第95話 悪魔の器
「──力が欲しいか?」
(またこの声か……。てことは俺、また負けたんだな……)
ドクンッ──。
心臓の音だけが鳴り響く。
「力が欲しいか」とだけ囁きかける声。
以前ユズルがこの声を信じ力を欲した時は、自我を保てず暴走した。
恐らくこの声の主は、人間でも精霊でも妖精でも、そして魔人でもない。
「お前、悪魔だろ?」
「──」
声が止まる。
薄々気づいていた。
自分を蝕む侵食が、他の魔人と明らかに別物だと。
それが確実なものとなったのは、先日のクロセル戦だった。
あの魔王の血を受けた王族階級の魔人でさえ、ユズルの侵食に対して驚きを見せた。
それはこの侵食がただ魔人化に犯されている訳では無いからだ。
「何を企んでいる?」
「──」
ユズルの問いかけに、答える様子は無い。
答える気がないのか、はたまた知らないのか。
だが、予想はできていた。
「俺は器なんだろ?魔王は俺に魔人化の術じゃなくて、自分の体内に残っていた悪魔の血を俺に与えたんだ。それは俺の体を蝕み、やがて悪魔と化す」
「──」
「悪いが俺は悪魔になんかなるつもりは無い。もしお前(悪魔)が目覚めようとするならば、俺は迷わずこの命を絶つ」
「──力が欲しいか?」
「必要ない。俺には、仲間が着いているからな──」
そう断言すると同時に視界が晴れ、やがて意識は現実へと引き戻される。
僅かに震える指先で、ユズルはシュバルツを握った。
「なんだァ、まだ足りねェのか?」
ふらつきながら立ち上がるユズル。
悪魔の力など必要ない。
今、俺に必要なのは──、
「シュバリエル!俺に力を貸してくれ!」
「小賢しいなァ!!!」
シュバリエルの光を纏うユズルに、フォルティストは再び全身から緑の光を放つ。
(まずはあれを避けなければ……っ)
触れることが悪手なら、避ければいいこと。
だがそれが出来たら、どれほど楽だったか。
「くぁ……っ!」
「おせェよ……、見てから動くんじゃ遅すぎんだよ!」
(技を放つ前の初期微動が、霧のせいで見えない……っ)
それだけじゃない。
発射速度が異常な上に、放つギリギリまでユズルの動きをおってきている。
これでは避けることも至難の業だ。
だがそれは、1人で戦っていた時の場合の話。
今のユズルには、シュバリエルだけじゃない。
ユリカやセイラが着いている。
「……なんだァ?」
突如フォルティストの動きが止まる。
無理もない、目の前の環境が変わったのだから。
「言っただろ、俺には仲間が着いてるって」
晴れていく霧の中で、ユズルは笑みを浮かべた。
反撃ののろしが上がった瞬間だった──。
──同時刻 魔都
「クロセル、あの戦いでお前は何を見た?」
帰還したクロセルに問う魔王 アーリマン。
「精霊を使う剣士を──」
「それじゃない」
魔王の声に、クロセルは体をびくつかせる。
彼の命など、魔王 アーリマンにとっては容易いもの。
1歩間違えれば消される運命にあるのだ。
「彼の体に、何か変化はなかったか?」
「……全身に黒いもやがかかり、まるで自我を失った魔獣のように狂喜乱舞しておりました」
「……なるほどな。どうやら抵抗力が強いようだ」
その口調はまるで「もう完全体になっていてもおかしくない」と言っているかのようだった。
そう、ユズルの寿命は、人間でいられる時間はとうに過ぎていたのだ。
異例な事態だが、それもまた想定内。
「英雄の子を悪魔の器にすると決めた時から、この事態は予測していたが……よくもまぁ耐えられるものだ」
魔王は興味深いと言わんばかりに笑みをこぼす。
そんな魔王の隣に立つ謎の女性は、魔王にある提案を持ちかける。
「今はフォルティストと交戦中のようです。向かいますか?」
魔王は軽くグラスを傾けると、
「久しぶりに会っておくか。未来の主に──」
そう呟くのだった。




