第92話 深い霧を進む
エルフの女性 セイラと妖精救出作戦が始まった。
「それで、何処に霧の発生源がいるか検討は着いているのか?」
「それは任せて。もう場所はわかってるの」
彼女によると霧の発生源は、ここから少し行った先にある山の中腹部にいるらしい。
敵の拠点が分かれど、戦力不足で今まで手出しできなかった、という訳だ。
この霧では、外からの使者も内からの伝達も届かないだろう。
ユズル達がこの森に足を運んだのは、ある意味正解だったのかもしれない。
「道案内は任せて。エルフの聴覚は、1種の透視能力なのよ」
「俺たちじゃ手も足も出ない。セイラに頼るよ」
ユリカの千里眼も機能しなかったこの霧の中を、セイラは視覚ではなく聴覚で代用し生活してきた。
それはセイラに限らず、この小さな集落に住む全てのエルフが同じ方法でこの霧に対処しているらしい。
「ちなみに私はいつでも行けるわ。特に用意するものもないし、人手もないしね」
「まぁそうか……。因みに俺もいつでも大丈夫だ」
「私も大丈夫です」
どうやら全員準備完了のようだ。
それに作戦を立てようにも、向こうの動きが全く分からない以上立てようがない。
「とにかくその霧の魔獣がいるところまで案内してくれ」
「分かったわ。一応他のみんなにも着いてくるか聞いてみるわね」
そう言って家を出るセイラ。
それに続きユズル達も屋外へと出る。
外は相変わらず深い霧に包まれており、なんとも不安な気持ちを駆り立てる風景だ。
「おまたせ、どうやら他のみんなはここに残るそうよ」
(……多分エルフたちは聞こえてるんだろうな、この先にどれだけの驚異が待ち受けているのか)
だがそれはセイラさんもおなじ。
セイラが覚悟を示した以上、ユズル達はついて行くしかない。
行くしかないと言っても、自らの意思であることには変わりないが……。
「それじゃあ行くわよ」
深い霧に足を踏み入れ、ユズル達の妖精救出作戦は幕を開けた。
「……今の聞こえたかしら?」
「……ああ」
ユズルたちの耳にも聞こえる音量。
森を進み続けて小一時間、まるでなにかの鳴き声のような音が一行の耳に届く。
「これは、妖精達の鳴き声よ。私たちの存在に気づいて、助けを求めてるようね」
「てことは……もう近いのか?」
「恐らく、私たちはもう相手の拠点内にいるわ」
握る拳に力が入る。
霧の魔獣に、謎の魔人。
恐らくこの先にいる魔人はただの魔人じゃない。
そう、野生の勘が言っている。
(常に最悪の事態を想定しろ、決して気を抜くな)
自分自身に言い聞かせる。
そして、
「……なんだァ、お前ら」
霧の中から、魔獣と共に現れたとされる魔人が姿を現す。
口の悪さを具現化したかのような醜悪な見た目だ。
(肩から生えてるのは……木の幹か?)
まるで植物人間のような見た目である。
特に肩に生えた木の幹と、手足に浮き出た花の目のような痣は不気味さを醸し出していた。
「……あいつは俺がやる。ユリカは霧の魔獣を、セイラさんは妖精の救出に当たってくれ」
2人を退かせ、ユズルは魔人の前に立つ。
クロセルと対峙したのはついこの間のことだ。
この短時間で成長できたかと言うと、全くもってそうとは言えない。
クロセルとの1件後にユズルが行ったことといえば、アーロンさんの死を追悼し、霧の中を歩いた、それだけだ。
それでもユズルは、まだ自分に可能性があると信じている。
信じ続けているのだ。
だがそれは自分を信じなければ越えられない壁があるからであり、必ずしも自らの意思では無い。
「女を先に逃がしたかァ。いい判断だ」
話し方はどことなくウィズダ村を襲ったあの影の魔人と似ている。
ただあの魔人よりテンションはかなり低く、話し方も遅い。
その低調な話し方は、敵を油断させる。
「──かは……っ」
「判断が良くても、反応が鈍いけりゃ意味ねェ」
何が起こったのか、理解が出来なかった。
体が宙を舞い、飛び散る血液が弧を描く。
やがて地に落ちた体は、まるで泥人形のように固まってしまった。
自分を信じなければ生き抜くことが出来ない世界。
そう全ては、
「──王族階級上位十二階位、第十一位フォルティスト。それが俺の名だァ」
この世界が、この環境が悪いのだ。
──クロセルを超える強者、現る。