7.これはまぎれもない世話役詐欺です?
思わぬ邂逅に気を良くしたヒルデガルドが、恒例となった朝の報告会で今日の予定を告げる。
「今日も第3妃のところへ行ってくるわ」
「お嬢様~、メロメロ作戦はどうするんですか~?」
「第1王子がメルゼブルクを調べるには、もう少し時間がかかるでしょう。メロメロ作戦は、その後で」
「取りあえず、面会の予約をしておいたらどうですか?」
「そうすると、急かしてしまうでしょう?公務もあるのに、申し訳ないわ」
あ、なんか言い訳みたいだな、とヒルデガルドは自分でも思った。面倒だから、向こうからのアクションを待とう、なんて考えていることを悟られてはいけない。
ーーと、ヒルデガルドが考えていることを、エルマとヤンはとうに見抜いているのだが。
「…分かりました。では、お嬢様は第3妃のところで情報を収集してください」
「了解!」
「エルマ、ご令嬢方の動向は?」
「第2王子への面会の申し入れは、1巡(6日)先まで一杯ですよ~。昨日、第1王子が目通りしたのは、ウムラウフ侯爵令嬢でした~」
ヒルデガルドはエルマの報告を受けて、考える。第1王子の本命は、ウムラウフ侯爵令嬢か。でも彼女、第2王子の方が好きそうなんだけどな。まあ、政治戦略的なことで第1王子の本命なのかもしれない。
……メロメロ作戦、通じるかな……?
「お嬢様には~、豊満な肉体しかありませんから、いざとなったら既成事実を作りましょう~」
「良い作戦です、エルマ。むしろそれしかないので、早めの決行を」
「正直すぎる!」
この二人の嫌味がツライ…。王宮にお悩み相談室はないものか…。
「それにしても、第3妃が粗末な邸とは。それほど冷遇されているのでしょうか?」
「さあ。他のお妃様の嫉妬から逃れるためかもよ。その方が夢があるし」
「夢の有る無しではありませんよ、お嬢様。お嬢様は王宮に世話役候補者として滞在していることを、ゆめゆめお忘れなきよう」
「軽率な行動で、追い出されないようにしてくださいね~」
「………はい」
ぐっさり釘を刺され、ヒルデガルドは第3妃の元へ向かった。
◇
誠実で実直な第1王子は、ヒルデガルドとの約束通り、メルゼブルクへの救援について調べてみた。
すると、メルゼブルクからの救援要請に対し、国からの援助は3対1であることがわかった。
ーー要請はこれほど多いのに…。
すぐに対処しないのは何故だろう。南の国境も東の国境も、ここ近年は諍いが少ない。西の国境であるメルゼブルクに救援を送り続けても、国庫が揺らぐことはないはずである。
それでも、要請に対して救援を送っているのは間違いない。要請に応じて救援する書面が残っている。しかも、書面にある署名と押印は、きっちり3つ。
ーー国王陛下と宰相、防衛大臣の署名に偽りはない。
この国では、国王独裁とならぬよう、大きな事案には国王、宰相、大臣の認可が必要となる。大臣を任命するのは国王だが、宰相は大貴族の投票で決まる。任期は3年。国王の意に染まらぬ人物が宰相となるよう施した、苦肉の策である。
ーー救援を出したのが間違いないとなると…。
救援物資を奪われたのか。あるいは横領されたのか。
ーーヒルデガルドの話が嘘という可能性もある。
実は困窮しておらず、物資を貯め込むための偽り。
だが、ユリウスは疑念の比重を、奪われた乃至横領された可能性の方に大きく傾けている。
ーーよし。
ユリウスはこの件について、独自で調査することにした。絶対に宰相に露見されてはいけない、と心が強く警鐘を鳴らす。密かに、素早く。
傍に控えていた腹心を呼び、ユリウスは幾つか調査を命じた。
◇
ヒルデガルドは第3妃の建物を眺めて思う。
ヤンの発言のように、第3妃はなぜこんな住まいをしているのだろう。手入れが行き届いていない訳ではないのだが、割と適当にされている。
草花の管理はきちんとしているのに、畑がずさんに放置されているのが気になった。
門扉に門番はいない。ヒルデガルドは再び勝手に扉を開けて、中に入る。
