魔法偏重世界の婚約破棄騒動
ジャンル異世界〔恋愛〕でもよかったのですが、コイツらろくに恋愛してねーな。やってるのは謀略断罪と断罪カウンターだけだな。
と判断し、ハイファンタジー枠に入れさせて頂きました。
――――この世界は、魔力で出来ている。
そう言われてもおかしくない程、この世界で生きるには魔法が欠かせない。
井戸?なにそれ?水を手に入れるにはどうするか?魔法で水を出す。
たき火?なにそれ?火が欲しい?だったらはい、魔法の火。
家を建てるから木材?なにそれ?家なら土や石を操って建てれば良いよ。家が暑ければ魔法で冷やせば良いし、家中のゴミだって魔法で風をおこしてまとめてポイ。
お屋敷は?家を建てる応用とか、他の魔法も併用すれば、時間は少しかかるけどホイホイホイ。
例外で魔法の使えない子とかが、産まれてこないの?いるよ?でも母親の母乳や、誰かの出した水を飲んでいると、自然と使えるようになるから問題ない。
そんな感じで、生活は魔法で成り立っている世界である。
これは、そんな世界のひと騒動。
場所は世界一の魔法強国。この国に住むだけでどんな人間でも魔力が高まり、貴族ともなれば、一人で他国のいち軍隊と張り合える程の力を振るえる様になる奇跡の国。
その国の、次代を育成する学園から異変が起きた。
「ファイナ・マジョリカ辺境伯令嬢、お前との婚約破棄を宣言する!!」
――――私はご紹介に与りました、マジョリカ辺境伯の娘、ファイナです。この場面を、このセリフを聞くだけで、どんな状態か分かる方は分かると思います。
辺境伯。普通は国境の守護を行う貴族へ与えられる爵位ですが、我が家は意味合いが変わります。所領は国境ではありません。国の端と言うのは間違いではありませんが。
ではなぜその爵位なのか?それはマジョリカ家自体が特殊な立場に居るから、としか今は言えません。
私は婚約者様をたてる良い女になれるよう努力して参りました。
しかし、ここは学園の卒業間際の催し物、擬似的な社交界であるこの場。多数の観客の皆々様の前で恥をかかされるようです。
“元”婚約者様であられる、王太子殿下の背後にピッタリとくっついて、とても心配そうにお顔だけ覗かせてこちらと殿下で視線を往復させている男爵令嬢のワイナ様。それと殿下の周囲に護衛騎士のお方が相当数。
……ワイナ様は、小動物みたいな動きをなさっておられて、とても可愛く見えますね。
救い……と言って良いのかは分かりませんが、似たような描写がある大衆恋愛小説の様に、殿下以外の殿方がご令嬢の取り巻きになっていない事でしょうか。
おっと、何やら慌てて会場を抜け出した生徒が少数。アレは恐らく国王陛下の手の者でしょうか。
「覚えが無いとは言わせないぞ!このハイチ・ワイナ嬢にした事をなっ!」
……恐らく悪事の追及なのでしょうが、特にしておりません。私の辺境伯家の家訓で『力有る者は、行動全てに責任を持て』とありまして、それを叩き込まれたこの身で悪事は行えません。その家訓の意味も、この学園へ参る前にお父様……当主様より聴かされ、更にその家訓を意識するよう努めてきました。
「ハイチ嬢の私物を事ある毎に隠し」
その騒ぎが起こる度にこっそり使ってみた失せ物を探す魔法では、ワイナ様の私室や荷物にその失せ物全ての反応が有りましたね。
「ハイチ嬢のドレスを泥土にまみれさせ」
土魔法の実習にて、汚れたら困る気合いの入ったドレスで参加したのには驚愕しました。
「ハイチ嬢を屋上から突き落とし」
え?その事件が起きた時は、生徒の食堂でとても美味しい昼食を頂いていましたが?
