表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/14

9.踊る大捜査線

ヒルデガルドが王宮に来て、5巡(30日)が経った。緑の月が終わり、雨の月を迎える。

雨の月は高温多湿、とにかく鬱陶しい日々が多い。


だが、雨は天の恵み。そのことを良く知るヒルデガルドは、雨が大好きだ。雨の中、苗を手入れする作業も、雑草をとる作業も、全く苦にならない。

特に、雨の音が好きだ。あれは、天上の奏でる音楽だ。安らかの中に激しさが内包する、究極のハーモニーだ。


昨晩は、その素晴らしい演奏を堪能した。そして今朝は、昨晩の雨が木々を潤し、草花が朝露に輝いている。


ーー今日は、快晴!


ヒルデガルドは朝食の良い香りを吸い込んで、大きく伸びをした。


「お嬢様~今日は査定日ですね~」

「そうね。もう5巡したのね。お父様とお兄様は元気かしら…?」

「今のところお元気ですよ」


ヤンが紅茶を給仕しながら、応答する。メルゼブルクを出てからもう5巡。新たな月を迎えてしまった。

世話役の期限は、あと2ヶ月。それまでに、何としても状況を好転させたい。


「ヤンは、国の救援無し(このこと)をどう見てる?」

「僕は、宰相が怪しいと思いますよ」

「なぜ?」

「救援が無くなったのは、1年前。現宰相の着任も同じ時期です。それに、宰相の身辺には容易に近づけません。ーー秘密を隠しているような警戒さです」

「なるほど…」


現在の宰相は、東の辺境伯の強い支援を受けて、その座に着いたと噂されている。


現宰相ーーオスカー・フォン・クレーエ侯爵。ウムラウフ侯爵家同様、長い歴史をもつ大貴族である。


「東と繋がってるなら、怪しいわね」


ヒルデガルドが唸る。東の辺境伯領は、西の辺境伯領ーーつまりメルゼブルクーーを小馬鹿にして、嫌悪している。東は3国と国境を接し、一旦諍いが起こると、『戦争』と呼ぶほど大きく激しい戦となる。だから、東の辺境伯領は国の要なのだ。扱いが西よりも重い。


ーー東の辺境伯は西の辺境伯を憎んでいる。


という噂は、あながち嘘でもないのかも知れない。時々、嫌がらせを受けているのだから。


ヒルデガルドの「怪しい」発言に、ヤンは首を傾げて言った。


「たとえ怪しいとしても、大っぴらに調査はできませんよ。泣く子も黙る宰相閣下ですから」

「……そうね。調査は慎重に進めましょう」

「それより、今日の査定からお嬢様が漏れちゃえば、メルゼブルクに強制送還ですけどね~」


ケタケタ笑いながら、エルマが食べ終わった食器を片付ける。それを聞いたヒルデガルドの顔色が青くなった。


ーーいけね。第1王子への売り込み(アピール)を忘れてた!


たびたび第3妃の別邸で会っていたけれど、世間話しかしてなかった。ここで調査を諦めたくはないが、査定に漏れたら帰還せざるを得ない。

はあ…とヒルデガルドが重いため息をつく。


「…5巡の間、お嬢様は一体何をしていたんですか?」

「ユーディト様と楽しくおしゃべり」

「ダメじゃないですか!」

「楽しかったから、良し!」

「良し!じゃねぇ!」


おお、ヤンが怒った。


「査定に漏れたら、ユーディト様の侍女にしてもらえるよう、お願いしてみるね」

「無理です」

「むしろ、ユーディト様の侍女になりたいな…」


うっとりと、恋する乙女のようにヒルデガルドが言う。


こいつはあかん、とエルマとヤンは思った。目的を見失いかけている…。


「でも、今回の査定は、きっと大丈夫だと思いますよ~」

「ありがとう、エルマ。じゃ、行ってくるわ!」

「行ってらっしゃいませ」


意気揚々とヒルデガルドは部屋を出る。『ユーディト様の侍女』という魅力的なポジションに、ヒルデガルドの機嫌は上昇したのだった。




5巡ぶりに、謁見の間に入る。相変わらず広くて冷え冷えした部屋だ。高い天井に、執務官の声が響きわたる。


「今から読み上げる方は、定期査定を通った方です。呼ばれなかった方は、速やかに退去をお願い致します」


最初に呼ばれたのは、ウムラウフ侯爵令嬢だった。執務官は冷淡に、粛々と名前を読み上げる。

そのうちに、ヒルデガルドの名前も呼ばれた。今回の査定で名を呼ばれたのは、10人。半数が帰郷することになる。


落胆する者、打ちひしがれる者、愕然とする者…名を呼ばれなかったご令嬢方は、それでも楚々と部屋を出て行った。


残った令嬢は、執務官から再度の説明を受ける。次の査定はまた5巡後、葉の月。全員参加のお茶会は、2巡に1度。王子への面会は午後のみ、とさして変わらないルールを聞いて、解散となった。


自由になったヒルデガルドは、待ってました!とばかりに、第3妃の元へ向かうのだった。


そしてそんなヒルデガルドを眺め、重い重いため息をついた第1王子を、ヒルデガルドは見ていなかった。





第3妃の別邸の畑を眺めながら、ユーディトは己の手駒に話しかける。


「調べはつきましたの?」

「狼です」

「そう…。確か、お嬢様が今回の世話役候補にいるのではなくて?」

「はい。先ほど査定も通った模様」

「鴉は?」

「一枚噛んでます」


ありがとう、引き続きお願い、とユーディトが短く告げると、手駒は彼女の影に入るように消えた。


ーー狼が動いた…。


あちらは、ここ数年平和だった。わざわざ危険を犯してまで、こんな暴挙に出るとは思えない。

だが、確かにこの1年、全く露見しなかった。ヒルデガルドが王宮に来なければ、露見にはさらに時間がかかっただろう。


ーー目的が分からない。


犯罪というのは、目的が不明である方がわかりにくいものだ、とユーディトは気付いた。


まあいい。昔からこう言うではないか。


「最終的に最大の利益を得た者が犯人である」と。


ユーディトはのんびり待つことに決めた。



「さて、可愛いお姫様が、査定報告からこちらへ向かって来る頃ですわ」


畑で実を付けた野菜を見つめながら、ユーディトは独り言つ。この野菜がとても瑞々しく豊潤なのは、土壌が良いからだ、とユーディトは思う。


そう、それはまるでヒルデガルドのように…。



事件は会議室で起きてるんじゃない、現場で起きてるんだッ!

10代は知らないかな?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 支援の件メインヒロインが調査してた~ しかも王子より真相に近いっぽい このままナイスボディに釣られて王宮滞在の踏み台にされるだけで終わるのか第一王子、一応キーワードに「王子と恋愛」があるから…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