第10話 融合騎士
ユズルは腹の音で目が覚めた。
(そういえば昨日から何も食べてないな……)
と下からパンの焼けるような匂いがユズルを誘った。
恐らくユリカだろう。
そう思っていたが階段の下にいたのは……、
「おはようユリ……ミカエラさん?!」
呪術医のミカエラさんだった。
「うふふ、おはよう」
「キリヒトから聞いたわよ、体のこと」
「キリヒトが?」
ミカエラさんが作ってくれていた朝食?を食べながら話す。
「最初に私のところに来た時も言ったけれど、治療法や広がる原因については分からないわ。ごめんなさい」
「謝らないでください、ミカエラさんは何も悪くないですよ」
「でも、あなたがこの村に来た理由はその呪いの正体を突き止めるためでしょ?」
そう言われると返しに困る。
確かに呪いの正体を知るためだけにこの村に来た。
だがそれがミカエラさんの謝る理由にはならない。
「……呪いの正体を知ってても、僕はこの村に来てたと思います」
ユズルは初めから、あの小さな村の中で一生を終えるつもりはなかった。
リアとマコトの分まで、外の世界を旅する。
それがユズルの夢であり、彼らへの償いだった。
「そんなに深い意味はありません。とりあえずミカエラさんが謝る理由は一切ないので気にしないでください!むしろ呪いのことだけじゃなくご飯の用意までして貰っちゃって、ありがとうございます」
「いえいえ、お口に合ったかしら?」
「はい!アルバ村には海がないのでこんなにしっかり味付けされたものは初めてで、とても美味しいです」
「そう、それは良かった!」
シオというものはすごいな、村に戻る時に必ず買って帰ろうと思いながら食べ進める。
「食べ終わったら状態だけでも確認させてもらえるかしら?もしかしたら私にも何か分かる事があるかもしれないし」
「分かりました、よろしくお願いします」
……どこも痛くないのにパンを噛む度涙が込み上げてきた。
それをミカエラさんに気づかれないように拭う。
昨日のことを少し話しながら診察を受け、キリヒトを待つ。
結局何も新しいことはわからなかった。
生活に支障を浸したことが無い為、普段は気にならない。
それが逆に怖いのだが。
「診察は終わったのか」
「キリヒト……朝からご苦労さま」
騎士団の仕事を終えキリヒトが帰ってくる。
「それじゃあ早速始めるとするか」
「はぁ……はぁ……もう日が暮れるのか」
「あぁ」
約束は初日で習得の兆しが見えなければ打ち切りだった。
「……明日は実戦形式でやる。今日やった事を忘れるなよ」
「……ありがとうございました」
ユズルは成果を上げた。
そう、生まれて初めて魔法を生み出したのだ。
何年も諦めていたものがたった数時間で。
やはり習得者の話を聞くのが一番有効な手だった。
ユズルは今まで生まれつき魔力のない者は魔法を使うことが出来ないと思っていた。
だが、今日習った魔法は大気中の魔力に干渉して発動するものだった。
言ってしまえば全人類魔法の習得自体は可能だ。
それが出来たら魔王を倒すことだって容易かもしれない。
だが、現状それが出来ていないのには理由がある。
まず、普通の人間が大気中の魔力に干渉することは本来危険な行為なのだ。
耐性が無いものが行うと細胞が拒否反応を起こし破壊される。
その耐性の有無を調べる方法が今はないのだ。
ではなぜユズルが耐性あるとわかったのか。
理由は簡単。
大気中の魔力に干渉し、耐性の有無を実際に体感したのだ。
(まじで死んだらどうする気だったんだ………)
なんにせよ魔法の習得はユズルの物語を大きく前進させた。
ユズルとの稽古後、キリヒトは現場で騎士団の指揮をとり診療所に戻ってきたのは日が変わる頃だった。
(ユズルが魔法を覚えた今、ベルゼブブとの間にそこまで力の差はない)
本領を発揮していない可能性も十分に有り得る。
だが今回はこちら側から攻める分、前回よりも有利な状況下での戦闘が予想される。
(力の差はほぼ無くなった。周りの魔物も騎士団のおかげで気にせず戦える。そうなった時、俺たちと奴の大きな差は、機動力だ)
事実、地上戦なら追いつけていた相手を取り逃した。
襲撃時の作戦だってベルゼブブの機動力を削ぐためのものだった。
埋まらない圧倒的な差がそこにはある。
(人とほぼ同じ部類に分類されるエルフは飛べる。過去に森の民が使う妖精の踊りを習得した冒険者がいたことも事実だ。だが……)
「肝心の妖精の森は、一日二日で行けるところじゃない」
妖精の森はほとんど大陸の反対側にあるため、習得して帰ってくる頃には村が破壊されている可能性がある。
「何か……何か手はないのか……っ」
視点を変えて考える。
「短期間で強くなる方法……何を伸ばせばあいつに勝てる……っ」
ふと、あの商人のことを思い出す。
「確かあの村はここら一帯では最も文明が進化していたはず」
キリヒトが子供の頃だった時にはもう、村全体が工場のように要塞化していた。
「まだあの村と干渉している者は……商人同士の繋がり、いや防具店か………誰だ?」
物音がした方向を睨む。
「……キリヒトか?」
「ユズルか。起こしたか?」
「いや、眠れなくて水を飲みに来たところだ。帰ってきてたんだな」
「あぁ」
「それで、何か考え事か?」
「まぁ、だいたい何について考えてるかは分かるだろ?」
「……」
無言で頷く。
「今、ちょっと考えてたんだがやはり空中戦になった時、俺たちはほぼ無力と言っても過言じゃない。そこでひとつ気になることがあってだな」
「気になること?」
「あぁ。なぁユズル、明日少し付き合ってくれねぇか?」
「それはいいけど……何をするんだ?」
「……昨日話したあの村に、もしかしたら俺たちとベルゼブブの溝を補えるものがあるかもしれないんだ。それを確かめるためにあの村と取り引きをしている村の防具店に行く。それでなんだが……」
キリヒトが頭をかく。
ユズルは肯定の眼差しでキリヒトを見つめ、次の言葉を待った。
「もし、俺の望むものがあるとしたら、その村に行く必要がある。それで、」
「同行するよ」
「……いいのか?」
「昨日も言ったろ?キリヒトは何も気にすることは無い、これは俺の意思だ。連れてってくれ」
「……そうか、わかった」
「よし、それじゃあ俺は寝るとするよ。キリヒトも、一日中戦闘後にもかかわらずにご苦労さま」
「ありがとう、おやすみ」
キリヒトも疲れが溜まっているのか目を閉じるとすぐに寝てしまいそうになる。
自室に移動し、そのまま倒れ込むかのように夢へと落ちていった。
同時刻、魔都バビロア──
「……オッドアイの少女を見つけた?」
「はい。フォーラ村に向かったベルゼブブからの報告です。恐らく、例の……」
「そうか……まぁ確かめないことにはな……」
魔都の中心に聳え立つ魔王城の最上部で、男は酒の注がれたグラスを舐める。
「それとですね、彼女の話によると一緒に行動している男の体にアーリマン様の術式による痣と似たようなものがあるとの報告が……」
「………………っははは」
「何か思い当たる節があるようですね」
「……ベルゼブブに伝えておけ」
不敵な笑みを浮かべると席をたちこう告げた。
「早急に向かう、とな」