4.色気より食い気
眩しい朝日が立ち上り、朝露に輝く花々が美しい姿を惜しげもなくさらす。
外の景観を眺め、ヒルデガルドは今後の行動について考え始めた。
相変わらず流行りの廃れたドレスを着て、朝食を摂る。ーー王宮の食事はとにかく美味い。
「ご令嬢方は私に目もくれていないから、そっちへの警戒は不要だわ」
「人数も限られていますしね~。んじゃ、メインは隠密行動ですね~」
「そうなるわね。エルマは王宮の侍女から情報を集めて」
「りょ~かい」
エルマが紅茶を給仕しながら、返事をした。エルマの仕事は、侍女・毒味・護衛。さらに隠密と任務が増える。
「ヤンは、高官の言動を洗って。メルゼブルクへの支援が無いのは、恐らく…」
「畏まりました、お嬢様」
頭を下げたヤンは、スッと音もなく扉から出て行く。彼にかかれば、情報操作などお手のものだ。暗殺はもっと得手としている。ーー必要があれば、その暗殺を切るのも、ヒルデガルドは厭わない。
「さて、私はお茶会に行ってくるわね」
「じゃ、髪をまとめますね~」
ヒルデガルドは立ち上がり、エルマに仕度を促す。
「何だか知らないけど、世話役候補者全員と王子様でお茶会やるんだって。面倒くさいよね~」
「あはは~。お嬢様ってば、王子様とのお茶会が面倒くさいだなんて、何しに王宮に来たんですか~」
「…隠密行動?」
「違いますよ~。王子様のお嫁さんでしょ~」
「…そうでした」
王子様の世話役。
王子様をメロメロにさせて、メルゼブルクを救援してもらう、という手もあるが…。
ーームリムリ!私には不可能なミッションだわ~。
うん。やっぱり辺境伯領を救うのは、隠密行動が一番の近道だ。お茶会は面倒だけど、情報を仕入れてこなきゃ!
「さ、行きましょ」
「は~い」
ヒルデガルドは颯爽とドレスをさばいて歩きだした。
◇
薔薇が咲き誇る庭で、意匠の凝らしたテーブルと椅子が用意されている。
参加者は瀟洒なお茶会に見合う、美麗な男女。優雅な時間の始まりである。
王子2人は別々のテーブルに着き、彼らの周りをグルリと囲うように、ご令嬢方は着座した。
素早いご令嬢方の動きに、唖然と見ているヒルデガルド。ーーどちらの王子のテーブルに着くか。ご令嬢方には、それが重要だったのだろう。
ーー第1王子は5人、第2王子は14人…。
どうやら、第2王子の方が人気があるようだ。それなら、とヒルデガルドは余った座席に座る。
全員着座した所で、お茶会が始まった。
高い声が響く第2王子のテーブルと異なり、第1王子のテーブルは、静かなものだ。第1王子はあまりお喋りを好まないのか、ご令嬢方も寄り添うように黙ったままだ。
そんな中、ニッコリ微笑んである令嬢がユリウスに話しかけ始める。
「ユリウス様、先日は父がお世話になりました」
「いえ…。ウムラウフ侯爵によろしく」
「ふふ。ユリウス様は変わりませんのね。相変わらず、ぶっきらぼうで…お優しい」
「…そんなんじゃ、ありませんよ」
おお、第1王子が会話している。しかも、相手は侯爵令嬢な上に、どうやら昔からよく知っている相手のようだ。
ーー第1王子の相手は、あの侯爵令嬢で決まりかしら。
他のご令嬢方は、話しかけて良いのか悪いのか分からず、まごまごしていた。そんな私たちをチラリと見て、侯爵令嬢は得意満面に第1王子との会話を楽しんでいる。
ーーあ。性格悪そう…。
誰がお嫁さんになっても良いけど、狭量な女性には、お妃様になって欲しくないなぁ…とクッキーをつまみながら、ヒルデガルドは思った。
実は、ユリウスはずっとチラチラとヒルデガルドを見ては、話したそうにしているのだが、お菓子をひたすらかじっているヒルデガルドは、全く気付かない。
気付いたのは、むしろ侯爵令嬢の方だった。ユリウスを独占しているはずなのに、ユリウスは自分に集中していないことが、彼女には許せない。
