第106話 雪の華
セイントヘレナ公国を訪れてから、早くも六日が経った。
今日は輝神誕祭の最終日ということで、ヨハネから直々に教会へと招待された。
そこでユズル達は、自分たちが決めた決断をヨハネに告げることになる。
全てをさらけ出したあの日から5日、ユズル達の心には一切の揺らぎすらなかった。
「君たちの過去を見れば結果が分かるが……今は見ないでおこう」
あくまでユズル達の口から聞きたいようだ。
ユズルだって、自分の口から伝えたかった。
「それじゃあわしは輝神誕祭の華を飾ってくるとするかの」
大荒れの空模様。
時は夕刻、空は既に暗く、照明が町を照らしている。
頂の教会の最上階から、ヨハネは町に向かって飛び降りた。
吹雪がヨハネを囲い込み、雪の繭を形成する。
そのまま繭は町の中央へ誘われ、人々の視線がヨハネへと向けられた。
雪がやみ、ヨハネを覆っていた繭が花開く。
夜空に咲く雪の華。
その雪の華から発された雪のつぶが、空中で様々な形を生してゆく。
テディベアに王冠、ネックレスにドレス。
中には、ユズル達が買ったあの可愛らしい焼き菓子も含まれていた。
「綺麗…………」
幻想的な町の景色を見下ろし、ユリカはそっとつぶやく。
目の前に広がる光景は、まるで夢のようだった。
空に散らばった沢山の贈り物は、やがて町の子供たちの手の中に吸い込まれ、溶けることの無い雪の彫像としての役目を迎える。
ユズル達の元にも、ひとつの贈り物が届けられた。
「これは………生命石?」
「──いかにも、それは君たちの生命石だ」
「「──?!」」
背後から声が聞こえ振り向くと、そこにはヨハネの姿があった。
(いつの間に……っ)
「私からのプレゼントだ。互いに持っているといい」
ヨハネの言葉通り、2人はお互いの生命石を交換する。
これでこの2年、お互いの安否を確認することが出来るようになった。
「私の演目はどうだったかね?」
「…………信じられない光景で……夢を見ているようでした」
「ふぉっふぉっふぉっ、そうかそうか」
ヨハネは高らかに笑う。
そうして顔に笑みを残したまま、ヨハネはユズル達に問う。
「君たちの答えを聞かせておくれ」
答えはもう、決まっていた。
「──俺はここを出ます。どうか……ユリカをお願いします!」
「……確かに任された!ユズル青年よ、君の旅路に、幸あらんことを!」
ユリカの2年をヨハネに託し、ユズルはこの国を出ることを選択した。
真実を知るために村を出て始まった2人の物語は、輝神誕祭の終演と共に幕を閉じた。
だが、2人の物語はまだ続いていく。
「2年後、魔王を倒せるぐらい強くなって君を迎えに来る。だから、一旦お別れだ」
「そうですね。"一旦"お別れです。……いつまでも待ってます、ユズルさん」
雪の華に魅せられた2人は固く握手を交わし、頂の教会を後にした。
──翌日
「それじゃあ行ってくる!ヨハネさん、ユリカをよろしくお願いします!」
「あぁ、ユズル君も元気でな。何かあったらいつでもここに来るといい。私達はいつでも歓迎しよう」
「ありがとうございます!……ユリカ、またな」
「……はい。またね、です」
ユリカとヨハネ、そして例の修道女に彼を告げ、ユズルは結界の境目に足をかける。
その刹那、何者かに背中を引かれユズルは咄嗟に振り返った。
「……ユリカ?」
「── 2年分の、です」
そっと唇を奪われる。
悪魔化の侵食を抑えるために、口付けは義務的ではあるが何度かしていた。
だが今回の口付けは今までとは違い、熱く、心地よいものだった。
唇が離れ、ユズルは目を開く。
ユリカの表情は、俯いてよく見えなかった。
だが、耳の紅さまでは隠せていない。
(あぁ……やっぱ離れたくねぇな…………)
ここに来て気持ちが揺らぐ。
しかし今のキスは、ユズルを引き留めようとして行われたものでは無いことを、ユズルはしっかり理解していた。
だから、ユズルは止まらず歩き出す。
──この世界を救う、その時まで。
次回予告
記憶を1部とりもどしたシュバリエルの提案により、ユズルは月と太陽の大精霊が居るとされる「昼夜の塔」に向かうことになった。
「私達が2年間、貴方の面倒を見るわ」
月の精霊 ルナと太陽の精霊 サン。
2人の元で修行することになったユズルだが、その修行は想像を絶する過酷さで──。
「ローレンス式抜刀術はあくまでローレンスのもの。貴方だけの剣技を、極めなさい」
「俺だけの、剣技──」
新たな剣技、新たな力。
大精霊の元で、ユズルは大きな成長を遂げる。
「そろそろ始めましょうか、本当の修行を──」
月の精霊 ルナと太陽の精霊 サン。
またの名を、大精霊 ツクヨミ・アマテラス。
第9章 月と太陽編 開幕──。
試練を乗り越え、物語は加速する。




