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第98話 魔王と悪魔



ドクンッ──。


(…………あぁ)


 またここか、とため息が出る。

 まだ数回しかここに来ていないはずなのに何度も足を運んだ気がするのは、ここに来る時は決まっていつも嫌な思い出もセットだからだろう。

 今回だってユズルの意識がここにある以上、現実での自分はきっと自我を失い、大切な人を傷つけていることだろう。

 だがこれは、自分で決めたことだ。

 あの時、悪魔の力を使わなければユズル達は死んでいた。

 どっちにしろ死ぬ運命なら、最後まで抵抗する方がいいでは無いか。

 復讐だってそうだ。

 してもしなくても変わらないなら、した方がいいに決まっている。


(そうだ……これは俺の復讐劇、なんだっけな……)


 徐々に意識を取り戻し始める。 

 (げんじつ)の様子は分からない。

 この夢から覚める方法も。


「後は頼んだ……ユリカ…………」


 夢の彼方で、そう呟いた。




「今度は私が救う番です……っ」


 自我を失い、今にも闇に取り込まれてしまいそうなユズルをユリカは必死に食い止める。

 と言ってもユリカに残された魔力はほとんどなく、今のユズルを倒せるほどの余裕は無い。


「シュバリエルさん、もし可能でしたら力を貸して欲しいです」


 ユリカの呼び掛けに、シュバリエルは再び顕現する。


「……もう、常時貴方には、姿、見せた方が良さそう」


 本来契約者以外に姿は見せない精霊だが、何度も姿を見られ存在を知られているユリカには、もう姿を隠す必要は無さそうである。


「それで、どうすれば、いい?」


「とりあえず前回と同じ方法を試してみましょう!」


 クロセル戦後の暴走時、ユリカはシュバリエルと協力しユズルを取り戻すことに成功した。

 あの時と同じ方法を試みようと、シュバリエルがユズルの背中に触れた瞬間だった。


「──我に触れるな」


「──ッ、この感じ」


 黒い稲光が縦横無尽に飛び回る。

 森の木々は発火し、山肌は崩れ始めた。

 その衝撃派は凄まじく、実体を持たない精霊でさえもおののく程だった。

 シュバリエルでさえも傷を負うほどの攻撃、当然人間であるユリカに耐えられるものではなかった。


「……………ぁ」


 膝から崩れ落ちるユリカ。

 左腹部、右肩、両脚、頭部に激しい損傷を受けたユリカは、自身の血で汚れた地面に倒れ込む。


「貴方、ただの魔人、じゃない」


「ほう?我が分かるか?」


「……貴方、こそ、私が分かる、の?」


 正面から向き合う二人(シュバリエルとユズル)

