第11話 クリストロン装備
「ユズル……さ……逃げ……て」
「ユリカを置いていけるわけないだろ!!離せぇ!!!」
「ユズルさん……さよ……な………」
「ユリカ!!!!」
辺りを見渡す。
目の前には、いつも通りの風景が広がっていた。
「はぁ、はぁ……夢?」
ここ数日立て続けに事が起こりすぎて頭が疲労しているのだろうか。
なんにせよ最悪な目覚めだ。
「そういえば……」
ベルゼブブと対峙した時の記憶が甦る。
──
「だが、復讐の時は今じゃない。今は奴を結界外へと追いやることが最優先だ」
「けど結界は……」
「今三人の回復術師がティアナの治療に当たっているが意識が戻らない状況だ。ユリカなら何とかできるはずだ、恐らく彼女は……、いや今はいい。結界さえ戻ればこっちのもんだ」
──
あの時キリヒトはユリカについて、何かを言いかけていた。
(そういえば聞けてなかったな……)
「ユズル、起きてるか?」
ドア越しにキリヒトの声が聞こえる。
「あ、あぁ今ちょうど起きたところだ」
「そうか。昨日言った通り朝のうちに防具店に行こうと思う。どちらにせよ早いことに超したことはないからな」
そう言い残してキリヒトは階段をおりる。
ユズルはしばらく硬直したままだった。
「はーい、いらっしゃ……ってキリヒトか」
「お久しぶりです」
キリヒトが店主らしき人物に頭を下げる。
「やめろやめろかしこまるなって。俺はお前のおしめを替えた事があるんだぞ?俺と話す時は騎士団長じゃなくて、親戚のおじちゃんと話す子供でいいんだよ」
「……久しぶりだな」
「それでいい」と店主は笑った。
「それで今日はどうした?こうやって落ち着いて話すのは随分久しぶりじゃないか。連れもいるようだしな……おっと兄さん見ない顔だな。旅人か?」
「……そんなところです」
「そうか、俺も昔は色んなところを旅しては……っとすまんすまん。話が長いっていつも妻に叱られるんだ。この混乱の中での訪問だ、それにこんな朝早く来るってことは急いでるんだろ?硬いことはいい、結論から言ってみな」
「……前に俺がお世話になった隣町のじいさん、確か武器商人だったよな?その爺さんとその後やり取りしてたりするか?」
「あー……あ!ファクト村のアナーニさんのことか。つい三ヶ月前に会ったばかりだが、それが?」
「変わった武器の話とか聞いてないか?武器と言うより……装備品。空中戦でも戦えるような起動型の」
「そういやそんな話が……」
そう言って店主がカウンターの裏を漁り始める。
店にはいくつもの装備品が展示されており、中にはユズルの初めて見る形状のものも少なくなかった。
「あったあった、これだ」
カウンターに出されたのは二本の筒だった。
「まぁ見ても分からんだろ、正直俺も初めて見た時にゃあ分からなかった。ちょっと表に出て待っててくれ」
言われた通りに店を出て外で待機する。
店の前の建物は、先日の夜襲により倒壊していた。
散乱したがれきの下には、子供のものだと思われる生活用品が散らばっている。
……ここに住んでいた一家は無事だろうか。
「少しの間人が来ないよう整備しといてくれー。万が一、事故があったら大変だからな」
店主がドアを開き二人にそう伝える。
中からの指示通り、ユズルとキリヒトは周囲に呼びかけ立ち入りを制限した。
いつの間にか周りには人が集まっている。
「待たせたな!こっちに来い!」
中から店主が出てきて二人を呼ぶ。
店主の足には、先程の筒が取り付けられていた。
「見てろよ。……ふんっ!」
地面を蹴った瞬間、ユズルの視線から店主の姿が消えた。
あたりを見渡すが店主の姿はない。
と、
「どうだ、分かったろ?」
頭上から店主の声が聞こえ、ユズルは勢いよく顔を上げる。
その視線の先、向かいの屋根の上に店主はいた。
「こいつの中には水とクリストロンと呼ばれる魔石が仕込まれてるんだが、こいつは魔力を込めると熱を発生させるんだ。その熱エネルギーを利用して筒の中の水を蒸発させることで、発生した水蒸気が一気に発射され今のように空中を舞うことが可能になる。基本体のどこでも装備可能だが、構造上足がいちばん安定するし力も込めやすい」
ユズルが隣に目をやると、キリヒトの目が輝いて見えた。
恐らくキリヒトが求めてたものはこれだ。
確かにこれがあれば、たとえ空中戦になったとしても多少は戦える。
「それ、売れるか?」
「あー、すまねぇがこれはあくまで試作品、商品として売り出しちゃあねぇよ」
試作品と言えど、今の動きを見る限りないよりも格段に良い。だが、
「それにこれはあくまで意見交換のために渡された物だから一組しかない」
「……一組」
どちらかしか装備できない。そして未製品。
「これは三ヶ月前に渡されたものだ。アナーニさんならもう製品化させてるんじゃないか?俺が取り合っておこうか?」
「……いつになる?」
「そうだなぁ…………早くて半年後の結界外出張の時だな」
「それじゃ遅いんだ……」
キリヒトが俯く。
その肩を叩きながらユズルは言う。
「行こうぜ」
