第108話 月の修行
ユズルはシュバリエルの提案の元、太陽と月の精霊が住むとされる昼夜の塔を訪れた。
2人の承諾を得た後、昼夜の塔での修行は幕を開ける。
「まずはこの塔について、軽く説明します」
「カマエルから聞いてる?よね?ここは人間界とは進む時間の速度が違うの!」
(頼む、どんなに小さな差だっていい。1分1秒でも長く……!)
人間界との時差が1時間あれば、1年で約半月分長く修行が出来る。
それにここには大精霊が3人もいる、かなりの進化が望めるだろう。
果たしてその答えは──、
「ここでの一日は、人間界での十日に匹敵するわ。貴方は二年間ここで修行したいと言っていたけど……せいぜい2ヶ月半が限度ね」
「…………なんということだ」
ユズルが求めていた答えとは、真逆の結末だった。
故にユズルは揺れていた。
ここを去って、人間界に戻った方がいいのではないか、と。
しかしそんな思惑は、次の一言で全て消し去った。
「時間の流れが早い分、成長速度も比じゃないわ。疲労を感じると同時に超回復が起こる。つまり、無限に動き続けることが可能であり、動いた分だけ強くなれるということ」
「そういうこと!つまり無限に剣を振り続けられるし、斬撃は振る度に早く!重く!強くなる!ってこと!」
先程までとは一転、ユズルの中からここを去るという選択肢は完全に消えうせた。
この場所は、それほどまでに時間を犠牲にする価値がある!
「時間も勿体ない。早速修行を始めよう」
「ユズル!修行したい方を選んで?」
「……選ぶ?」
両方と修行できると思っていたため、暫し困惑する。
そんな美味い話はない、ということか。
「2人揃っての修行はまだ早いわ。まずは片方ずつ、一人ずつ攻略してもらうわ」
「そういう事、か。なら最初は……ルナさん、よろしくお願いします」
ユズルは先に月の精霊 ルナを指名する。
ここまで話してきてユズルは2人の性格についてあらかた理解していた。
その上で、彼女を選んだのだ。
彼女なら、段階を踏んだ修行を組んでくれるに違いない。
そう思ったからだ。
「分かったわ。ではまずは私から、修行内容を話させてもらうわ」
「……(ごくっ)」
唾を飲み込む。
大精霊との修行、過酷なものになることは間違いないだろう。
果たして彼女の口から何が語られるのか──。
「私との修行内容、それは"追いかけっこ"よ」
「…………え?」
思わず反射で聞き返したが、どうやら聞き間違いでは無いらしい。
ユズルはもっと実戦形式の修行を想像していた。
最もこの状況下で追いかけっこと予想できる者は居ないだろう。
「簡単だと思われているのなら、心外ね。私は未だに、人間に触れられたことは1度もないわ」
「1度も……ないだと?」
「ええ。誰も、私に追いつけなかった。あの、聖王でさえもね」
彼女たちが人間界にいた頃の聖王は、今のように玉座に座っているだけの王ではなかった。
そもそも今の王は真の王家でない。
遺伝も何も、そもそも血が違うのだ。
生き方が、考え方が違うのも無理は無い。
かつての聖王は、鬼神だった。
悪魔をも凌ぐ力を有し、生物の頂点に君臨していたのだ。
その聖王でさえも、目の前の彼女に触れることは出来なかった。
「……思ったよりやばいかもな、この修行」
冷や汗が頬を伝う。
それが顎から滴り落ち地面と触れた刹那、ユズルは動き出した。
課せられたフィールドは、果てのない天井にいくつもの柱が立てられた広間。
壁から無数の造形物が露出し、視界を遮る。
ここは見通しの良い荒野でも丘でもなんでもない。
障害物だらけの、修行場である。
「この修行を選んだのは、単に私が追いかけっこが好きだからという訳では無いわ」
一定の距離を保ちながら、ルナはこの修行の目的について話す。
「まずは基礎体力を身につける必要がある。動体視力、俊敏性、判断力その他諸々の力を含めて、ね」
「なるほど。確かに……っ」
話しながらでも必死に距離を詰める。
が、一向に距離が詰まる予感がしない、
(判断力が試されるな……。修行を続けて体力と速度を身につけなきゃ、追いつけない)
恐らく一日二日で終わる修行では無いことを、ユズルは悟っていた。
その上で今ユズルができること、それは判断力を駆使してチャンスを作ることだった。
「見えてきたぞ、この修行のゴールが!」
ユズルは拳を握り、噛み締める。
月の精霊 ルナの修行 開幕──。