「ハイチ嬢を複数の令嬢で囲み、罵倒の嵐を浴びせ」
家訓で他にも『力や利益に群がるだけの取り巻き、太鼓持ちを近寄らせるな』とありまして、学園にいる間に誰ひとり信じられるお友達は作れませんでしたから、それを頼める相手など居るわけがありません。
それにワイナ様が具体的な行動に出てからすり寄る価値も無くなり、以降はほぼ孤立ですよ、孤立。
殿下に呼ばれ、証言として出てきたご令嬢がたが、アレコレまくし立てました。
……あれ?この方々はワイナ様に殿下を取られるより以前に、欲にまみれた顔で私に近付いてきて、急に取り巻き面をし始めたから追い払った、図々しいご令嬢がたではないですか。
「ハイチ嬢に複数のならず者をけしかけ」
昔、同じ事をどなたかにされて以降、男性恐怖症の私にそれができると?王命とお仕事があるからこそ、その恐怖症をなんとか克服しようと、殿方であられる殿下とお喋りして克服しようとずっと努力してきたのですが……。
このままでは恐怖症を通り越して、嫌悪まで至ってしまいそうです。
「魔法の毒薬によって、毒殺しようとした!!」
……それってアレですよね?飲食物に仕込んでも、お茶会やお食事会が始まるまでには普通の水に変わる、即効性の劇薬を生み出す魔法。近しい者か自害目的でないと有効に使えないと評判の。ワイナ様と過去に一度も、お茶をご一緒すらしていない私が、どう使ったと。
私の変わらぬ表情を見てとった殿下が、ため息をひとつついた。
「認める気は無いんだな」
認めるもなにも、心当たりがひとつもございませんので。と言うより私の心は、家から授かったお仕事で常に一杯一杯ですし。
「認めれば罪は軽くなったのに……」
私の眉にシワが寄り。同時に家に代々受け継いできた髪飾りがしゃらり、と小さく鳴いた。
私の立場は一応王太子の婚約者。それが害されては王家の恥となる。だから、暗部が護衛して、そして護衛対象の情報を王家へと流しているはずなのです。
その情報を確認すれば、間違いなく無実であるのは明白になる。
なのに、これ。
私の表情の変化に気付いた殿下が、勝ち誇ったように緩み出す。
「ファイナ・マジョリカ辺境伯令嬢、やはり心当たりが有るみたいだな。眉が動いて、動揺が表に出ているぞ?」
あなたの救えなさに、こんなのの為に今まで様々な努力を重ねてきたのかと思ってしまうこの失望感に。動いてしまっただけなのに。
「弁明・釈明はあるか?これが最期の慈悲だぞ?」
最期?そうですか。色々積もる話もあったのですが、その言葉で十分です。まあ、元々殿下をお慕いする気持ちも何も、無かったから良いんですけどね。
これから起きそうな事の条件も大分揃いましたし、私は覚悟を決めましたよ。
「……無いか。建国以来、今も任ぜられ続けている役目が有るからと言って、お高くとまりおって!皆、ファイナ・マジョリカを捕らえよっ!!」
そう殿下が声を張ったその時、
キィィィィィィン!
甲高い、直接頭の中まで響いてくる様な音が鳴り、会場中全ての皆様がそれに耐えきれず、頭を抱えてうずくまりました。
皆様がうずくまったと同時に私の頭が若干軽くなり、砕けた髪飾りがジャラジャラと床を叩きます。
そしてその音に紛れて、甲高い音と共に消えた建物内の魔法の照明を、全て急いで点け直します。
もちろん私は平気ですよ?お父様からこの現象は聴いていましたから。さっきした覚悟がそれですし。
……それはそうと、殿下。貴方の本音はそれですか?