「え……」
「行くなら早い方がいい、早いことに越したことはない。……そうだろ?」
「……あぁ、そうだな!」
キリヒトは顔を上げる。
「内容は知らないが、」
二人を隣で見ていた店主がキリヒトの目を見て言う。
「また元気な姿、見せに来いよ」
「ああ!」
二人で話し合った結果、まだ昼頃ということもあり本日中に向かうことになった。
距離的にはフォーラ村とアルバ村間の距離とさほど変わらないかつ、帰りは先程紹介されたクリストロン装備(仮)を使えば本日中に往復できるだろうという考えだった。
何よりこのクリストロン装備の動力源であるクリストロンは魔力さえあれば永久に使用ができ、水もどこでも調達できるためほぼ永久的に使うことが出来る。
急遽決まったことのため2人はティアナさんの元を訪れ事情を説明した後、ユズルはユカリに、キリヒトは騎士団に声をかけ村を出た。
「そうだ、この移動中にベルゼブブ戦での戦略案を練らないか?もしクリストロン装備が手に入った場合の案はまだ考えてなかっただろ?」
「それもそうだな」
雨上がりだからか天候は良く、魔物の気配も感じない。
そのため結界外という実感が湧かなかった。
「まず、今考えている案は地上と地下通路のニ箇所から同時に攻める方法だ。俺と騎士団の八割が地上から攻め、障害を取り除き地下通路に合図を送る。その間にユズルと残りの二割の兵がやつの背後に周り挟み撃ちにする方法だ」
「背後から?というとこは地下通路の出口は町外れにあるのか?」
「微妙なラインだ。どちらかといえば中心部に近い。だからこそ地上兵に八割を割きやつをなるべく前衛におびき寄せる。地下通路の出口よりやつが前進してきた時に俺が地下通路に向かって合図を出す」
「一般兵もベルゼブブと対峙するのか?」
「俺たちフォーラム騎士団は長年ベルゼブブに苦しめられてきた。故に奴に対して有効な手を打てるよう、特殊な訓練を受けている。前回のような夜襲にこそ真価は発揮しなかったものの、今回のこの作戦において重要な役割を担う」
そうだよな、とユズルは思った。
フォーラム騎士団のみんなが世界中の誰よりもベルゼブブに対して強い怒りを覚えているに違いない。
……キリヒトの辛さなど想像もできない。
「そういえばキリヒト」
「なんだ?」
「あ、いや、店を出る時なんか店主に言ってたなーって思って。でもよくよく考えたら俺には関係無さそうだから」
「ユズルにも関係はあるぞ」
「そうなのか?」
「あぁ。というかユズル、お前に関する話だ。だがまぁ今は言う必要が無い。帰って無駄な話だ」
「そっか」
キリヒトの話のトーンが低いせいか、お預けにされても特に気にならない。
「……そういえば、なぜユズルは魔王を倒そうとしているんだ?あの感じを見ると、呪い以外にも理由がありそうだが……」
「……大切な人を奪われたんだ」
予想外の一言だったのか、それともなんとなく想像が着いていたのか。キリヒトの表情からは読み取れない。
だが静かにユズルに耳を傾けていた。
「俺がまだ読み書きすらもままならなかった時、当時仲がよかった友人三人と結界を超えたんだ」
「……」
キリヒトは黙ってユズルの話を聞く。
「あの時、俺が止めとけばって、……今でも時々あの風景が蘇るんだ。目の前で友人が咀嚼され、殺されていくその姿を」
「……」
「俺はその時友人を食した暴龍を、この世界を、自分自身を憎んだ。そして思ったんだ。これ以上同じ目に遭う人を増やしてはいけない。当たり前のように、結界に支配されず、自由に過ごせる世界を創りたいと。俺はこの地獄を終わらせたいと強く思ったんだ。だから──」
「……」
「俺はこの地獄の創設者、魔王アーリマンを殺す。当たり前を取り戻すために」
これまでずっと口を閉ざしていたキリヒトが口を開く。
「……今までそうやって何人もの人間が魔王に挑んでは塵と化した。お前は今まで魔王に挑んでいった英雄たちを越えられると思っているのか?」
「……」
「そこで黙るようじゃ笑い話だ」
キリヒトの口から厳しい言葉が出てくる。
「いいか、怒りだけじゃ何も残らない。お前は過去の英雄たちに勝る何かを得る必要がある。それを見つけ、磨き、ものにする。実践を積んで、理解者を得て、それらを制御しなきゃいけない」
「……言われなくても」
「分かってない」
「……っ」
「襲撃時の瞬時の判断力は評価出来る。だが見る限り戦闘に不慣れな点が目立つ。それに動きに無駄が多かった」
言われても仕方の無い事だった。
ユズルにとってボップ無しでの初めての戦闘だったのだから。
「中でも一番注目したのはその剣だ」
「剣?」
「あぁ。ユズルの今の戦闘技術では真価を発揮できてないどころか帰って足を引っ張っている」
「だが俺はこれしか武器が……」
「さっき店を出る時に俺が店主に頼んでおいた」
「俺に関する話ってもしかして……!」
「そういうことだ、どんな武器かは帰ってからのお楽しみだ。さぁ、ペースをあげるぞ!」
「……ああ!」
懐で揺られながら、聖剣が鈍く光っていた。