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3.壁の花ならぬ壁の染み

夜の帳が下り、国王が話していた通りに、世話役候補者を歓待する宴が催された。


舞踏室(ボールルーム)は20人もの花が、美しく咲き誇っている。鮮やかで艶やかなその姿は、会場の若い青年たちを魅了した。


国王は短い挨拶をしただけで、王妃とともに会場を出る。「あとは若い者たちだけで」との配慮だろうか。年長者が少ないこの歓迎会は、気安い雰囲気が立ち込めた。


さて、宴の歓待者である王子2人は、王子様然として、素晴らしく華麗で端正な姿だ。若い令嬢たちは、こぞってウットリと見つめる。慣れたその視線を笑ってかわし、王子たちは会場を大きく眺めた。


「うん、今日もみんな可愛いね」

「…白粉お化け…」


ニコニコ楽しそうな第2王子(クリストフ)と、化粧の匂いで苦しそうな第1王子(ユリウス)の会話。…いや、噛み合っていないから、会話になっていない。


「ほら、ユリウス頑張って。可愛いお嫁さんを見つけるんだよ」

「…無理…」


無理だと嫌がるユリウスの手を引いて、クリストフは花の群れに飛び込んで行く。

世話役候補者とのダンスは、王子の義務だった。侯爵令嬢から順に踊りはじめる。


煌びやかなシャンデリアの下、美しい花々と麗しい蜂が、華麗なダンスを披露した。




さて、そんな華やかなボールルームの中央を尻目に、ひたすら美食をむさぼっている女性がいる。


ーーふわあ!美味しい~!


粗食の日々を過ごしてきたヒルデガルドは、久しぶりに食べた美食に、とろけるような笑みを浮かべた。


ーーあるところには、あるものね…。


美食に舌鼓を打ちながら、ヒルデガルドは真顔で考える。

ここは、食料が豊富のようだ。こんな美食を惜しげも無くさらしている。ーーしかも、手を付けなければ、恐らく廃棄処分。もったいない!こんちくしょう!


やはりメルゼブルクへの救援が無いのには、不足以外の理由がある。


ーー絶対に突き止める!


手始めに何をしようかと、ムシャリムシャリと食べながら、ヒルデガルドは脳みそを回転させる。決して、決して食べる手は止めなかった。


あっちのデザートも美味しそう…と伸ばしたその手を、美しく大きな手に取られる。驚いて振り返ると、キラキラ輝く男性が立っていた。


ーーま、眩しいっ!


なにこのキラキラオーラ!目映くて見えない~!とヒルデガルドは目をすがめる。


「一心不乱に食べていたね。さて、ダンスは君で最後だ。踊ろう」

「お構いなく」


王子の誘いに、にっこり微笑んでヒルデガルドは己の手を下ろした。引き続き美食をむさぼろうとすると、腰を取られて無理やりホールに戻される。


「あのっ…!」

「今日の主賓は最大限もてなせ、との国王陛下の仰せでね。全ての女性とダンスする義務があるんだ」

「まあ、それはお疲れ様です。でもわたくしは結構ですわ」

「あははっ!ダメダメ!」


音楽に合わせ、王子はステップを踏み始める。仕方ない、一曲だけ、とヒルデガルドも大人しく踊り始めた。


「おや、ダンスが上手だね」

「嗜みですもの」


マナーより作法より、ヒルデガルドはダンスが得意だった。どんなステップだろうとこなせる自信が、彼女にはある。


胸を張って堂に入るその姿は大変優美だ、とクリストフは思う。淑女気取りのそこら辺の女性より、余程面白い。


だが、周囲はそうは思わない。黄色のドレスはくすんで見えるし、意匠は全く流行りに沿っていない。肌は日焼けを隠さないし、化粧は薄めである。


ーーまあ、なんとやぼったい姫なのでしょう…。


ご令嬢方は、扇に隠れてクスクス嘲笑する。ヒルデガルドはそんな嘲笑をものともせず、堂々と踊っていた。


「ふうん。中々素敵な女性だね、君は」

「はあ、ありがとうございます」

「随分と気のない返事だね。私たちの世話役に立候補したんじゃないの?」

「ああ、そうでした。…媚びる必要、あります?」


いっそ堂々と、真正面から媚びの要不要を聞かれた。不意を衝かれ、クリストフは驚く。


ーー媚びる必要性を聞かれるとは。


それに対して、何と答えるべきか。要か?不要か?