 精霊と悪魔、本来交わらないはずの二つの種族が邂逅し、風向きが変わり出す。

 やがて風は、更なる厄災を運んでくる。


「──クロセルの話だと魔獣のように狂っていたと聞いたが……その様子だと殆ど自我は残っていないようだな」


「貴方、は……っ」


 突如として現れた男の姿を見て、シュバリエルは酷く取り乱した。

 シュバリエルは約60年前に一度、彼に会っている。

 そこに立っていたのは、


「魔王 アーリマン……っ」


 悪魔に続き、魔王の登場は完全に予想外であった。

 果たしてこの状況を、誰が理解できるだろうか。

 ユズルは悪魔に体を乗っ取られ、ユリカとセイラは気を失っている。

 故にこの邂逅を知るものは悪魔、魔王(アーリマン)、そして精霊(シュバリエル)の3人のみである。


「久しいな、精霊 シュバリエルよ。いや、大精霊 カマエル」


「………そんな名前、知ら、ない」


 記憶が1部欠損しているシュバリエルにとってその名は、記憶に無いものだった。

 しかしそう呼ばれることに違和感がないことも、また確かであった。


「いつから記憶がないのかは知らないが……本領を発揮していない君を今のうちに仕留めとくのは得策かもしれないな」


「……っ!」


 魔王が動こうとしたその時だった。


「うぅあ……ぁぁぁぁああ…………」


 突如悪魔が呻き声を上げ始めたのだ。

 いや、もはやそこに居るのは悪魔では無い。


「ほう、まだ染まらぬか」


 1度は悪魔に体を乗っ取られたものの、ユズルは諦めることなく抵抗し続けているのだ。

 どちらがこの体を支配するか、意識空間の中で戦っているのだろう。


「まぁよい。悪魔の復活には、お(にんげん)らがまだ弱すぎる」


「うぁぅ…………ぁあ」


 やがて呻き声は途切れ始め、途端に意識を失った。

 どうやらユズルが己の心を貫いたらしい。

 ほっとするのもつかの間、目の前にはまだ魔王が残っている。

 シュバリエルはいつでも交戦できるよう、臨戦態勢に入った。

が、


「さて、面白いものも見れたし帰るとするか」


「……………え?」


 思わず腑抜けた声が出てしまう。

 先程までの緊張感が一転、戸惑いの波がおしよせる。


「なんだ…………我とやりたいのか?」


「──っ!」


 鋭い眼光を向けられ、シュバリエルは自分の体が石のように強ばるのを感じた。


「次会うときは…………まぁその時がきたら分かるだろう。はははっ」


 魔王は高笑いしマントを翻すと、途端に姿を消した。

 命拾いしたことを喜ぶべきか、この惨状を悲しむべきか。

 精霊である彼女には分からない。

 だが、たった一つ分かること、それは……


「ユズル……もう、長くない」


 彼の限界が、すぐそこまで迫っているということだった──。




「…………んぅ」


 先に目を覚ましたのは、ユリカの方だった。

 目を覚ますなり、ユリカはすぐさまユズルの姿を探す。


「おはよう、ユリカ」


 伏せたユズルの横には、精霊 シュバリエルの姿があった。

 どうやらユズルの暴走は止められたらしい。


「あの後、何があったんですか?」


「…………魔王が、来た」


「──っ?!」


 衝撃の発言に、ユリカは柄にもなく驚きを露わにする。

 それと同時に、魔王と同じ場にいて生き残っていることに安堵していた。


「ユズルさんは、無事……なんですよね?」


「大丈夫、気を失っている、だけ」


「良かった…………」


 どうやら魔王は誰も殺すことなくこの場を去ったようだ。

 恐らく暴走するユズルを一目見に来た、と言ったところだろう。


「それにしてもあの姿……ユズルさんの中には一体……」


「ユズルの中には、悪魔が、いる」


「悪…………魔……?」


 だが悪魔は例の儀式でしか復活しないはず。

 それにユズルの中に悪魔がいるとは、一体どういうことなのか。


「ユズルの身体を蝕んでいるのは、魔人化じゃなくて、悪魔の血。ユズルは、悪魔の器」


「器…………?」


「そう。ユズルの身体を、使って、魔王は悪魔を飛び戻そうと、している」


「で、でも、悪魔(グリモア)心臓(・ハート)はまだミカエラさんたちのところに……」


 悪魔復活のために必要な多量の魔力、忌み子の血、そして悪魔(グリモア)心臓(・ハート)

 ユズルには、そのうちのどれ1つとして揃っていない。


「もう、必要ない、のかも。もう悪魔が滅んで、500年の時が、経った」


 シュバリエルの言う通りなのかもしれない。

 だがもしそれが本当だとすれば、


「私たちは、ユズルさん殺さなきゃ、いけないんですか……?」


「まだ、分からない。でも、ユズルが人を殺めたら、その時は──」


「──その時は私が殺します」


 先程まで震えていたユリカの声が、途端にはっきりとした声に変わる。

 覚悟を決めた、ということなのだろう。


「ユズルさんを、これ以上苦しめないために、最後は私がユズルさんを殺します」


 しかしここでひとつの疑問が生じる。


「ユズルさんが死なれたら困るのに、なぜ魔人たちは刃向かってくるんでしょうか?」


 ユズルは幾度となく死にかけた。

 ベルゼブブ、影の魔人、クロセル、そしてフォルティスト。

 いずれも加減などしておらず、ユズルを殺しにかかっていた。


「魔王が、知らせてないだけ、かも。それか、死ぬギリギリまで追い込むことで、悪魔の復活を、早めてる……とか」


 今はそう言うことしておくことにした。

 どうせ考えても、当事者しか分からないことだ。


「…………雪?」


 空を見上げると、無数の雪が降っていた。

 もうそんな季節なのかと、改めて時の流れを感じる。

 春先にアルバ村を出て、既に半年の時が過ぎていた。

 だが二人の旅はまだ始まったばかりである。




 次回妖精の森編 エピローグ




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