言いたい事がまた増えましたが、まずは家のお役目を果たさないと。そのために一度深く息を吸い、お腹に力を込める。
「髪飾りが砕けました。これは、この国の全ての民が魔法を扱う資格無しと世界樹に判定された証です」
髪をひと撫で。あの髪飾りは私の髪と良く似合い、とても気に入っていたから少し……いえ、けっこう悲しいのです。
「私の一族は代々、世界樹からもたらされる魔力の恩恵を私欲の為に使っていないかを監視する、その役目を持っています。いえ、この国……地域に限っては、ました。ですね」
大切なお話ですので、表情はキリッと引き締めております。しかし、実は少し興奮しています。悲しくもあるのですが、こうやって世界樹からダメ判定を貰った記録が十世代は昔の話でして、とても稀な場面に立ち会っていると思うと、もう……。
ああ駄目、気を引き締めないと。キリッ、よし。
世界樹とは、この世界に魔力を満たすための供給装置と言うのが、世の常識です。そして隠された事実として供給装置であると共に、我ら一族を端末とし、供給した魔力を使うに相応しい者達かの判定を伝える使徒でもあります。
だからこそ、その世界樹の端末が悪意で動いてはいけません。その為の家訓です。お父様が口酸っぱく言う訳ですよ。ええ。
「監視の任は世界全てであり、この地域は学園へ入学すると同時に私が引き継ぎ、担当しておりました。それを知った王家が、国の保証の足しに少しでもしたいと、王命まで使って私を殿下の婚約者にしたのです」
辺りを見回しますが……微妙ですね。音の衝撃から立ち直っている者は半数位。立ち直れていない者~……おや、その中にお顔が真っ青になられているお方もチラホラ。この方々は私の役目を正確に理解したようです。
殿下はほうけてます。私が何者か、全く理解なさっておられない様子。
「国の……国民の代表、奉仕者たる貴族をまとめる王族の、次代の総責任者である王太子殿下ともあろうお方が。国の利益を考えず、自身の欲のために無実の“元”婚約者をおとしめ、謀殺しようとなさるなど。世界樹がダメと定めるのも納得の沙汰です」
私だけでなく監視の任を受けた全ての者の行動は逐一、世界樹が受け取って管理しています。その任を受けた証として、この地域担当を意味するあの髪飾りを受け継ぎました。
マジョリカ領には世界樹が存在します。それが影響してこの国の者は拡散する前の、特別多くの魔力を浴び、高い魔力を得るのです。だからこそ他所より厳しい判定。だからこそ、それを知った王家が私を王太子妃にと強引に動いたのです。
「皆様、何か魔法を使ってみて下さい」
そう言ってやると、音の衝撃から抜け出したそれぞれが、めいめいに魔法を繰り出そうとしては失敗しています。
王太子もその中のひとり。段々血の気が引いて行き、真っ白になりました。ははは、私を殺そうとした報いを今受けていますね。いい気味です。
……おやおや?ワイナ様は顔色が優れない殿下を励ましてらっしゃる。健気ですね。可愛いですねぇ。随分気合いの入ったぶりっ子ですこと。
知ってますよ~、家の暗部からマジョリカ家が王家と繋がることを嫌った一派により選び出して派遣された、王太子へのハニトラ要員だとうかがってますから。内心は自分の仕事が上手く行ってて、ウハウハなんでしょうね?
「ファイナ・マジョリカ辺境伯令嬢!なぜ魔法が使えない!!」
うろたえながら、殿下がわめきます。本当は分かっていても、理解したくないのでしょうか?これはちゃんと言ってやらねばなりませんね。
と言うか“元”とは言え、婚約者だろうにその呼び方を通しますか。これは筋金入り(のアレ)ですかね?
一時期この方と婚姻するのかも~、愛してくれたら嬉しいな~。なんて浮かれた過去がとても恥ずかしいです。
「世界樹から、この地域に住んでいる全ての民……貴族も王族も対象ですね。魔法の使用を禁止されました」
キリッ。私格好いい。ちゃんとお仕事してる。お妃なんてお仕事よりよっぽど遣り甲斐がありますよ、監視官と言う仕事は。
「馬鹿なっ!?王太子としてずっと相応しくあったはずだぞ!?」
王太子が何か吠えてますね。あと、私を捕縛する命を受けた騎士様方は絶賛困惑中。その理由が、さっき会場から逃げた方の一部が帰って来て、騎士に耳打ちしてました。陛下から止められたのでしょう。もう遅いのですが。
「世界樹は、殿下が王になる資格は無い。いえ、この国、地域の人間と関わりたくないとでも判断したのでしょう」