「…どちらでも。お任せするよ」

「では、不要で」


キッパリハッキリ言い切った!あれ?この子の狙いはユリウスなのかな?ーークリストフは軽く混乱する。


そうこうするうちに、曲が終わる。ヒルデガルドは、「お相手ありがとうございました」とお辞儀をして終わりにしようとすると、腕を取られて連れて行かれた。


「次は、第1王子とのダンスだよ」


そう告げられ、第1王子の元に連行された。

第1王子は、背の高い凛々しい王子だ。第2王子の線の細い佳麗な感じとは、また違った魅力がある。


第1王子はむっつりとしかめ面で、ヒルデガルドを見下ろした。「あ、ずっと食べてた令嬢だ」と、ヒルデガルドの印象は最悪である。


「ほら、ユリウス」

「…ご令嬢、私とダンスを」

「…喜んで」


ユリウスもヒルデガルドも、クリストフの笑顔に否定出来ない恐怖を感じ、しぶしぶ踊り始める。一曲だけ、が2人の合い言葉だ。


しっとりとした曲調だった。男女がしっぽりと寄り添うダンスである。


ーーやぼったいドレスだが…。


スタイルは抜群に良い。豊かな胸が、ユリウスの腹に当たって大層心地良かった。大きさといい張りといい、完璧な胸である。ユリウスの理想そのものだ。


ーーい、いやいやいや!騙されないぞ!


目の前の女が、他の女と違って化粧臭くないとしても、肌が健康的で白粉お化けじゃないとしても、よく見ればすごく美人だとしても!ユリウスは女に陥落されない。それは断固たる決意だった。


「あー、君はどこのご令嬢かな?」


これは、興味から聞いたのではない。義務だ。身元確認のためだ、とユリウスは自分を言いくるめる。


「メルゼブルク辺境伯ですわ、殿下」

「そ、そうなのか!私は君の兄と何回か会っているが、強く優しい、素晴らしい人物だった」

「まあ!兄をご存じですのね!お褒めいただいて、ありがとうございます。手前味噌ですが、兄は何でも出来る、本当に素晴らしい男性ですわ」


ヒルデガルドは心から喜んで、可憐な微笑みをユリウスに向けた。それを見て、思わずうっ、と喉を鳴らすユリウス。


ーーか、可愛いなんて思ってないからな!


笑うと花が咲いたように、可愛いらしい印象になる…と思う自分を、ひたすら否定するユリウス。

もっと強く否定するため、思わず口悪い言葉を言ってしまう。


「君は、ずっと食べてばかりいたな。男性から誘われず、壁の花ならぬ壁の染み(・・)だ」

「まあ、お上手ですね!」


わたくしのドレスの色と相まって、確かに染みですわね、とケタケタ笑い始めたヒルデガルド。その姿をポカンと口を開けて眺めるユリウス。


ーー嫌味が通じない…。


強い女だ、とまたも目の前の女の印象が変わる。思わず背に回した左手を寄せて、女の胸をユリウスの腹に押しつけた。視線を下に向けると、それはもう、見事な谷間が…。


ーーヤバい!下半身が熱くなってきた…!


感触も視界も半端ない!曲よ、早く終われ!…いや、終わらないで…。

なるべく長くこの感触を堪能したい、という本能に、ユリウスはあらがえなかった。


「その…ご令嬢のお名前は…?」

「ヒルデガルド・フォン・アスカーニエンと申します」

「私は、ユリウス…」

「ふふ、存じてますよ、殿下」


笑った!…というか、笑われた。ヒルデガルド、か。気の強そうな君に、ピッタリの名前だ。

そこで、ふつりと曲が終わる。ボーッとしていたユリウスに、ヒルデガルドが声をかけた。


「あの、殿下?素晴らしいダンスをありがとうございました」

「あ、ああ、こちらこそ…」


この背中の手を離したくない。ふくよかなこの胸の感触をまだ味わっていたい…という強い欲望がユリウスの頭を駆けめぐる。だが、いつまでもこうしてはいられない。断腸の思いで、ユリウスは手を離しお辞儀をした。


すぐに離れていくヒルデガルドの後ろ姿を、未練がましく見送るユリウス。


そんな2人を、ニヤリと笑って第2王子が眺めていた。


顔と胸が好みのドンピシャです。

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