の精霊の2人のみ。
「昔ここは花の都だったらしいな」
グランドゼーブの発言に、雨の精霊の肩が震えた。
「豊穣の雨の恩恵は素晴らしいものだ」
グランドゼーブは雨の精霊を賞賛する。
実際一国の経済を全て担っていたのは雨の精霊と言っても過言では無い。
「それなのに、酷いよな。まるでお前が悪かのように」
「……っ」
知っているかのような口調だった。
だがあの出来事は……雨の精霊が人間に裏切られたあの日は遥か昔の出来事だ。
人間である奴に、何がわかるのだろうか。
「お前に何がわかる……っ!」
「分かるさ、お前の気持ちぐらい」
グランドゼーブのその一言は、雨の精霊の怒りをより一層引き立てた。
今にも戦闘が始まりそうな、ヒリついた空気が町全体に漂う。
「お前の気持ちぐらい分かる」
グランドゼーブは同じ言葉を繰り返す。
まるで雨の精霊の怒りを誘うように、決して動じず、彼女の嫌う言葉を口にし続ける。
その挑発とも取れるグランドゼーブの発言に痺れを切らした雨の精霊 アマリリスは、ついにグランドゼーブに襲いかかった。
しかしグランドゼーブは一切動じることなく雨の精霊を見続けた。
「俺たちが、救ってやるからな」
そう呟いた刹那、雨の精霊の姿は突如視界から消える。
「出てこいよ、いるんだろ?」
雨の精霊の代わりに姿を現したのは、ユズルだった。
そう、彼らの作戦は既に始まっていた。
それどころか雨の精霊の隔離という1番の目的はもう達成したのだ。
あとはユズルとグランドゼーブが、魔人を倒し、雨の精霊と和解するのみ。
「ほう、気づくとは。流石、王族階級を落としただけある」
雨は止まない。
雨の精霊を隔離したとて、この国の枷からは解放されないのだ。
永遠に癒えぬ傷。
人間によって与えられた苦痛は、人間が責任を持って取り払わなければならない。
全人類の責任を背負い今2人はこここに立っている。
「グランドゼーブ、ユズル、2人の名は王族階級の魔人の中では有名だ」
魔人の現れ方に、二人は疑問を覚えた。
魔人は物陰から現れたわけでも、空から飛んできた訳でもない。
既にそこにいたのだ。
気配はあった、だがその姿は確かに先程までなかった。
恐らく存在はしていたのだろう、二人が観測して初めて実態として現れたのだ。
「私も名乗る方が昂るであろう」
完全に姿を現した魔人はそう告げる。
身長は2人とさほど変わらない。
輪郭もはっきりしており、人外というよりまさに魔人と呼ぶに等しい見た目である。
ただ全身は黒く染め上げられており、所々マントのように黒い靄が風にたなびいていた。
「私の名前は、ジュピター」
魔人は軽く微笑むと、
「王族階級 第3位の魔人だ」
と名乗った。
「ここ、は……?」
先の見えない砂丘、太陽のない空。
異常な世界にいることは、すぐに理解できた。
(私は確か、あの人間を殺そうとして……)
「気が付きましたか?」
「……っ!」
雨の精霊は声のするほうを振り返る。
金色の髪にオッドアイ、低身長でいかにもか弱そうな女子が、そこにはいた。
「お前がここに連れてきたのか?」
「はい」
「ここはどこだ!」
まるで人間の手の上で遊ばれているようだ。
不快感と憤怒で、身体が張り裂けそうだった。
そんな雨の精霊を横目に少女は語り出す。
「ここは、私の作り出した領域の中です」
「何が目的だ!」
目的もなしにこんな場所には連れてこないだろう。
最も隔離することが目的ならば、この先は必要ないかもしれない。
だがユリカにはある思惑があった。
それが成功すれば、あわよくば雨の精霊と和解することが出来る。
この2年、ユリカはヨハネの元で修行してきた。
その中でユリカは、ヨハネの持つ禁忌魔法「見た者の過去を見る魔法」の習得を試みた。
その結果、ユリカは習得に成功した。
いや、正確には大成功であった。
ヨハネは対象を目で見ることで、過去を見ることが出来た。 あくまで「視る」ことのみ。
だがユリカのこの魔法は、
「行きますよ。時間は限られていますから」
「行くってどこに?」
「過去を見に、です」
ユリカの前に亀裂が走る。
空間が割れ始め、崩壊する。
先程までの世界はもうそこには存在しない。
2人の前にあったのは、
「ここって……」
「はい。かつて貴方が過ごしたあの町です」
はるか昔に栄えた花の都 ハナヴァーラであった。




