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4.色気より食い気

眩しい朝日が立ち上り、朝露に輝く花々が美しい姿を惜しげもなくさらす。


外の景観を眺め、ヒルデガルドは今後の行動について考え始めた。


相変わらず流行りの廃れたドレスを着て、朝食を摂る。ーー王宮の食事はとにかく美味い。


「ご令嬢方は私に目もくれていないから、そっちへの警戒は不要だわ」

「人数も限られていますしね~。んじゃ、メインは隠密行動ですね~」

「そうなるわね。エルマは王宮の侍女から情報を集めて」

「りょ~かい」


エルマが紅茶を給仕しながら、返事をした。エルマの仕事は、侍女・毒味・護衛。さらに隠密と任務が増える。


「ヤンは、高官の言動を洗って。メルゼブルクへの支援が無いのは、恐らく…」

「畏まりました、お嬢様」


頭を下げたヤンは、スッと音もなく扉から出て行く。彼にかかれば、情報操作などお手のものだ。暗殺はもっと得手としている。ーー必要があれば、その暗殺(カード)を切るのも、ヒルデガルドはいとわない。


「さて、私はお茶会に行ってくるわね」

「じゃ、髪をまとめますね~」


ヒルデガルドは立ち上がり、エルマに仕度を促す。


「何だか知らないけど、世話役候補者全員と王子様でお茶会やるんだって。面倒くさいよね~」

「あはは~。お嬢様ってば、王子様とのお茶会が面倒くさいだなんて、何しに王宮(ここ)に来たんですか~」

「…隠密行動?」

「違いますよ~。王子様のお嫁さんでしょ~」

「…そうでした」


王子様の世話役(およめさん)

王子様をメロメロにさせて、メルゼブルクを救援してもらう、という手もあるが…。


ーームリムリ!私には不可能なミッションだわ~。


うん。やっぱり辺境伯領を救うのは、隠密行動が一番の近道だ。お茶会は面倒だけど、情報を仕入れてこなきゃ!


