第109話 次の策
修行2日目。
初日の成果は、語る必要も無いだろう。
「昨日は一ミリも距離を詰められなかったけど、今日はどうかしら」
2日目と言っても、ユズルは睡眠を取っていない。
というのも取る必要がないからだ。
ユズル自身も驚いていた、まさか本当に常に回復し続けているなど。
そもそもこの空間には夜もなければ昼もない。
ただ時空が存在するだけだ。
このペースで行けば、前にアイアスブルク辺境伯領で破れた王族階級 第12位クロセル・ヴァージンを討つことも夢じゃない。
それどころか魔王でさえも倒せてしまうのではないか、そうでさえ思う。
「……いや待て、なにか引っかかる」
クロセルの名を出した途端、ユズルは謎の違和感に襲われた。
「クロセルと初めて会った時、あいつは"カマエル"ではなく"シュバリエル"と呼んだ。何故だ……?」
カマエルだと知らなかった?
そんなわけが無い、彼は王族階級で権力がある。
魔王に認められた者が、その真実を知らないはずがないのだ。
「だがもし知らずに、魔王から"シュバリエル"だと告げられていたとしたら……」
クロセルは魔王にとって信用出来る相手ではなかった?
それともまだ王族階級になって日が浅いのか?
「フォルティストは確か王族階級 上位12階位と言っていた……。つまり12位は1番下の順位……」
もし空席が生まれ、そこにクロセルが選ばれたとしたら……
「俺以外にも王族階級の魔人を倒したものがいるのか?」
この仮説が正しければ、人類にも勝機はある。
望みを託し、ユズルは今自分に出来ることを精一杯頑張るだけだ。
「考え事は済んだかしら」
「すみません、もう大丈夫です」
何時でもどうぞと言わんばかりの表情だ。
ユズルは呼吸を整え、相手の思考を読む。
フェイントをかけるか、全力で走り続けるか。
ただ闇雲に走っていてもその差は縮まらない。
(なら、逃げ場を絞る。柱が密集した所まで追い込んでギリギリで交わす。柱で身動きを封じたところを回り込んで追い詰める……!)
頭で一連の流れを想像し、かけ出す。
単純な追いかけっこでは全く差が縮まらない。
だが、頭を使い戦術を練り挑めば──、
「こんな非力な俺でも!悪魔をも凌ぐ、凶器になる!」
目的の場所に誘導し、回り込む。
(──捉えた!)
伸ばした右手が、ルナの背中に触れようとしたその刹那、縮まった距離は再び元の距離まで戻される。
「成長してるわね。でもそんな見え見えの策に捕まるほど敵は弱くないわ」
「くっ!」
やはりダメだったか。
今ある手札で何とかやったつもりだが、どうやらこれだけでは仕留められないらしい。
「1つ目の策が破られたら2つ目に。それがダメなら次に、次に次に次に。常に次の行動を考えるの」
ルナの言葉に耳を傾け、ユズルは次の策を練る。
(まずは柱の中から出てきてもらわねぇと……!)
追い出すような形でユズルは柱の中に潜り込む。
ルナを追い出すことに成功したはいいが、時間の消費が激しい。
「そうか、相手よりも短い時間で前に出ればいいんだ。大回りのルートに見せ掛け、内側をつく」
頭が冴える。
次から次へと策が巡り、やる気と希望が満ち溢れていた。
先程同様、ルナに自分を先導させるような誘導の仕方で外回りのルートを追いかける。
そしていくつか伸びている柱をあえて外と内交互に避けた。
そうして柱の影に自分の姿を隠したのだ。
相手が自分の姿を追うことに意識を向けさせる。
そして外と内、どちらを通るかをルナに勘づかせる。
外、内、外、内…………。
(そうだ、ルナが俺の動きに合わせてきた時、そこに隙が生まれる。ルナが外に回った瞬間、俺が内側をつけば一気に距離が詰められる。あとは気合次第だ!)
静かにその時を待つ。
(来た!)
ルナが柱の影から姿を出し、柱を外から回る。
その刹那、ユズルはその柱を外側からではなく内側から回り込んだ。
「今度こそ!」
柱を回り切り、ユズルは姿見えぬルナに手を伸ばす。
作戦は成功に見えた。
……だが、視野が狭いのはユズルの方だった。
「な、壁!」
ユズルはすぐさま速度を落とし壁を蹴る。
どうやら気付かぬうちに端から端まで走りきってしまったようだ。
あと一歩、及ばなかった。
「惜しかったわね。もっと広ければ追いつかれていたかも」
「壁があるって分かってたから外を回ったんだろ?分かってるよ」
「ふふっ、でも策自体は悪くなかったわ。じゃあ次は、少し実戦形式を混じえた修行に移りましょうか」
「追いかけっこはもういいのか?」
突然の切り替えに、ユズルは困惑する。
ここで終わらされてはもやもやが残る。
「追いかけっこは継続よ。これからは技を解禁するの、剣を使っても魔法を使っても……もちろんカマエルと協力してもいいわ」
「そういう事か。てことは……」
「ええ、私も少し嫌がらせをするわ」
本格的な修行になってきたな、と思う。
まだ修行は始まったばかりなのに、かなり成長したと実感出来ている。
それはこの塔のおかげか、はたまたルナのおかげか。
おそらく両者だろう。
「じゃあ改めて……いつでもどうぞ」
「行かせてもらうぜ……ローレンス式抜刀術──」
ユズルは剣をかまえ、大精霊を睨む。
幾度となく敵に向けてきたその剣技を今、味方に向けているのだ。
壱の型 煌龍、弐の型 旋風、参の型 劫火、肆の型 貫雷、伍の型 聖蒼、陸の型 煌牙、漆の型 櫛風…………。
次々と技を打ち込んでいく。
無限に湧き出る魔力、降れば降るほど加速する剣技。
ユズルの剣技は、ここに確立された。
……かと思われた。
次の一言を聞くまでは。
「それ、貴方の剣技じゃないわよね。他人の真似事じゃなくて、貴方の剣技を見せて欲しいのだけど」
「俺の………剣技?」
その言葉を聞いて、ユズルは一気に失速する。
そして気がつく。
これはあくまで英雄ローレンスが残した剣技であり、自分のものでは無いと。
(そうだ、これは俺の剣技じゃない……)
「貴方、もしかして自分の型が無いのかしら?」
今まで考えたこともなかった。
幼い頃から師匠にこの剣技を習い、極めてきた。
それがいつしか自分の剣技だと思い込み、疑問を抱くことなくここまで来てしまったのだ。
「自分の型は、ありません……」
「そう。なら作ればいいじゃない」
「…………え?」
自分の型を、作る。
果たしてそんなこと素人の自分ができるのだろうか。
「難しく考える必要は無いわ。貴方が戦いやすいよう、そのローレンス式抜刀術?でしたっけ?を変えていけばいいだけ」
「ローレンスの剣技を……俺の形に変える……」
英雄が残した……おじいちゃんが残してくれた剣技を次の世代に繋げる。
それこそ、孫であるユズルの使命なのかも知らない。
「見つけ出します、自分だけの剣技を」
ローレンス式抜刀術と出会い15年。
ついにその剣技と別れを告げる時が来た──。




