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第114話 修行の果て



「──インモラルディザイア!」


「くそ!女と子供は本を持って逃げろ!戦えるやつは時間稼ぐぞ!」


「「「「「「おお!」」」」」


 セイントヘレナ公国から北に数十km。

 辺境の国 アラノ国。

 古代より知識の都として栄えた国は今、炎の海に沈もうとしていた。


「クソっ、あいつ他の魔人よりも強いぞ!」


「恐らく階級の高い魔人なんだろう……。俺たちも、生き残れるか……」


 瓦礫の影に隠れ、魔人の動向を探る2人。

 町はほぼ壊滅。

 反撃の兆しも見えず、敗戦の一途を辿っていた。


「もう、この国を捨てるしか……」


 アラノ国の親衛隊長 マーチ。

 彼はこの惨状を見て、国民の安全を考え逃げることを選択しようとしていた。

 撤退の信号弾を打てば全てが終わる。

 信号弾に指をかけ、引き金を引こうとしたその時だった。


「──隊長、何者かが魔人の前に……っ!」


 突如1人の隊員が息を切らしマーチの元に走り寄ってきた。

 煙の隙間を抜い魔人の方を見ると、確かに1人の男が魔人の方へと歩いていくのが見えた。


「あいつ、死にたいのか?!」


「この国の者ではありません!やつが誰なのか、誰も……っ」


 アラノ国親衛隊の全ての隊員が時を止め、瓦礫の影からその男を見る。


「お前、何者だ?」


 魔人が男に問いかける。

 フードをかぶり、ローブに身を隠した男は無言のまま剣を抜く。


「──お前、王族階級の魔人だな?」


「は──」


 次の瞬間、その場にいた全ての者が息を呑んだ。

 先程まで猛威を奮っていた魔人の首が落とされたのだから、言葉を失うのも仕方ない。


「首切られたぐらいじゃ死なないだろ」


「──ッ!貴様ッ!俺様は王族階級の……魔王様直属の魔人だぞッ」


 切り離された胴体が修復し、男の前に降り立つ。

 身体は火車のように燃え、その暑さゆえ周辺の建物が1部溶け出すほどだった。

 だが男は顔色ひとつ変えず魔人の前に立ち尽くす。


「こんなの、"アマテラス"の陽射に比べれば可愛いもんだ」


「何言ってやがるッ!てめぇなんか──」


「──抜刀術 改 雷光一突」


 核が砕け散る音が、国中に響き渡る。

 その刹那、魔人の身体が蒸発し始め魔人は断末魔を叫び消滅し出す。


「俺は第11位の……王族階級の魔人だぞぉぉぉぉぉぉ!!!!」


「11位……フォルティストの席はもう埋められたのか」


「……おい、お前なんでフォルティスト知ってんだ……?…………まさか」


 王族階級の魔人の名を、ただの人間が知るはずがない。


「2年前、妖精の森でフォルティストを討ったのは俺だ」


 男はフードを外し顔を晒す。

 その首元には、腹部から伸びてきたであろう黒い痣が。

 魔人は目を見開き、声も挙げずに消滅した。


「これが2年の修行の成果、か」


 剣を握る手を見下ろし、改めて実感した。

 この2年は、あまりにも大きすぎた。

 2年前、瀕死の状態になりながら3人がけでやっと倒せた王族階級の魔人。

 だが今ユズルが出した技はわずか二つのみ。

 たったふた振りで王族階級の魔人を葬ったのだ。


「と言っても相手は第11位……。上の力は未知数だ」


 ふと空を見上げると、既に太陽は沈みかけ夜がすぐそこまで迫ってきていた。

 当たりが燃えていて明るかったせいで気づかなかったが、どうやら結構な時間が経っていたようだ。


「急がなきゃな、待たせすぎるのも悪いし……」


「お待ちなされ」


 その場から去ろうとする男を、親衛隊長のマーチが呼び止める。


「貴方は我が国を救った英雄だ。是非お礼がしたい」


「あー……ちょっと今急いでて、また別の機会でもいいか?」


「それはそれは、大変失礼しました。では、せめて名前だけでも……」


 男の姿が夕日と重なり、逆光で表情が暗がる。

 シルエットだけが瞳に映し出され、その姿がかの英雄と重なった気がした。


「俺の名は、ユズル。英雄ローレンスの、意志を継ぐ者だ」




 数時間前──


「もう約束の時間なのね」


「また来てね!ユズル!」


 月と太陽の精霊 ルナ、サンに出迎えられ、ユズルは改めて2人に頭を下げる。


「本当に、お世話になりました!」


 ユリカと別れてから今日で2年。

 再会を誓った、約束の日だった。

 この塔で過ごした時間は、ユズルの人生の中で最も濃く、最も成長のあった2年であった。


「結局シュバリエルの真名は分からずじまいだったけどな……」


 人間界と精霊界の狭間で、ユズルはシュバリエルに話しかける。

 この修行の間で、ユズルはシュバリエルと多くの言葉を重ねた。

 2人の関係はより密接になったことはもちろん、連携も取れるようになりいよいよ精霊使いらしくなってきたのだ。


「これからの旅路、楽しみですね」


「あぁ」


 おじいちゃんのローブを纏い、今、ユズルは2年ぶりに人間界へと降り立ったのだった。




「……」


「大丈夫じゃよ」


「ヨハネさん……」


 時刻は既に夜を周り、輝神誕祭もいよいよクライマックスを迎えようとしていた。


「ユズルくんは約束を守る男じゃ。わしの目に狂いは無い」


 約束の日が、あと少しで終わる。

 あと数時間もすれば、また孤独な日々が続いていく気がして、会えぬ恐怖で身体は震えていた。


