第117話 豪雨の邂逅
「なんだよ……これ」
豪雨の町で2人が目にしたのは、真っ赤に染った広場と、散乱する瓦礫の山、そして地面に横たわる一人の男の姿だった。
雨の音が大きくて、気配が読み取れそうにない。
……それは2年前のユズルならばの話だ。
「……感じるぞ、人ならざるものの気配が」
肌に感じる気配の風。
肌が痺れ、気配を感じる方へ視線を向ける。
「──人間が来る場所では無い」
「っ、ユリカ!」
「はい!盾!」
視線を遮るようにして、ユズルの前に巨大なシールドが現れる。
その刹那、轟音と共に無数の水の粒が2人に降り注いだ。
上からでは無い、明らかに前方から飛んできている。
(なんで襲ってくるんだ……っ!)
技の威力、そして特徴から攻撃元は雨の精霊で間違いないだろう。
明らかに友好的でないことはすぐにわかった。
「待ってくれ!俺たちは敵じゃない!」
必死に呼びかけるユズル。
だが、攻撃の手が緩められることは無かった。
「敵か味方なんかあんたが決めることじゃないから。人間はみんな、敵だから!」
「くっ……!」
さらに攻撃が強まる。
(人間はみんな敵……?どういうことだ?)
「ユズルさん、このままでは拉致が開きません。一旦出直しましょう」
ユリカの言う通りだった。
作戦のないまま突っ込んでも、状況は変わらない。
今は一度引き、作戦を立て直そう。
「彼はどうしますか?」
ユリカが地面に伏せる男を指さす。
間違いない、奴だ。
「……っ、連れて行くしかないだろ。何か情報を吐くかもしれない」
ユズルはユリカに合図をし、攻撃の合間を縫って一斉に駆け出す。
多少こぼれ球を受けたが、躊躇っている暇などなかった。
町を抜けることには攻撃はやみ、吹く風が濡れた体を一層冷やす。
「とりあえず体を温めよう。それに……こいつが目を覚まさねぇと話が始まらねぇ……」
ユズルの腕の中には、血だらけの男が抱かれていた。
かつて、この男とは敵同士であった。
「なんでこいつがここにいるのかも気になるしな……」
「そうですね。では、移動しますか」
ユズルは男を抱き抱えたまま雨の精霊の元を後にした。
これが彼女との、初邂逅だった。
──もう誰も信じられない。
あんなに愛してくれたのに。
あんなに必要としてくれたのに。
──どうして、そんな目を向けるの?
信仰心は簡単に揺らぐ。
要らないものは、すぐ消そうとする。
──私は、ただ。
ただ、貴方たちの力になりたかった。
それだけなのに。
──人間は、私を裏切った。
沸き上がる怒り。
裏切られた悲しみ。
幼い彼女にとってそれは、一生消えない傷であった。
──ねぇ、誰か。
誰か。
誰か、誰か、誰か、誰か、誰か、誰か、誰か。
──私を、助けて。
「……っは!」
飛び起きるとそこは、見知らぬ天井だった。
「なんだったんだ、今のは……」
全身に冷や汗が走る。
今の少女は、まるで雨の精れ──。
「起きたか?」
「……っ!?」
声のする方向へ体を向ける。
普段なら気づくはずの距離だ、油断しすぎていた。
「急に動かない方がいい」
自分の手に目を落として思い出す。
自分が今どういう状態にあるのか、を。
「さて、お前に聞きたいことは沢山あるんだが……」
夢と言い、目の前の男といい……
「なんて目覚めの悪い朝だ……」
「全て話してもらうぞ、グランドゼーブ」
王都軍 大佐 グランドゼーブ。
かつての敵同士が今、異国の地で再開した──。




