第119話 同盟
それからグランドゼーブは、ユズル達の質問に答え始めた。
ここには、雨の精霊と同盟を組むために来たこと。
王族階級の魔人が絡んでいること。
東の大陸が今どうなっているか、など、先程の沈黙が嘘のように話し始めた。
「──これが、俺の話せる情報だ」
「なんで、急に話してくれたんだ?」
しつこく質問したから折れた、という訳では無さそうだ。
「俺はずっと、お前たちが反逆者だと思っていた」
グランドゼーブは語り出す。
「突如現れたお前たちが、帝国と手を組み城を襲った。俺は……お前達が国家の転覆を計った罪人に見えた」
「……あの時は、ユリカを奪われてんだ。お互い様だろ」
「……そうだな」
そうするしか無かったのだ。
だが確かにあの時グランドゼーブは何も知らなかったに違いない。
聖王の命令で忌み子であるユリカを攫った。
それが人類の希望であると信じて。
それを邪魔し、城を襲ったユズルは、グランドゼーブの目には反逆者に見えたのだろう。
「だが、それは誤解だった」
「……」
「先程のお前の怒りの声を聞いてはっきりわかった。お前は敵なんかじゃない、と」
ユズルの声が、グランドゼーブに響いたのだ。
ユズルの思いが、誤解を解き、全てを良い方向へと運んだのだ。
「俺たちは、出会い方が悪かった」
ユズルはグランドゼーブと握手を交わす。
その上に、ユリカがそっと手を乗せる。
「ここからは、同盟関係だ!」
固く、固く握る。
雨の精霊を救う戦いが今、幕を開けた。
「2人には、改めて申し訳ないと思っている」
グランドゼーブが2人に頭を下げる。
そんなかしこまった彼の姿を初めて見て、少し戸惑う。
「顔を上げてくて、俺はお互い誤解してたんだ。どっちが悪いとか、そういうのなしにしようぜ」
「……感謝する」
顔を上げたグランドゼーブは、少し笑みを浮かべた。
「それで、作戦会議をしたいんだが……何か案はあるか?」
グランドゼーブは一度敵と剣を交えている。
何か知っているかもしれない。
「すまないが、よく覚えていないんだ。剣を交わしたとはいえ、ちゃんと戦った訳では無い。1対2の状況で、敵の懐で不意打ちを受けたからな」
「やはり敵は2人、か。その上で雨の精霊には手を出したくない、と」
あまりにも無理難題すぎた。
というのも、雨の精霊をどうにかしない限り、あの町から雨が止むことは無い。
雨は五感を鈍らせる。
こちらにとって、あまりにも不利すぎる条件だった。
「雨の精霊を傷付けずに、無力化する方法なら、ないことには無い」
グランドゼーブが衝撃的な発言をする。
「夢を見たんだ」
「夢?」
「ああ。恐らく雨の精霊と接触したことが原因だと思う。夢の中で彼女は助けを求めていたんだ」
グランドゼーブは見た夢を一部始終話した。
「彼女は……人間に裏切られた過去に、囚われているのか」
「魔人はその弱みにつけ込んだのでしょう」
ますます怒りが湧き上がる。
何としても、彼女を過去のしがらみから解放してあげたい。
「つまり彼女を解放した後、魔人と交戦する、ということか」
「それが一番いい方法だと思う。だが、問題は」
「どうやって雨の精霊に近づくか、だよな」
彼女の周りには、王族階級の魔人がいる。
それを無視しつつ彼女を説得するなど、不可能だ。
「私が彼女を隔離します」
最初に発言したのは、ユリカだった。
「内側にバリアを貼って領域を作ります。彼女は私が何とかするので、2人で魔人の討伐をお願いしたいです」
何時になく真剣な表情を浮かべる。
その顔を見て、グランドゼーブも安心したようだった。
「雨の精霊は君に任せることにする。ユズル、俺達は魔人についての対策を話し合おう」
「そうだな」
かつて敵同士だったとは思えぬ安心感。
きっとそれは1度剣を交えているからこそ生まれた信頼なのだろう。
話は深夜まで続き、全てがまとまる頃には朝日が登りかけていた。
「──と、これが作戦の全貌だが、訂正箇所はあるか?」
「……(コクッ」
「よし、じゃあこれで行こう!」
作戦がまとまり、あとは仕掛けるのみとなった。
グランドゼーブの回復、そしてユズル達が土地慣れするのを待ち数日。
ついに決戦の時が来た。
──同時刻 ???
かつてこの場所には、自然豊かな国があった。
水田、苗畑、自然と共存する国 ハナヴィーラ。
彼らの国がなぜ繁栄したのか、その背景には、ある精霊が絡んでいた。
雨の精霊 アマリリス。
彼女の持つ精霊の力は、荒野に雨をもたらしたちまち世界を潤した。
誰もが彼女を崇拝した。
彼女も人間を愛していた。自分を必要としてくれることに、彼女は喜びを感じていたのだ。
幸せな日々は永遠に続くと思われた。
……あの日までは。
「……これもダメか」
「こっちもだ」
ある日を境に、ハナヴィーラは存続の危機に陥った。
突如農作物が全て、枯れ果ててしまったのだ。
原因は分からない、あれ程華やかであった自然の都は、突然にして朽ち果てた。
やがて人々の中である噂が流れ始めた。
"全ては雨の精霊が起こした悲劇"なのだと。
繁栄をもたらした慈愛の雨はやがて、国を滅ぼした破滅の雨と呼ばれるようになった。
彼女は何も悪くないのに。
「──もう誰も信じられない」
あんなに愛してくれたのに。
あんなに必要としてくれたのに。
「──どうして、そんな目を向けるの?」
信仰心は簡単に揺らぐ。
要らないものは、すぐ消そうとする。
「──私は、ただ」
ただ、貴方たちの力になりたかった。
それだけなのに。
「──人間は、私を裏切った」
沸き上がる怒り。
裏切られた悲しみ。
幼い彼女にとってそれは、一生消えない傷であった。
「──ねぇ、誰か」
誰か。
誰か、誰か、誰か、誰か、誰か、誰か、誰か。
「──私を、助けて」




