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セリヌンティウスの友情

作者: 7子

 セリヌンティウスは一介の石工にすぎない。

 だが彼は、「友情」が持つ力をしっていた。

 だから友のためには、命をもかける。


1.

 

 深夜、たたき起こされ、有無を言わせず王城に連行されたセリヌンティウスは、王の横に立つ男を見た。

 このシラクスの市から十里ほど離れた村に住む牧人、メロスだ。

 メロスは、瞳に、怒りと、少しのおびえをにじませて、セリヌンティウスをみつめていた。


 数年前、セリヌンティウスはまだ少年であった彼と出会った。

 メロスはまっすぐで純朴で、正義感の強い男だった。ものごとを深く考えたり、己の損得を考えたりすることのない直情的なこの男は、出会ったそのときも、 己の正義を貫くために、大道でとある男とささいなことで争い、あやうく周囲にいた十数人の市民を全員敵にまわすところであった。

 たまたまその場を通りかかったセリヌンティウスは、男らを説得し、メロスの危機を救った。

 「友情」をなによりも大切にするセリヌンティウスには大勢の友がいる。このときメロスを取り囲んでいた男たちの大半が、セリヌンティウスの友だった。友たちは、セリヌンティウスの言葉を聞くと、こころよくメロスを解放してくれた。

 怒り続けるメロスの言い分を存分に聞き、やさしくなだめたセリヌンティウスのことを、メロスは大いに気に入り、いまから我らは友だ、お前とは古くからの友であったような気さえする、いや、心の中では紛れもなく竹馬の友だ、腰が曲がるまで互いに互いを信じようと、もちまえの大きな声で宣言した。

 もとより「友情」を重んじるセリヌンティウスに断る理由はなく、かくしてふたりは友となった。


 メロスと顔をあわすのは二年ぶりだった。 

 セリヌンティウスがほほえむと、 メロスは目を伏せ事の次第を語りだした。

 それは、いかにもメロスらしい話だった。

 王の暴虐の噂を聞いて激情に駆られ、あとさきを考えることなく、王を殺そうと、短剣を携えて、真正面から王城に突入したという。

 あっさりと警吏に捕らえられ、王の前に引き出されたメロスは、処刑を三日待ってほしいと言いだし、自分が戻るまでの人質としてしてセリヌンティウスを差し出すと約束したという。

「妹の婚儀が済んだら戻ってくる。どうか、おれの身代わりとなって、三日後の日没まで待っていてはくれまいか」

 メロスは顔をあげ、セリヌンティウスをみつめた。


 ディオニス王が、青ざめた顔の落ちくぼんだ目に残虐な光をたたえてふたりを見ていた。その薄い唇には冷笑が浮かんでいる。

 王は人を信じない。友情を信じない。

 命よりも友情を重んじるというセリヌンティウスの噂を聞いて、以前からうとましく思っていたようだ。

 セリヌンティウスは、王の顔から視線をそらすと、メロスにむかってうなずき、友を強く抱きしめた。メロスも無二の親友を抱きしめた。メロスの顔には、安堵したおさなごのような笑みが浮かんでいた。


 そして、セリヌンティウスの竹馬の友を名乗る男は喜び勇んで王城を飛び出していき、セリヌンティウスは友にかわって縄打たれたのだった。やはりセリヌンティウスの友のひとりである警吏が、すまなそうな顔で彼を獄に入れた。



2.


 あっという間に三日がすぎた。

 陽が沈めば、セリヌンティウスは友のかわりに処刑される。

 昼過ぎ、セリヌンティウスは刑場に連れて行かれた。

 磔台が据えられ、大勢の見物人が集まっていた。

 見守る市民のほとんどがセリヌンティウスの友だ。彼らは沈痛な面持ちで固く唇を結び、怒りと悲しみをにじませた瞳で磔台を見ている。

 セリヌンティウスは、彼らをみまわし、ほほえんだ。大切な友人たちに感謝の心を伝えるために。

 セリヌンティウスは「友情」ほど大切なものはないと信じている。だからこそ、彼らのために己にできることはすべてやってきた。話を聞き、心をくだき、ときには彼らのために命がけで事にあたった。

