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番外編 竜の少女、業火の記憶(上)



 竜の少女が目を開けるとそこは、火の海だった。

 燃え盛る竜の都、悲鳴すら聞こえぬ業火。

 そんな少女の元に、一人の人間が手を差し伸べる。


「私と共に帰ろう」


 家はもうない。

 家族の安否も分からない。

 だがこの男は「帰ろう」と言った。

 帰る場所は、もうないのに。


「竜人は生命力の高い生き物だ。この程度のことで、滅びはしない」


 人間のくせに、まるでわかったような口を。

 この状況だって、きっと人間が仕向けたに違いない。


「君の目に、私がどう映るかは分からない。だが誤解されては困る。私は、少なくても君たちの味方だ」


 気づけばすぐそこまで火は迫ってきていた。

 しかし男は一切焦る素振りを見せず、少女に優しく語りかけづつけている。

 私を怖がらせないように、……死ぬかもしれないのに。


「私の村はここから少し離れたところにあるんだ。だけど安心して欲しい。毎年祭りの時期にはここに足を運ぼう」


「祭りって、竜王祭のこと……?」


「あぁ、そうだ。だから心配しなくていい。今は全てを忘れて、うちに帰ろう」


「…………うん」


 少女は男の手を取り、立ち上がった。

 その後のことは、よく覚えていない。

 目を覚ますと男の腕の中で、目の前には見知らぬ街並みがあっただけだ。


 彼女の心に復讐心が生まれたのは、この時だった。




「ただいま」


「おかえりなさい、随分遅かったじゃない」


「道中少し争いに巻き込まれてな」


 男が扉を閉めるなり、妻らしい女性が男のふところにいる少女の存在に気づく。


「あんたそれ……もしかして誘拐かい?!」


「いやいや違うよ!……違う、よな?」


 果たして両親の許諾を得ずに少女を家に連れ込む行為は誘拐に当たるのだろうか。

 否、当たりそうだ。


「冷静に考えたら、これ誘拐か……?」


「一体どういうことなんだい」


「あ、あの……あの……」


 言い争う二人を止めるように、竜の少女は声を上げる。


「まずはこの子の治療からだ。カリナ、先にこの子を村長の元へ届けてくる」


「そうした方が良さそうだね。話は帰ってきてから聞くよ」


 少女の前で「故郷が燃えた」なんて、あまりにもいえなかった。

 竜の少女を連れ、男は村長の元へと足を運んだ。

 村長の元に通されたのち、男は村長にだけ聴こえる声で状況を説明した。


「……なるほど、たしかに子供の前で話す内容では無いですね」


 全てを聞き終えた村長は少女の前に立ち、優しい声色で話しかける。


「私はこのフォーラ村の村長 ハイラです。あなたのお名前を聞いてもいいかしら?」


「私は……ミカエラ」


「ミカエラ、いいお名前ね」


 自己紹介した方が良さそうな雰囲気がしたため、男もつられて名乗り出る。


「俺はこの村の騎士団長をしているアイバクというものだ。よろしくな」


 お互い会釈し、ミカエラは治療班に連れられ別室へと移動した。

 その後残された村長とアイバクは、重い空気の中今回の件について話し合いを始めた。


「王都へのおつかいを頼んだだけのつもりが……何があったんですか?」


「竜の渓谷で、王都軍と竜人が全面戦争を行いまして……。目的は分かりませんが、首謀者は王都軍幹部 グランドゼーブという男であることは突き止めています」


「彼女は竜の渓谷で拾ったのですか?」


「はい。正確には、保護しました。彼女の両親に頼まれて」


「彼女の両親に頼まれて……。ということは彼女の両親は……」


 アイバクは唇を噛む。

 その仕草を見て、ハイラは全てを察した。


「……これから彼女をどうするつもりですか?」


「しばらくはうちに置いておこうと思う、心の傷が消えるまで。それに……頼まれてしまったので」


 アイバクは村長に別れを告げ、家へと帰宅した。


 後日治療を終えたミカエラを連れ、自宅へと招き入れた。

妻、そして息子のキリヒトにも受け入れられ晴れて家族の一員となったのだ。

 もう二度とあんな体験はさせたくない。

 そう強く思うのだった。



 それから1年が過ぎ、竜人達にとって大切な日が訪れる。

 それは、竜王祭であった。


「そろそろ着くぞ」


 竜王祭当日、アイバクとミカエラの姿は、竜の渓谷にあった。

 変わり果てた故郷を前に、ミカエラは言葉を無くす。

 正直アイバクは、少し期待していた。

 もしかしたら、生き残りが復興作業をしているのではないかと。

 しかし、そんなものは甘い幻想だったようだ。


「…………おじさん」


「…………なんだい」


 ミカエラは、アイバクのことを「おじさん」と呼んでいる。

 それは決して別称などではなく、自分の叔父のように愛称として呼んでくれていることを、アイバクは分かっていた。


「本当のことを教えて」


「…………ダメだ。君が大人になったら教える」


「私もう16だよ。……自分の運命から、目を背けたくないの」


「……」


 本当に伝えていいのだろうか。

 心が壊れてしまうのではないか。

 アイバクは自問自答を繰り返した。

 そして真実を伝えることを決めた。


「君を助けたのは、君の両親から頼まれたからだ」


「…………」


「首謀者はグランドゼーブ。王都軍の幹部であり…………ここを襲った大罪人でもある」


「……その男に、私のママは……パパは殺されたの?」


「……っ」


 心が痛む。

 こんな純粋無垢な少女に、最愛の人が亡くなったことをどう伝えるべきか。

 だが、ここで濁らせたら、彼女の覚悟を無駄にすることになる。


「……そうだ。グランドゼーブと交戦した君の両親は、戦いに敗れ…………死亡した」


「………ありがと、おじさん」


 アイバクの腹にミカエラは顔を疼くめる。

 徐々に熱くなる腹部。

 それが彼女の涙だと気づくまで、さほど時間はかからなかった。



「来年も、連れてきてくれる……?」


「……もちろんだ。竜王祭は、死者を弔う行事でもあるからな」


「よく知ってるね、おじさん」


 馬に揺られ、二人は夕日を横目に話す。

 お互いにとって、今日は成長した1日だった。


「…………グランドゼーブ……私がいつか……」


「……ん?今なんか言ったか?」


 馬の足音で上手く聞き取れなかった。


「いや、何も言ってないよ。……今日はありがと、おじさん」


 ミカエラはアイバクを抱きしめる力をよりいっそう強くする。

 まるで照れ隠しのような行為。



 …………だがしかし、彼女の表情は微塵も笑っていなかった。

 復讐心だけが、今の彼女を構成していた。

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