こんなのを王にしたら、ハニトラに簡単にたぶらかされて、まともな王政は機能せず、国は混乱するでしょう。それら混乱を起こさないよう見張ったり牽制すべき貴族(の子供達)すら余興だとのんびりしてましたからね。
そんなのが世界樹の近くにあったら、嫌ですもんね。早めに除きたいのは良く分かる。
これにワンワン慌てたのは駄犬。
「この禁止を解除する術はないのか!?」
「ありませんよ。一族の資料によると、禁止措置を受けた者は世界樹の結界により我が領地へと踏み込めないそうです。ですので、直接の謝罪は出来ません。平たく言うと、魔法に頼りきったこの世界からの追放命令ですね」
これには会場の皆々様がどよめく。元凶扱いされた駄犬は茹で上がり、ハニトラ娘はキャンキャンペロペロ駄犬をかまい、周りの騎士様方は絶望し、観客の皆々様は面白い見せ物と思っていたのにとばっちりを受けて殿下を睨む。
この後の展開なんて簡単に予想できますね。準備しましょうか。
「ふざけるなっ!!キサマがいなくなれば解除されるんだろっ!?騎士達、気合を入れろ!奴をこの場で討伐せよ!!」
駄犬の叱咤により絶望から引き上げられた騎士達が、国王から止められたはずの暴挙を行うべく、私を睨んで短慮に武器を構えます。
ほら来た。駄犬の部下もやはり駄犬ですね、予想通りに逆上しましたよ。
「殺されませんよ、こんな所で」
準備していた転移魔法を発動させます。
「さようなら。あとでマジョリカ家から、この国より独立する内容の正式な書類が届くと思います。どうか皆様お元気で」
――――と言っておいて、ついた先は学園の私室。荷物を置いたまま去りたくないですからね。使用人は学園に連れてきていませんから、私ひとりでせっせと自領の自室へ荷物を魔法で送り、忘れ物が無いか確認。
……よし、全部送りましたね。では今度こそ、さようなら。
ファイナ・マジョリカ辺境伯令嬢:自領に戻って報告を済ませ、のんびりひと月程休養した後、当主から新たな任地へ行くよう通達を受ける。今回の騒動で男性恐怖症から嫌悪へ進み「愛さえあれば~」なんて甘い結婚に対する夢はほぼ潰えた。実はこっそり甘い夢を抱いていた、ドリーマーちゃんでした。
王太子:今回の騒動で国王と王妃(両親)からメタクソに怒られ、世界樹から許しを得る方法を探す王命を下される。隣国へ渡ってすぐ詐欺に遭って、旅費をむしり取られた話を最後に、その後彼の行方を知る者は誰もいなかった……。
ハイチ・ワイナ男爵令嬢:ハチでワナの令嬢。自身の与えられた任務を完遂して意気揚々と実家へ報告に戻るが、のちに魔法が使えなくなった原因・元凶のトリガーを引いた家として、今回のハニトラ作戦を指示してきた寄り親から切り捨てられお家断絶の上極刑。親子共々怨嗟の声を撒き散らしながら世を去ったそうな。
護衛騎士達:自国が国として機能しなくなるまで、王家の盾として有り続けた。
国王陛下:ある瞬間に城の照明が全て消え、混乱が治まらぬ内に学園から報告者が到着。ハニトラは何か思惑があって泳がせているものだと思っていたが、どうやら本気になっていたと知り急いで婚約破棄自体の取消を指示したが、時すでに遅し。子育ての失敗を悔やみながら、潰れる国のトップとして命を捨てる覚悟をした。子供達には生きていて欲しいと、なんだかんだ理由をつけて国外へ出したが、全員行方不明と言う凶報を受けて、思わず杖を取り落としたという。
魔法強国:(マジョリカ家とその領民以外の)国民全てが魔法を使えなくなる苦難に遭い、魔法強国を名乗れなくなり、国民は原因となった王家へ怒りをぶつけて、国として崩壊。世界樹から拒否された呪われた民扱いされ、どの国からも受け入れ拒否される。国が崩壊して空白地となったが、3桁年は呪われた地域として、どの国も欲しがらなかった。
マジョリカ家:国から独立。世界樹を守る民・世界の監視者として、樹から強大な魔力を授かり続け、世界の隅々まで浸透潜伏し続ける。ある時には商人、またある時には街の職人、たまには遊び人だったり門兵・衛兵だったり。マジョリカ家とその領民は、その目と強大な魔力で全てを監視する……。
世界樹:自意識を持ったかなりの曲者。世界樹はさぞかし大きいのだろうと思われるが、実はそこらの広葉樹並で、その広葉樹にまぎれて植生している。マジョリカ領の広さならば、木が本気を出せば抱えて上空数百メートルで二百年は浮いていられる。すごいや、ラ○ュタは本当にあったんだ!