第91話 妖精の森
「ん…………」
目を覚ますとそこは、室内だった。
見知らぬ天井。
(あれ……俺たちさっきまで森の中に……)
確かマンドレイクの眠り粉で眠ったはずだ。
それに、あの霧の中で助けが来るとは考えずらい。
一体ここはどこなんだ?
「そろそろ起きる頃だと思ったわ」
声がした方に視線を向けると、そこには一人の女性が立っていた。
おそらく彼女がここまで運んでくれたのだろう。
「その……ここは?」
「ここは妖精の森。と言っても、私は妖精じゃないんだけどね」
確かに彼女の見た目は人間そのものだ。
少し違うところと言えば……
「その耳……」
「そうよ、妖精じゃないと言っても人間だとは一言も言ってないわ。私はエルフの末裔よ」
「初めて見た……」
「生存戦争のせいで、エルフの数は激減したもの。無理はないわ」
生存戦争での敗者は、人類だけでは無い。
他の生物にも多大な被害を与えたのだ。
実際、絶滅した種族も少なくは無い。
「この森に住むエルフも、私を含めてたったの5人よ。もっとも、この森を出たことがないから、私たち以外に生き残りがいるかは分からないけど」
残酷な話だ。
魔王がその気になれば、人類も同じ道をたどっていたのだろう。
「助けて下さりありがとうございました。その、どうやって見つけたのですか?」
あの深い霧の中、地面に伏せている人間を見つけ出すのはほぼ不可能なはずだ。
この辺の地理に詳しいと言えど、さすがに無理がある。
「私、ほらエルフだから耳がいいのよ」
長い耳にそっと触れる。
「物音がしたから見に行ったらマンドレイクの群れが倒されてて……この辺のマンドレイクは全て眠り粉持ちだから、近くに人が倒れてるかも、って思ってね」
「なるほど……」
マンドレイクの胞子は遺伝や環境に左右される。
きっとこの森は眠り粉に適した環境なのだろう。
「そうだ、自分の他に誰か倒れていませんでしたか?」
「左右の目の色が違う少女のこと、かな?」
「そうです!彼女も無事ですか?」
「安心して、今隣の部屋でぐっすり寝てるわ」
ユリカの安否を確認し、とりあえず安心する。
ちゃんとシュバルツもベッド脇に立てかけられており、感謝しかない。
「色々聞きたいことがあると思うけど、まずは彼女が起きてからでもいいかしら?多分、同じようなことを質問されるだろうし、それなら一緒にいる時の方がいいでしょう?」
「確かにそうですね、ありがとうございます」
「それじゃあ私は自室に戻るから。彼女が起きるまで自由に過ごしてていいわよ」
そう言って彼女は部屋を出ていった。
何から何まで気を使わせてしまって申し訳ない。
とりあえずユズルはベッドから起き上がり、ユリカが寝ているとされる隣の部屋へと足を運んだ。
数時間後、目を覚ましたユリカと共に彼女の部屋を訪ねた。
「さて、あなたたちが聞きたいことは何かしら?」
「色々ありますが……まずはこの場所、妖精の森について聞きたいです」
「いいわよ。妖精の森、その名の通りここには妖精が住んでいるわ。だけど、この集落にはいない」
「離れた場所にいる、ってことですか?」
「正確には、囚われているというのが正しいわね」
「囚われている……?」
「そう」
彼女は窓の外を指さし、話し始める。
「かつてこの森には霧なんてかかっていなかった。妖精や多様な生物が生活する緑豊かな森だったの」
霧の中を進んでいる時、確かにシュバリエルは「魔物の仕業」だと言っていた。
その事が関係するのだろうか。
「悲劇は突然訪れたわ。数年前、突如現れた魔人によってこの森は深い霧に包まれてしまった」
「やはり魔人の仕業だったのか……っ」
「それ以来、妖精は忽然と姿を消した。だけど、聴覚の優れた私たちエルフは直ぐにわかった。妖精たちは消えたんじゃない、捕らえられているのだと」
「その根拠は?」
「聞こえるのよ、妖精たちの声が。苦痛や悲しみに囚われた悲劇の声が」
要するに、魔人が妖精達を拘束しているのだろう。
理由は不明だが、きっと理由があるはずだ。
「それで、この霧はその魔人がやったのか?」
「いえ、この霧は一緒に着いてきた魔獣の仕業よ。その魔獣を倒せば、この霧は晴れるはず」
おそらくその魔獣がいるところに、例の魔人が居るのだろう。
霧が晴れれば、彼女達も仲間のエルフを探しに行ける。
そして、ユズル達も頂の教会に向け出発できる。
ここでの物語は、既に始まろうとしていた。
「つまりその魔物達を倒せばいいんだな」
「協力、してくれるの?」
「当たり前だろ、俺たちを助けてくれたお礼だ」
「自己紹介がまだだったな」とユズル達はエルフの女性に体を向ける。
「俺の名前はユズル。彼女は仲間のユリカだ」
「……私の名前はセイラ。よろしくね、ユズル、ユリカ」
魔人に囚われた妖精達を救うため、霧の中に囚われたライラたちを救うため、ユズル達の物語は幕を開けた。