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1.王子様の世話役に、私はなる!

メルゼブルク辺境伯領は、アルビオン王国の西側に存在する。


隣国との絶え間ないいさかいにより、いまやこの地とその民は、疲弊しきっていた。


王国の東側に位置するオストマルク辺境伯領には、大量の物資支援や騎士団の派遣があるにも関わらず、メルゼブルク辺境伯領は隣国が1つということもあり、王都からの支援はごくわずかだった。どんなに支援を要請しても、何故か無視されてしまう。


ーーこれは、何かあるに違いない!


と王都に探りを入れたいのだが、その余裕すら、いまのメルゼブルクにはなかった。


現在の辺境伯であるオットー・フォン・アスカーニエンが、領民が飢えないよう、さりとて戦も負けぬよう、絶妙な配分で切り抜けてはいるが、それももはや厳しい状況である。



そんな折、王都から来た親しい商人が、現在の王都における貴重な話をもたらす。


曰く、『王子の世話役募集!』


「どうです?中々興味深い話ではありませんか?お嬢様」

「でかしたわ、マイヤー!」


お嬢様と呼ばれた女性は、およそ令嬢らしからぬ言葉遣いで、目の前の商人を誉めた。


「条件は、伯爵家以上のご身分で、15歳から20歳までのご令嬢ーーもちろん、ヒルデガルドお嬢様も当てはまりますね」

「ありがとう、マイヤー!貴重な、貴重な情報だわ!これは、我が家を救う渡りに舟!」


ご令嬢ーーヒルデガルドは、マイヤーの手を熱く握りしめ、誓う。


「王子様の世話役に、私はなる!」


ソファから立ち上がり、手を腰に当て、熱い誓いを立てるヒルデガルドの姿をうんうんと見上げながら、マイヤーは思った。


ーー王子様の世話役(よめ)には、選ばれないだろう、と。





「ーーと言うわけで、お父様。私、ちょっと王都に行ってきますね」

「何言ってるんだ、ヒルダ。王都は“ちょっと”という距離ではないし、王子の世話役になど、選ばれるはずもない」


執務室に突如乱入してきた娘を眺め、重いため息をつく辺境伯領主・オットー。


もちろん、ヒルデガルドが領地を思って申し出たことは、よく分かっている。その優しさも。


だからといって、農作物が主産業、副業は戦争、というこの物騒極まりない田舎で暮らす令嬢が、王子のお眼鏡に適うはずがない。


ーー恥をかいたら、娘が不憫だ…。


そんな親心から、ヒルデガルドの申し出をにべもなく却下した。


「お父様ったら。もちろん、世話役募集にかこつけて、王宮に探りを入れるのが主目的ですわ。ーー出来れば、メルゼブルクの窮状を訴えるところまで」

「…ヒルダ…。それは、危険が伴う」

「なんなら、色仕掛けでも」


ふるんと豊かな胸を揺らして、ヒルデガルドは言い放つ。17歳という年齢にしては、ヒルデガルドの体付きは中々見事である。


ーーしかし、残念なことに、壮絶なまでに色気が無い。


今度は呆れ果てたため息を長くついて、オットーはヒルデガルドを諭す。


「可愛いヒルダ。お前は、亡き妻の大事な忘れ形見。危険にさらすわけにはいかないよ」

「お父様…。でも、お父様とお兄様ばかりご負担をかけるわけにはいきません。私とて、辺境伯領主の娘。領地と領民のために出来ることは、何でもしたいのです!」


バン!と机を勢いよく叩き、父親に許可を求めるヒルデガルド。一度言い出したら聞かない性格であることを、父親はよぉく理解していた。


「…分かった。一度王都に行ってみるのも良いだろう」

「ありがとう!お父様!」


ヒルデガルドは父親に抱きついて、感謝を表現する。オットーはその温かなぬくもりに、しばらくはこの明るい娘が傍を離れることを、大層寂しく感じるのだった。





メルゼブルク辺境伯領から王都へは、馬車で5日の距離である。割と遠い。いや、大層遠い。『辺境』とはよく言ったものだ。


辺境伯マルクグラーフといえば、地位はそれなりに高いのだが、如何せん度重なる戦のせいで余剰はない。そのため、『王子の世話役』ーーと言う名の嫁探しーーへの立候補者としては、あまりに質素で軽量な身仕度だった。


「お嬢様の、その有り余るお美しさで、王子様も虜になることでしょう~」

「…そうね、棒読みじゃなかったら、素敵な褒め言葉だったわ、エルマ」

「大丈夫ですよ、お嬢様。どうせ世話役(よめ)には選ばれないんですから、隠密行動を頑張りましょう!」

「…世話役に選ばれないことの、なにが大丈夫なのかしら?ヤン」


馬車の中で、言いたい放題の使用人たち。ヒルデガルドはガックリうなだれた。


ーー分かってるもん!


どうせ、私には色気も魅力もないですよ!隠密行動、頑張りますよ!


「…よし。2人とも、メルゼブルクのために頑張りましょう!」

「おお~!」


ガタガタと路面の悪い道に揺られながら、主従たちは励まし合う。

ヒルデガルドに随行した使用人は、2人。侍女のエルマと、従僕のヤンである。エルマもヤンも、ヒルデガルドと歳が近いので、とても気安い関係だった。


「そういえば、慌てて出発したものだから気付かなかったけど、第1王子ってどんな人?」

「お嬢様…。それもわからず世話役に立候補したのですね…。いや、さすがです」

「王子を知らないなんて、さすが辺境ですよね~」


呆れたヤンとケタケタ笑うエルマ。…くそう。私は仮にも君たちの雇用主の令嬢だぞ?減給ものだ!


「減給出来るほど、お給料もらっていませんよ~」

「…そうでした。すみません」


農作物が主産業のメルゼブルクでは、現金支給と現物支給で雇用していた。苦肉の策である。


「第1王子は王妃様の一人息子です。名前は…確かユリウス様でした~」

「第2王子は側室様の一人息子で、名前をクリストフと仰います」

「あれ?今回の世話役って、どっちの王子様なんだっけ?」

商人(マイヤー)は、言及していませんでしたけど…それ、必要です?どっちにせよ、お嬢様が選ばれることはあり得ません」

「ちょっと!失礼極まりないでしょう、ヤン!もしかすると、何かの間違いで、選ばれるかもしれないじゃない!」


だいたい、「ありません」ならともかく、「あり得ません」なんて、可能性を全否定だわ!間違いや手違いの可能性が、少しだけあるじゃない!


「あはは~。言っててむなしいですね~お嬢様」

「…うん、確かに。選定される可能性が、間違いか手違いしかないなんて、悲しいわね…」


再びガックリとうなだれるヒルデガルド。「まあまあ。私たちも頑張りますから」とエルマに慰められた。…むなしい…。


「…よし。2人とも、メルゼブルクのために、隠密行動頑張りましょう!」

「おお~!」


悲しい事実を、気合いで補うヒルデガルドであった。



マイペースなヒルダを、よろしくお願い致します。m(_ _)m

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