第113話 真名
大精霊と呼ばれる6名の精霊。
太陽、月、光、闇、雨、風。
彼らには、自身の名の他に大精霊としての名も存在する。
闇の精霊ルーナには、大精霊ルーナジアとしての名が。
そして──、
「──私たちにも、大精霊としての名前がある。その名を、真の名……真名と呼ぶわ」
太陽の精霊 サンとの修行を終えたユズル達と合流した月の精霊 ルナは、ユズル立ちに向け言葉を放つ。
「貴方は、彼女の真名を知っているかしら?」
その問いに戸惑ったのは、ユズルだけではなかった。
その場にいた全員が、「分からない」といった表情を示している。
「その感じを見ると、知らないようね」
「……ルナ達は知ってるのか?」
ルナは静かに首を横に振った。
「全くもって記憶にないの。でもそれは有り得ないことなのよ。大精霊とは、ただ言葉だけの物じゃない。精霊王により直々に任命され、名を与えられて初めて大精霊となるの」
「……ちょっと待ってくれ、精霊王ってなんだ?!」
ぽんと出た精霊王という単語に、ユズルは思わず突っ込んでしまう。
精霊が存在すること自体ついこの前知ったばかりなのに、大精霊や精霊王といった未知の単語が次々と出てくる。
正直もう魔導書を読んでいた時間が無駄だったように感じてきた。
「人間界にも聖王がいるでしょ、それと同じよ。精霊界にも、精霊たちの頂点に立つ王が存在する、それだけよ」
(言われてみればそうだが……いや確かにそうか)
冷静に考えれば王ぐらいいるよな、と急に心が落ち着く。
驚愕の事実に対しての耐性がついてきたようだ。
「話を戻すわ。今回話したいのはカマエルの真名についてよ。サン、貴方は覚えてる?」
「覚えてない!カマエル、自分の名前、忘れちゃったの?」
「……すみません、何も覚えてないんです」
どうやら記憶の欠損が原因では無いようだ。
カマエルの真名を誰も知らない。
いや、記憶を失っているだけで忘れているだけなのかもしれない。
「いづれにせよ、真名を解放しなければ大精霊としての本領を発揮することは出来ない。でも、なんでカマエルだけなのかしら」
「……?カマエルだけ?他の大精霊の真名は分かるのか?」
「ええ。人間でも、知ってる人はいる。精霊と契約している人間は、そう少なくないわ」
カマエルだけが、真名がない状態、ということらしい。
そもそも真名を解放するとはどういうことなのか。
「せっかくだし、私たちの本気、受けてみる?」
本気、つまり真名を解放するということなのだろう。
せっかくの機会だ、それにカマエルが思い出すきっかけになるかもしれない。
「準備はいいかしら」
「あぁ、何時でも」
額に汗が浮き出る。
緊張感、圧迫感、威圧感による重圧が重く伸し掛る。
宙へと浮かぶルナとサン。
2人の口から、自身の真名が告げられる。
「我が名は月の精霊 ルナ──」
「我が名は太陽の精霊 サン──」
彼女達の体を包み込むように、周囲の空気が渦巻き出す。
「──真名を」
渦巻く大気はやがてふたつの繭を形成し、それが弾けると同時に羽を生やした蝶が舞い降りる。
最も目の前に舞い降りた2対の羽は、蝶のものでは無い。
月と太陽の、相対する2人の精霊の羽。
真逆な2人だが、お互い大精霊というひとつの区切りの元存在している。
その名こそ──、
「──大精霊 ツクヨミ」
「──大精霊 アマテラス」
金色の羽衣を纏った2人の大精霊が今、ユズルの目の前に降り立った。
先程までの穏やかさとは一点、神々しさや無言の威圧感に言葉を失う。
「これが、大精霊本来の姿……」
魔人の覚醒とは訳が違う。
空気が、世界が別のものになった感覚だ。
「この力こそ、人間が生み出した信仰の力。そして、精霊王に与えられた真名の力よ」
ルナ……いや"ツクヨミ"は軽く首を振る。
髪が揺れ、世界が……凍った。
「──っは!」
先の見えない闇夜の中で、永遠に閉じ込められた感覚がユズルを襲う。
その刹那氷が割れたかのように現実世界へ戻され、呼吸を忘れた肺が痛み出す。
「っ、はぁ……はぁ…………」
寒気が抜けぬ間に、アマテラスの頬が緩む。
その笑顔が、強い光で霞んで見え……。
視界が歪み、全身の皮膚が蒸気を発し焼かれてゆく。
肉体が形を失うその手前で、意識が元の世界へと引き戻された。
「永遠の月夜と──」
「──灼熱の陽射」
未知への恐怖に、ユズルは膝から崩れ落ちた。
もし、こんな力をシュバリエルが持っているとしたら……
「俺は、この力を使いこなすことは出来るのか……」
自分は特別じゃない。
その器ではないと気づいた時。
ユズルは改めて世界の壁を知ることになる。
「今日から私たちはこの姿であなたの修行を行うわ。どこまで行けるか、それは貴方次第よ」
ユズルの人生を左右する大きな転換点を今、迎えようとしていた──。
次回、月と太陽編完結──。
そして物語は、第三節へ。