「それじゃあわしは、終演の美を飾ってくるとするかの」


 ヨハネは吹雪の空へと飛び立った。

 この景色を見るのはもう3度目。

 1度目は、最愛の人と。

 2度目は、一人孤独に。

 3度目こそは、また一緒に見たかった。


「……ユズルさん」


 愛する男の名を呼ぶ。

 彼は約束してくれた、2年後必ず迎えに来ると。

 今日までその言葉だけに縋り、耐え抜いてきた。

 ヨハネの演武が終わり、気づけばユリカは涙を流していた。

 それはこの景色があまりにも綺麗だったからなのか、それとも会いたいという気持ちが強すぎるゆえなのか。

 どちらにせよ、こんな表情彼に見せる訳には行かなかった。


「ユズルさん……」


 だが、溢れ出した涙は止まらない。

 溜め込んできた全ての感情が崩壊し、涙となって放出されていく。


「ユズルさん……ユズルさん………ユズルさんっ」


「──ユリカ」


「──っ!」


 不意に名前を呼ばれ、ユリカは振り向く。

 そこには──、


「ごめん、遅れた」


「……待たせすぎですよ、ユズルさん」


 ユリカはユズルの元に駆け寄り抱きつく。

 ユズルはそれを受け止め、強く強く抱擁する。

 もう二度と、手放さないようにと。


「んっ……」


 ユズルは腕の力を弛め、ユリカの唇を奪う。

 あの日の約束を、やっと果たせた。


「途中で魔人の襲撃にあってな、来るのが遅くなっちまった」


「怪我はありませんか?」


「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」


 ユリカの頭を優しく撫でる。

 その優しい表情を見て、ユリカは心から安堵した。

 と、同時に血の気が引いていくのが分かった。


「……ユズル、さん……その首元……」


「あぁ、これか?まぁ2年もあれば、悪魔に多少喰われるだろうさ」


 首元を引っ張り鎖骨の部分を見せる。

 脇腹から伸びた侵食は鎖骨まで飲み込み、首元まで進行しようとしていた。


「でも安心してくれ。この2年、暴走したのは1回だけだ。それも自分の意思で悪魔の力を借りた時のみ」


 悪魔の力を完全にコントロール出来たわけじゃない。

 だが、なんも前触れもなく暴走することが無くなったのも事実だ。


「ほほぅ、第11位をふた振りで」


「……!ヨハネさん」


「久しぶりじゃな、ユズル君」


 頂の教会 神父のヨハネさんが「勝手に過去を見てすまなかったのう」と笑いながら話しかけてくる。


「別にいいですよ、隠すことなんてないですから」


「そうかの、じゃあこの2年何していたかこっそり……」


 こっそりと言いつつガッツリと過去を覗くヨハネ。

 それを横目にユズルはユリカと久々の会話を楽しむ。


審判(ジャッジメント)金槌(・ガベル)は無事習得できたのか?」


 審判の金槌。

 王家の血を継ぐものにしか使うことの出来ない高度な禁忌魔法。

 かつて聖王レオンが悪魔を倒した時の技であり、その強力さゆえ代償も大きい。

 対象の罪が大きければ大きいほど代償は大きく、もし魔王に打つとなれば……


(死ぬのは、ほぼ確実だよな……)


「ユリカちゃんのことは心配ない。流石と言ったところじゃ、教えられることは全て教えた」


 ユズルの過去を見終わったのか、ヨハネがユリカに変わって答える。

 ヨハネさんの言葉なら信用出来る。


「それで覗かせてもらったんじゃが……ユズル君、この2年どこにいたんじゃ?」


 ヨハネさんは眉を顰める。


「君の記憶が真っ暗で何も見えない、こんなの初めてじゃ」


(なるほど、あの場所にいた記憶は他の人は見えないのか)


 大精霊が干渉しているからだろうか。

 恐らく契約者や特別な人間にしか見せられないのだろう。


「俺はこの2年間、月と太陽の大精霊の元にいました」


「「!?」」


 驚きを顕にする2人。

 大精霊の存在ついて知ったのはヨハネさんの口からが初めてだった。

 つまり大精霊について知って間もないユズルが、いきなり2人の大精霊に会っているということになる。

 驚くのも無理はないだろう。


(記憶が見えなかったということは、"あの事"も知らないんだよな)


 ユズルはヨハネと再開した時聞こうと思っていたことを口にする。


「ヨハネさん、大精霊の真名については知ってますか?」


「勿論じゃ」


 ルナとサンでも分からなかったシュバリエル……いやカマエルの真名。

 ヨハネさんなら知っているかもしれない、そうずっと考えていた。


「カマエルの真名を知ってますか?」


 考えていたのだが……、


「……その様子を見ると、アマテラス、ツクヨミも知らなかったんじゃな」


 あえて2人の真名を呼び、真名について知っていることを遠回しに伝えてくる。

 だがその様子から察するに、


「カマエルの真名については、わしも分からないんじゃ。正確には、思い出せないんじゃ」


「思い出せない?」


 確か2(ルナとサン)も、カマエルに真名があったことは覚えていた。

 だが呼び名だけを忘れていたのだ。


「消された記憶、ということでしょうか」


「そうなってくると消された理由が気になるな……。知られたら困る理由がある……ってことだよな」


 カマエルの真名が明らかになった時、何かが変わる。

 そんな予感がしていた──。

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