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第89話 微睡みの森





 アイアスブルク辺境伯領を出て3日ほどの時間が経った。

 3日ほど、経過時間が曖昧な理由はユズル達が今置かれている状況を見れば一目瞭然である。


「一体どこまで行けばこの霧は晴れるんだ……」


「もはや方角も、時間さえも曖昧になってきましたね……」


 進んでも進んでも晴れることの無い霧の中、ユズル達は迷走していた。

 頼みの綱だったユリカの千里眼も、この霧では使い物にならないらしい。


「今ならまだ引き返せます。食料も少なくなってきてますし、1度森を出て迂回した方がいいかと……」


「……その方が良さそうだな」


 時間はかかるだろうが、先の見えない霧の中で足踏みするよりは良さそうだ。


「一応シュバリエルにも聞いてみよう」


 精霊の目は人間と違うのではないかと考え、とりあえずシュバリエルを呼び出す。


「……というわけなんだが、どうだ?」


 事情を話し、道が分かるかどうか尋ねる。

 だがその答えはNOだった。


「そもそも、この霧は、自然に発生したものじゃ、ないです。通常の霧なら、透視ぐらい容易いことですが……」


「自然に発生した霧じゃない?もしかして魔人のせいなのか?」


「正しくは、魔獣、です。その魔獣を倒さない限り、霧は、晴れないです」


 なんとも絶望的な回答が帰ってきた。

 そもそも方角さえ分からないユズル達にとって、その魔獣を討伐することは不可能である。

 大人しく引き返すしか無さそうだ。


「……てか魔獣で思い出したんだが、西の大陸についてから結界を見てないような……」


「ユズルさんが気づいていないだけで、ちゃんとありましたよ」


「え、まじ?見落とすほど存在感が薄いものじゃない気がするけど……」


 もし本当に見落としていたなら、どんだけ気を抜いていたんだという話だ。


「結界は確かにありました。ですが、それは国全体にかけられていた訳ではありません」


「……と言うと?」


「結界は、海岸沿いにかけられていました。まるで壁のように」


 「言われてみれば」とユズルはハッとする。

 確かに船の甲板で大陸を一望した時、壁のような光の筋を見た気がする。


「そもそも魔都は東の大陸にあるので、西の大陸は海岸沿いを守っていれば、外から入ってくる心配はないんです」


「そうか、今まで俺たちがいた東の大陸は魔都と同じ大陸だったから、あんなに強固な結界を張っていたけど……そうかそうか」


 改めて海を渡ったのだと実感する。


(どこかで1度、西の大陸について知っておきたいな……)


 アーロンさん達にもっと聞いておけばよかったと後悔する。


「……アーロンさん」


「……」


 その名を口にするだけで空気が重くなる。

 短い間だったが、彼と過ごした日々はユズルにとってかけがえのないものだった。

 彼の話すローレンスの話は、他の誰にも負けない「愛」があった。

 彼は最後まで、親友(ローレンス)のことを思い亡くなった。

 その友情は、アーロンさんのローレンスを思う気持ちは、誰にも引き裂けない。


「つまり西の大陸には、元々居た魔獣だけが残ってるってことか」


「そうなりますね。クロセルのような魔人は例外ですが」


「そうだあいつ、どうやってきたんだ?!」


「ユズルさんは自我を失っていたので覚えていないと思いますが、実はあの後もう1人魔人が現れたんです」


「……なんだって?」


 確かにユズルはクロセルに敗れ、1部記憶が無い。

 話によると、魔人の力を使いすぎたために心まで魔人に侵食されかけていたらしいが。


(それをどうにかするために今こうして森に入った訳だが……)


「その魔人は、瞬間移動(ワープ)という特殊な魔法の使い手でした」


「ワープ……それって人やものを運べるってことだよな?」


「恐らく、少なくてもクロセルはそれを使って脱出してました」


 それを聞いてユズルはひとつ疑問に思う。


「それならなぜ大軍を西の大陸に送り込まないんだ?」


 ワープを使って西の大陸内陸部に大軍を送り込めば、制圧することなど容易いことだろう。

 だがそれをしないとなると理由はひとつ。


「今は形上、休戦中だからです。最も各地で魔獣や魔人による被害は絶えませんが……」


「あくまでその気になれば、人間なんて一瞬なのか……」


 ユズルは少し安堵した。

 というのも、ユズルは人間界への報復を嫌い単独で魔王には向かおうとは考えていなかった。

 それが正しかったのだと知り、安堵したのだ。


(もし俺が1人で突っ走ってたら、今頃西の大陸は無きものになってたのか)


 想像するだけで恐ろしい。

 自分たちの上位種族が存在する、ということがどれだけ恐怖なのか。

 それはとても言い表せない。


「とりあえず来た道を戻りましょう。目印に、通ったところに少量の魔力の粒子を散りばめておきました。これを辿りましょう」


「実は俺も剣先で地面に跡をつけてきてたんだが……」


 ユズルは振り返る。

 だがそこに、跡は残されていなかった。


「……何故だ?確かに俺は引きずってきたはずだ」


 焦っていたのは、ユズルだけじゃなかった。


「私の方も、ダメみたいです」


「……え?」


「残してきたはずの魔力の粒子が、どこにも見当たりません」


 最後の頼みの綱が、消えた瞬間だった。

 1度入ったら出られない、惑ろみの森。

 またの名を、微睡みの森。


 この森での物語は、まだ始まったばかりである──。


 第6章 妖精の森編 開幕

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