番外編 竜の少女、業火の記憶(下)
ミカエラを引き取ってから3年。
18歳の誕生日を迎えたミカエラは、アイバクからある贈り物をもらった。
「ここが、私の家……?」
「そうだ。ここなら夜遅くまで君の好きな呪術の研究も出来る」
この3年、アイバクは彼女の心に空いた穴をどうやって埋めるか考えてきた。
その結果、彼女のしたいことをさせて上げるのが1番だと考えたのだ。
彼女と色々なことに挑戦していく中で、ミカエラはある物に興味を持った。
それは、呪術であった。
「確かにここは君の家だが……あの家も、君の家だ。何時でも帰ってきなさい」
「……ありがとう、おじさん。本当に、ありがとう」
ミカエラは涙する。
2年前……ミカエラが両親を亡くしてから1年後の竜王祭の日以来、一度も涙を見せなかった。
今でも竜王祭の日には渓谷に赴き、復興の兆しを探っている。
未だに進展の余地は見られないが、それでもミカエラ達は必ずあの場所に足を運んでいた。
…………復讐心を、忘れぬように。
「改めて……誕生日おめでとう。ミカエラ」
お互い抱き合い、喜びを噛み締める。
…………だがその幸せも、長くは続かなかった。
ミカエラの誕生日から数ヶ月後。
それは、突然訪れた。
「──っ!」「──、── ──っ」
やけに外が騒がしく、ミカエラは実験をやめ窓の外を見る。
ミカエラは、窓の外の景色を見て思わず言葉を失った。
目の前に広がる景色は、まるであの日の様で……
「……はぁ……はぁ……っ、はぁ……っ」
業火の記憶が蘇る。
呼吸が乱れ、その場に蹲う。
苦しむミカエラの肩を、何者かが触れた。
「──大丈夫、落ち着いて」
聞きなれたその声に、ミカエラの呼吸は徐々に落ち着きを取り戻す。
「……おじ、さん……」
「君が気になって、真っ先に来たんだ。他の隊員を村長の元に向かわせてる、俺も加勢しに行かなければならない」
珍しく焦るアイバクの姿を見て、ただ事では無いと察する。
こんな状況下でも、彼は真っ先に自分の心配をしてくれた。
その真実に、胸が熱くなる。
「君は避難所に向かいなさい、場所は前に教えたね?結界はもうない、魔獣が町に入ってくるのも時間の問題だ」
少しでも早く彼を行かせなければ。
礼なら、全てが終わってから伝えよう。
そう思い、ミカエラはアイバクに別れを告げる。
今回もまた、助けられてしまった。
全てが終わったあとで伝えよう。
「ありがとう」と「愛してる」を。
………………しかし、彼らが再び会うことは無かった。
魔人 ベルゼブブの襲撃により、フォーラ村 村長ハイラ及び騎士団長 アイバク死去。
その他大勢の犠牲者が出る、大戦乱となった。
「──彼らに、黙祷を捧げる。黙祷ー!」
後日、今回の襲撃で亡くなった人を弔う葬式が行われた。
だが、その場にミカエラの姿はなかった。
「…………おじさんも、私を置いていくんだね」
三日三晩泣き続けた目元は赤く腫れ、まともに食事もしていないせいで手足が細く、色も悪くなっていた。
そんな彼女の元に、1人の騎士団員が訪れる。
彼は、あの襲撃の夜アイバクと同じ隊にいたものらしい。
彼の口から語られたのは、生前アイバクが取った行動についてだった。
「団長は、真っ先に貴方の名を口にしました。「彼女に、この景色を見せる訳には行かない。彼女にはもう、悲しんで欲しくないんだ」……と」
「……っ」
複雑な感情がミカエラの心をかき乱す。
もし叶うのならば、今すぐおじさんに会いたい。
会って抱きしめて、「ありがとう」と、「愛してる」と伝えたい。
しかしもうそれは叶わない。
「そしてこれは団長の遺言状です。奥さんとキリヒト君、そして……これが貴方宛てです」
「私、宛て…………?」
ミカエラは恐る恐るその手紙を開けた。
──
ミカエラへ
初めて君とあった日、私は酷く困惑したのを覚えている。
それは、君があまりにもか弱く見えたからだ。
まるで押したら倒れてしまいそうなぐらい、君は弱々しく見えた。
私には……君を守り切れる自信がなかった。
だがそれは違った。
君は強かった、私の想像よりはるかに。
あれほどの事を経験しておきながら、自暴自棄にならず、現実と向き合い続けた。
それがどれほど大変か、言わなくてもわかる。
君は本当に強い子だ、これから先の未来が楽しみで仕方ない。
君の旅の最後を、果たして見届けることは出来たのだろうか。
無論、見届けているに決まっている。
たとえここにいなくとも、私はいつでも君の成長を見守ってるから。
君の旅路が、どうか幸せなものでありますように。
愛しているよ、私の大切な娘 ミカエラ。
アイバク
──
読み終えた時、ミカエラの視界は涙で歪んでいた。
もう涙は出し尽くしたと思っていた。
「私も愛してるよ、お父さん……っ」
と、ミカエラは手紙の余白部分に違和感を覚えた。
明らかに不自然な余白だ。
ミカエラはその余白を軽く火にかざす。
すると、いくつかの文字が浮かび上がってきた。
その内容に、ミカエラは目を見開く。
手紙には、こう記されていた。
──
復讐心を忘れるな
──
と。
「……そうだ、私にはまだやるべき事がある」
団員に別れを告げ、ミカエラは荷物を纏める。
アイバクのことばかり考えて、自分の使命を忘れるところだった。
今私が生きている意味。
それは、両親を殺した敵を討ち、故郷を取り戻すこと。
「私、行ってくるよ」
アイバクが残した肖像画に別れを告げ、ミカエラは竜の渓谷に向けて歩き出した。
大切な人の死を乗り越え、少女は強くなる。
彼女の旅は、これからも続いていくのだった。