「さ、行きましょ」

「は~い」


ヒルデガルドは颯爽とドレスをさばいて歩きだした。





薔薇が咲き誇る庭で、意匠の凝らしたテーブルと椅子が用意されている。

参加者は瀟洒なお茶会に見合う、美麗な男女。優雅な時間の始まりである。


王子2人は別々のテーブルに着き、彼らの周りをグルリと囲うように、ご令嬢方は着座した。


素早いご令嬢方の動きに、唖然と見ているヒルデガルド。ーーどちらの王子のテーブルに着くか。ご令嬢方には、それが重要だったのだろう。


ーー第1王子は5人、第2王子は14人…。


どうやら、第2王子の方が人気があるようだ。それなら、とヒルデガルドは余った座席に座る。


全員着座した所で、お茶会が始まった。


高い声が響く第2王子のテーブルと異なり、第1王子のテーブルは、静かなものだ。第1王子はあまりお喋りを好まないのか、ご令嬢方も寄り添うように黙ったままだ。


そんな中、ニッコリ微笑んである令嬢がユリウスに話しかけ始める。


「ユリウス様、先日は父がお世話になりました」

「いえ…。ウムラウフ侯爵によろしく」

「ふふ。ユリウス様は変わりませんのね。相変わらず、ぶっきらぼうで…お優しい」

「…そんなんじゃ、ありませんよ」


おお、第1王子が会話している。しかも、相手は侯爵令嬢な上に、どうやら昔からよく知っている相手のようだ。


ーー第1王子の相手は、あの侯爵令嬢で決まりかしら。


他のご令嬢方は、話しかけて良いのか悪いのか分からず、まごまごしていた。そんな私たちをチラリと見て、侯爵令嬢は得意満面に第1王子との会話を楽しんでいる。


ーーあ。性格悪そう…。


誰がお嫁さんになっても良いけど、狭量な女性には、お妃様になって欲しくないなぁ…とクッキーをつまみながら、ヒルデガルドは思った。


実は、ユリウスはずっとチラチラとヒルデガルドを見ては、話したそうにしているのだが、お菓子をひたすらかじっているヒルデガルドは、全く気付かない。


気付いたのは、むしろ侯爵令嬢の方だった。ユリウスを独占しているはずなのに、ユリウスは自分に集中していないことが、彼女には許せない。


「ユリウス様、お美しい薔薇が拝見しとうございます。どうか、案内してくださいませんこと?」

「…はあ。では皆さんで行きましょうか」

「え?!あ、あの、出来れば…2人で…」

「では、皆さんどうぞ」


ガタッと立ち上がり、第1王子が令嬢方に声をかけた。お、とヒルデガルドは第1王子を見直す。周りに配慮するとは、中々ポイントが高い。

ご令嬢方もホッとして、第1王子に着いて行く。侯爵令嬢はちょっと悔しそうだ。

青春だな~とのんきに眺めながら、ヒルデガルドはプディングを堪能した。


やっぱり王宮のお菓子は美味しいな、と3つ目のプディングに手を伸ばそうとしたら、その手をゴツイ手に握られる。


首をひねると、そこにはユリウスがいた。


「何をしている?君も行くんだ」

「いえ。私はここでお菓子を堪能しています」

「き・み・も・い・く・ん・だ!」


一語ずつ丁寧に言われた。はい、拒否権はないんですね、とヒルデガルドが苦笑していると、その手を取ってユリウスはずんずん歩き出した。




薔薇の香りが、柔らかい風に乗ってふんわり漂う。艶やかに咲く花々は、香りすら麗しい。


赤、白、ピンク、黄色…。大小さまざまな薔薇の花。色艶もよく、健康的な薔薇ばかり。王宮の薔薇は素晴らしい。


「ここは、クイーン・オブ・ローゼズ。王妃が植えた薔薇の中の薔薇だ」

「はあ。美しいですね…」


薔薇は本当に美しいし、庭園を散歩するのも楽しい。


ーーこの手を離してさえくれれば。


何故かユリウスに手を握られたまま、薔薇園を案内される。をい。後ろを見ろ。ご令嬢方が戸惑っているぞ!


しびれを切らし、ヒルデガルドはユリウスにささやく。


「…あの、殿下」

「…どうした?」

「後ろ、後ろ」

「後ろ?」


ユリウスはクルッと振り返り、戸惑う令嬢方と目が合う。「あ」とつぶやいて、ようやくユリウスはヒルデガルドの手を離した。


「あー、次は、ロサ・アヴァランチェ。1つ1つが大輪で咲く美しい薔薇だ…」


何事も無かったようにユリウスは説明するが、耳が真っ赤である。ーーそんなに私の手を握っていたのが恥なのか。ちっ。


まあいい。この隙に、とヒルデガルドはご令嬢方の一番後ろに並び直す。ホッとひと息ついて、ヒルデガルドは改めて薔薇を堪能し始めた。


ヒルデガルドが下がると、その隙をついてユリウスの隣をウムラウフ侯爵令嬢が陣取る。侯爵令嬢はさらにユリウスの腕にからんで、歩き始めた。


「ユリウス様、あの薔薇は何ですの?」

「あれは、ブリランテだ」

「まあ、何て美しいのでしょう…」


うっとりと薔薇を眺めるウムラウフ侯爵令嬢。無遠慮に腕を取るこの令嬢に、ユリウスはゲンナリしていた。


ーーこのご令嬢は相変わらずだな。


彼女は自分を変わらないというが、彼女だって変わらない。初めて会ったのはもう5年も前のことだが、会った時から図々しい女だった。

それに、彼女は第2王子(あにうえ)が好きだったはずだ。いまさら私に乗り換えても、下心が透けて見えるだけだ。


チラリと後ろのご令嬢方を見つめると、彼女たちは、皆ぎこちなく笑うだけだった。美辞麗句の1つも言えない私が退屈なのか。それとも積極的な侯爵令嬢に対して、強く出られないのか。


ーーいずれにせよ、全員白粉お化けだ。


早くこんな時間が過ぎ去れば良い、とユリウスは願うばかりだ。唯一、化粧っ気のない女は、色気より食い気とばかりに、関心はひたすら食べ物に向かっている。


はあ、と遠慮なくため息をつくが、隣を陣取る侯爵令嬢は全く気付いていない。まだユリウスの腕に身体を寄せているが、腕に当たる感触は、昨日のヒルデガルドの比ではない。


ーーああ…。理想的な感触だった…。


とあらぬ方向に妄想が進んだユリウスは、慌ててかぶりを振り、薔薇園を案内するのだった。


ヒルデガルドは食ってばっかり。

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[良い点] 無自覚にユリウスに色気を振りまくヒルデガルドが大変よろしいかと [一言] 度重なる隣国との小競り合いで疲弊した国境守護の辺境伯に国家から援助が無いとかヤン君の活躍次第で外伝になるレベルの大…
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