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2.やぼったい猿と白粉お化け

5日間も馬車に揺られ、ほうほうの体でヒルデガルドは王都にたどり着いた。


身仕度を整えてから王城に入るべく、着いたその日は王都で宿を借りた。


翌早朝。ヒルデガルドはエルマに身仕度を整えてもらう。


エルマやヤンはヒルデガルドの容姿を褒めないが、実はヒルデガルドは十分に美しい女性だった。健康的で明るく、快活な美女である。腰まで届く茶褐色(ブルネット)の髪は艶やかで、瞳は珍しい黄緑色(ペリドット)の輝きを放っている。さらに鼻筋が通っていて、唇は小さめだが愛らしい。


健康美を体現したら、まさしくヒルデガルドになるだろう。


だが、王都では不人気と思われる。ヒルデガルドはいわゆる淑女のたおやかさを、まるで持ち合わせていない。肌も白くないし、楚々と微笑むような女ではない。


そういった意味で、エルマとヤンは「決して選ばれない」と言ったのだろう。


おまけに、エルマはヒルデガルドの美をトコトン追求するような衣装を選んだ。優雅で優美な色合いのドレスではなく、健康な肌が引き立つ明るい色合いのドレスを、ヒルデガルドに着させる。ーーしかも、ドレス自体が質素で簡素な作りである。


なんか、こう、やぼったさが残る風合いだった。ヒルデガルドが美人でなかったら、とてもではないがこんな衣装を身に付けさせられない。美人が着るから、かろうじて「少しやぼったい」レベルで済んでいる。


「では、出陣しますか!」


己の衣装は全く顧みることなく、意気揚々とヒルデガルドは王城に向かうのだった。





王城で、特に手間取ることもなくひとしきり手続きを終えると、待合室に先導された。ここで、侍女と一旦別になる。


候補者が全員集まったところで、王との謁見に案内されるのだが、早くも待合室では女の戦いが始まっていた。


「お見かけしませんけれど、貴女はどちらのご令嬢ですの?」


待合室で一番視線を集めたのは、やはりヒルデガルドであった。夜会はデビューに一度参加したのみで、あとはひたすら辺境伯領に籠もりきりだ。ヒルデガルドをご令嬢たちが知らないのは、無理からぬことである。


「私はメルゼブルク辺境伯の娘でございます」

「…まあ…田舎なのですね…」

「はい、風光明媚な所ですわ」


にっこり笑って、嫌味を受け流すヒルデガルド。「メルゼブルク辺境伯」と言っても、ピンとこないご令嬢も多い。


ーーまあ、王城に来る余裕なんてないものね…。


私のお兄様はすっごく素敵なのに。このご令嬢方が兄を見たなら、すぐに求婚したくなるだろう。


ーーでも、こんな嫋やかなご令嬢では、辺境伯夫人は務まらないか。


うんうんと頷いて、1人納得した。


ご令嬢方は、やぼったいヒルデガルドを一瞥し、それ以上話しかけることはない。なので、ヒルデガルドは早くも退屈になってしまった。ヒルデガルドが相手にならないことが分かると、ご令嬢方の矛先は、より低い身分の者へと変わる。


ーーハッキリ言って、こんな偏狭な人たちが次期王妃になったら、この国は滅ぶわね。


そんな考えがヒルデガルドに浮かんだ。


平和な人たちの退屈しのぎのケンカに、いつまでも付き合っていられない、と苛立ちが隠せなくなった頃、ようやく王との面会が許される。


集まったご令嬢は、全部で20人だった。ぞろぞろと待合室から謁見の間に移動する。

護衛に付いている騎士が若くて格好いい、とそわそわしたご令嬢がいた。ーー楽しそうで何よりだ。


ギイィ…と重厚で瀟洒な扉が開く。中はヒンヤリして、天井が高い広い部屋だ。


「面を上げるが良い」


重々しく響く王の言葉に、恐る恐る令嬢方が顔を上げる。正面に座るのは、国王陛下。右に王妃様が座っている。左に立っている男性は2人。恐らく、第1王子と第2王子だろう。


「ここにいる王子の世話役として、汝らには励んでもらいたい。選定期間は3ヶ月。選定は、王子自ら行う。3ヶ月間は、この王宮に室を取らせるので、各位よく説明を受けるように」

「御意」

「本日は、汝らを歓待する宴がある。必ず出席するように」

「御意」

「では、退室するが良い」


国王の謁見は、わずか5分だった。


令嬢方は美しいお辞儀(カーテシー)をして、楚々と退室する。

廊下を歩きながら、先ほど見た王子の麗しさを口々に語っていた。


ヒルデガルドは、王子をよく見なかった。「あれが王様か。ずいぶんと偉そうだな」と眺めていたら、退室を命じられたのである。しかも、わずか5分。国王と対話するのは、思ったより骨かもしれない。


ーーまあ、いっか。


与えられた期間は3ヶ月。何とかして、メルゼブルクの窮状を訴えたい。あるいは、有力貴族に支援を頼みたい。現状打破に向けて、やることはたくさんある。


案内された部屋に入り、ヒルデガルドは早速エルマとヤンに相談し始めた。





ご令嬢方が退室すると、冷えた謁見室が、さらに冷たさを帯びる。

大理石で囲まれた、贅を尽くした造りのこの謁見室に残ったのは、青年2人。美麗な金髪の男性と、凛々しい茶髪の男性である。


この国の第1王子と第2王子は、誰もいなくなった謁見の間で、密やかに話し合う。


「ご令嬢方を見たかい?ユリウス。1人毛並みが違う女性がいたね」


金髪の美男が、愉しそうに話しかけた。


「…どなたですか?私にはさっぱり…」


茶髪の青年は、不思議そうに答える。


「ご令嬢方は皆、私かユリウスを見つめていたのだけれど、その女性だけは国王陛下を見つめていた。面白いね」

「…もしや、別の意図がある、と?」


第1王子(ユリウス)が声をさらに低くして問う。暗殺、という不吉な文字が脳裏をかすめた。


「さてね。そんな物騒なことじゃないよ。若く美しい王子が2人もいるのに、目もくれないんだよ?周りにはいないタイプだ」

「兄上…。悪いクセを出さないで下さいね。どうかご注意を」

「真面目だね、ユリウスは。私は今日の歓迎会が楽しみになってきたよ」


ひらりと手を振って、美麗な王子は立ち去っていった。後に残ったユリウスは、拳を握りしめてつぶやく。


「あんな白粉おしろいお化けと結婚なんて…!」


ユリウスは軽く身震いした。「おほほ…」と愛想良く笑うだけの女など、ユリウスはとてもとても苦手だった。


「女の子は皆可愛い」と自他ともに認める女好きの兄とは、正反対の第1王子だ。『世話役』など、兄上だけが決めればいい、とユリウスは思う。


だが、その兄は、ユリウスが結婚を決めてからでないと、結婚しないと言う。年齢からいけば、兄の方が先に結婚して然るべきなのに。


はあ…と大きな大きなため息をついて、ユリウスも謁見の間を出たのだった。



ヒルダは無頓着美人です。

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