「ユリウス様、お美しい薔薇が拝見しとうございます。どうか、案内してくださいませんこと?」
「…はあ。では皆さんで行きましょうか」
「え?!あ、あの、出来れば…2人で…」
「では、皆さんどうぞ」
ガタッと立ち上がり、第1王子が令嬢方に声をかけた。お、とヒルデガルドは第1王子を見直す。周りに配慮するとは、中々ポイントが高い。
ご令嬢方もホッとして、第1王子に着いて行く。侯爵令嬢はちょっと悔しそうだ。
青春だな~とのんきに眺めながら、ヒルデガルドはプディングを堪能した。
やっぱり王宮のお菓子は美味しいな、と3つ目のプディングに手を伸ばそうとしたら、その手をゴツイ手に握られる。
首をひねると、そこにはユリウスがいた。
「何をしている?君も行くんだ」
「いえ。私はここでお菓子を堪能しています」
「き・み・も・い・く・ん・だ!」
一語ずつ丁寧に言われた。はい、拒否権はないんですね、とヒルデガルドが苦笑していると、その手を取ってユリウスはずんずん歩き出した。
薔薇の香りが、柔らかい風に乗ってふんわり漂う。艶やかに咲く花々は、香りすら麗しい。
赤、白、ピンク、黄色…。大小さまざまな薔薇の花。色艶もよく、健康的な薔薇ばかり。王宮の薔薇は素晴らしい。
「ここは、クイーン・オブ・ローゼズ。王妃が植えた薔薇の中の薔薇だ」
「はあ。美しいですね…」
薔薇は本当に美しいし、庭園を散歩するのも楽しい。
ーーこの手を離してさえくれれば。
何故かユリウスに手を握られたまま、薔薇園を案内される。をい。後ろを見ろ。ご令嬢方が戸惑っているぞ!
しびれを切らし、ヒルデガルドはユリウスにささやく。
「…あの、殿下」
「…どうした?」
「後ろ、後ろ」
「後ろ?」
ユリウスはクルッと振り返り、戸惑う令嬢方と目が合う。「あ」とつぶやいて、ようやくユリウスはヒルデガルドの手を離した。
「あー、次は、ロサ・アヴァランチェ。1つ1つが大輪で咲く美しい薔薇だ…」
何事も無かったようにユリウスは説明するが、耳が真っ赤である。ーーそんなに私の手を握っていたのが恥なのか。ちっ。
まあいい。この隙に、とヒルデガルドはご令嬢方の一番後ろに並び直す。ホッとひと息ついて、ヒルデガルドは改めて薔薇を堪能し始めた。
ヒルデガルドが下がると、その隙をついてユリウスの隣をウムラウフ侯爵令嬢が陣取る。侯爵令嬢はさらにユリウスの腕にからんで、歩き始めた。
「ユリウス様、あの薔薇は何ですの?」
「あれは、ブリランテだ」
「まあ、何て美しいのでしょう…」
うっとりと薔薇を眺めるウムラウフ侯爵令嬢。無遠慮に腕を取るこの令嬢に、ユリウスはゲンナリしていた。
ーーこのご令嬢は相変わらずだな。
彼女は自分を変わらないというが、彼女だって変わらない。初めて会ったのはもう5年も前のことだが、会った時から図々しい女だった。
それに、彼女は第2王子が好きだったはずだ。いまさら私に乗り換えても、下心が透けて見えるだけだ。
チラリと後ろのご令嬢方を見つめると、彼女たちは、皆ぎこちなく笑うだけだった。美辞麗句の1つも言えない私が退屈なのか。それとも積極的な侯爵令嬢に対して、強く出られないのか。
ーーいずれにせよ、全員白粉お化けだ。
早くこんな時間が過ぎ去れば良い、とユリウスは願うばかりだ。唯一、化粧っ気のない女は、色気より食い気とばかりに、関心はひたすら食べ物に向かっている。
はあ、と遠慮なくため息をつくが、隣を陣取る侯爵令嬢は全く気付いていない。まだユリウスの腕に身体を寄せているが、腕に当たる感触は、昨日のヒルデガルドの比ではない。
ーーああ…。理想的な感触だった…。
とあらぬ方向に妄想が進んだユリウスは、慌てて頭を振り、薔薇園を案内するのだった。
ヒルデガルドは食ってばっかり。