すると、今日も護衛が現れた。…敷地内に入ってから護衛が来るってどうよ。警備がゆるいんじゃない?とヒルデガルドは不審に思う。
「ようこそ。どうぞこちらへ」
「あら、ありがとう」
どうやら、ヒルデガルドを客とみなしてくれたようだ。護衛に止められることなくーーいや、護衛自ら案内される。侍女はどうした。人手が足らなすぎる。ーー人のことは言えないけれど。
「こんにちは、ヒルダ。今日も来て下さって嬉しいわ」
「こんにちは、ユーディト様。図々しくもまた来てしまいました」
目の前の愛らしい美女が訪問を喜んでくれるものだから、ヒルデガルドもほわんと嬉しくなる。ーーあかん。骨抜きにされとる。
「世話役争いはどう?ヒルダはどちら派なの?」
「うーん、どっち派と言い切れるほど親しくないのですが…。第1王子の方が好みです」
「あら、珍しいわね。第2王子の方が人気あるのではないの?」
「第2王子も、悪い方ではないですけれどね。あの方は、女性は全て好き!という究極のフェミニストですから」
「…親しくないのに、そこまで分かるのはすごいわ」
ユーディトは紫水晶の大きな瞳をさらに広げて、驚きを表す。えへへ。褒められちゃった。
「ヒルダから見て第1王子は、どんな方なの?」
「そうですね。真面目で誠実な方だと思います。不器用ですけど、優しいですし」
「あら、絶賛ね。良いじゃないの」
「でも、第1王子は、侯爵令嬢が本命ですよ」
「ヒルダだって、辺境伯令嬢なのです。そう身分が劣ることはありませんわ」
そう。辺境伯の地位は伯爵よりも上で、侯爵と並ぶくらい高いのだ。ーーなぜか、ヒルデガルドの領地は貧乏だけど。
「いやぁ…。メルゼブルク辺境伯領は貧しいですから…」
人様に台所事情を話すのは、意外に恥ずかしいものだ、とヒルデガルドは今更ながら気付いた。
「…貧しい…?」
「隣国との小競り合いがしょっちゅうなので。段々実入りが細くなってきましてですね…」
「それで、世話役に応募したのですね」
「有り体に言えばそうです」
有り体に言ってしまうと人でなしだ、とヒルデガルドは思った。…この美しい方はどう思うのかな?私を嫌わないでくれるかな…?
「まあ。ヒルダは存外人でなしですのね」
「正直!」
「では、こうして私とお茶していても大丈夫ですの?」
「私には色気も魅力もありませんから、アピールのしようがないのです。いざとなったら、既成事実で…!」
「まあ。ヒルダは大層人でなしですのね」
「二度目!」
ついうっかり部下と同じように体言止めしてしまった。美女に『人でなし』と言われるのは、かなり堪える。
ーー自業自得だけど。
「ふふ。ヒルダは素直ね。裏表のない人柄は、とても好感が持てますわ」
「あ、ありがとうございます!」
「…本当にお馬鹿さんね」
春の柔らかな日差しのように、ユーディトは微笑む。その微笑みは、ヒルデガルドにはまぶしい。…でも、何故だろう。こう、小動物のように扱われている感じがするのは。『可愛い人』って言ってたけれど、『お馬鹿さん』って思われているような…。
ヒルデガルドが微妙な顔をしていると、ユーディトはパン!と手を打って言う。
「良いわ。ヒルダ、私が後ろ盾になります」
「えっ?」
「頑張って、第1王子の世話役になりましょうね!」
「えっ…で、でも…」
「第1王子の世話役になったら、ヒルダは王宮に居ますもの。私とずっと一緒に居られますわ」
「……!素敵ですね!私、世話役になるよう頑張ります!」
「ええ!」
立ち上がって2人の美女は堅い握手をかわす。ヒルデガルドは感激してぎゅうう…とユーディトの手を両手で握りしめた。
『後ろ盾になる』という優しい言葉。ヒルデガルドは、何よりその心遣いがとても嬉しかった。もしかすると、メルゼブルク領についても、いずれ助言してもらえるかもしれない。
ヒルデガルドは温かな思いを胸に、部屋へと戻っていく。
そんなヒルデガルドの後ろ姿を眺めて、「面白くなりそうね」とユーディトはつぶやいた。
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