 自分をみつめる群衆の瞳に、セリヌンティウスは満足を覚えた。私が行ってきたことは決して無駄ではなかった――と。


「お師匠様!」

 いよいよ陽が傾きはじめ、磔台に縛られたセリヌンティウスの足下に、弟子のフィロストラトスが駆け寄った。

 フィロストラトスは泣いていた。

「お師匠様、私は悔しゅうございます! お師匠様はこんなことで失ってよい方ではございません」

 陽は、じわじわと、地平線に達しようとしている。

 セリヌンティウスは目を細め、赤くふくれあがる太陽を見ながら、弟子に告げた。

「友のために死ねるのであれば、私は本望だよ。フィロストラトス、メロスはきっと信義のために、頑張って、こちらにむかっていることだろう。しかし、もはや間に合うまい。あの男に伝えてほしい。もう頑張る必要はない、と。あの男まで死んでしまっては、私の死は無駄になる。メロスには、私のために生き延びるようにと、そう伝えてほしい」

 フィロストラトスはうなずき、涙を拭きながら駆けていった。


 陽は地平線に半身を沈め、いよいよ最期の時がおとずれようとしていた。

「セリヌンティウス……!」

 悲痛な静寂に包まれていた群衆の中から、感極まった声がもれた。

 それをきっかけに、声は周囲にひろがった。

「セリヌンティウス! セリヌンティウス! 我が友セリヌンティウス!!」

 声は、やがて大きなうねりとなってゆく。

「セリヌンティウス! セリヌンティウス! 我が友セリヌンティウス!!」

 いちだんと高い席で、時を待っていたディオニス王は、青ざめた顔をさらに青く歪めて、眉間のしわを深くした。

 左右に侍る臣たちも、王の護衛の兵たちも、セリヌンティウスをくびるべく待機していた刑吏たちも、口をそろえて叫んでいた。

「我が友、セリヌンティウス!!」

 人びとの悲憤と憎悪が高まっていく。

 そのすべてが自身に向けられていることを、ディオニス王は痛いほどに感じていた。

 磔台の上から、セリヌンティウスが静かな瞳で王を見下ろしている。

 その男を殺せ、と、王は言わなくてはならない。しかし、光が残っている。わずかな時間が残っている。最後の希望が残っている。

 王は、祈る思いで刑場の入り口を注視した。

 最後の一片の残光も、もはや消えようとしていた。

 王は、磔台の上の男の唇がはっきりと笑みを描くの見た、気がした。

 王が、張り付く唇を開き、言葉を発しようとした。そのとき――

 殺気立っていた群衆の一部が割れ、素っ裸の男が駆け込んできた。

 その人物が何者であるかに気付いた群衆が、歓喜の声をあげる。

 どよめきの中、男は磔台の足下にかじり付き、声にならない叫びをあげている。

 磔台の上の男は、少し残念そうな目を足下の友人に向けたあと、ディオニス王を見て神のような笑みを浮かべた。

 王は、安堵の息とともに告げた。

「その男を許す」


 セリヌンティウスの縄はほどかれ、彼は命がけで戻ってきた友と固く固く抱き合った。

 セリヌンティウスはしっている。この世に「友情」ほど大切なものはないということを。

 だから彼はときには友のために命をもかける。

 命をかけたセリヌンティウスのために、また、多くの友が命をかけてくれる。


 王がふたりに近づいてきた。

「どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。わしの願いを聞き入れて、おまえの友のひとりに加えてほしい」

 セリヌンティウスは王を抱きしめ、会心の笑みを浮かべた。

 群衆が歓喜の声をあげる。

「万歳、王様万歳!」


 セリヌンティウスは一介の石工にすぎない。

 だが彼は、「友情」が持つ力をしっていた。

 そして、彼は、いまや、強大な力を持つ王の、唯一無二の友となった。

走れメロスの二次創作です。

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