王宮の青い薔薇の娘 動く 3
寮の自室にいるとノックがなる。
「フローラさん、イライザです」
「どうぞ、お待ちしてました」
用意していた、お茶とお菓子を出す。
待ちきれず私が話を切り出す。
「ねえ、イライザさん、昨日の竜巻はゲームにはあった?」
「無いわ。ヒロインが「聖女の魔法」を発動するイベントはあるんだけど、それは攻略対象者の好感度がMAXで、攻略者が危険にあった時、さらに二人っきりの時に発動するのよ。そして、伝説の魔法を使ったヒロインは1日意識不明になるんだけど助かって攻略対象者は『お前がいなくなると思ったら胸が張り裂けそうだった。今度は俺がお前を守るよ』みたいな感じになるの」
「なるほど、二人っきりの時に「聖女の魔法」が発動するから、王宮に呼ばれるなんてことも勿論ないですよね」
「無いわ」
「このままだと、明日、王と宮廷魔術師長に私の正体バレちゃいますよね…」
「……」
「これって、ゲーム補正だと思いますか? それとも、皆の前で発動させた「聖女の魔法」は隠しキャラルート?」
ゲーム補正が起きないように、最近の私達は、身分通り私は敬語、イライザ嬢は砕けた感じの口調にしていた。
皆に不信に思われないように、私達なりに気を使っていたのだけど…。
「…ゲーム補正…」
「隠しキャラルートだった場合「聖女の魔法」は、どうやって発動されたんでしょうね」
「それが分からなくって…ごめんなさい…」
「いえ…。隠しキャラルートなら私が「王女の娘」という事と、この「聖女の魔法」が皆にバレるんですよね」
今回の竜巻はゲーム補正というより、イライザ嬢も知らない隠しキャラルートのイベントの可能性が高いか…。
「イライザさん、ずっと聞くべきか悩んでいたんですが……多分その答えによって明日の私の取るべき行動が変わると思うので聞きますね。攻略対象で誰か好きな人います?」
「…アーロンが…好きっていうか、多分両思いだと思う…」
少し照れながらいうイライザ嬢カワイイ。
「良かった、それなら一番イライザさんにとって問題が少ない感じですね」
「…そうかしら…」
一転、イライザ嬢は難しい顔になる。
「え、現状婚約してる二人だし、両思いなんでしょう? 何か問題でも?」
「実は、攻略対象によって「聖女の魔法」が違ってくるの。フローラさんが昨日、出現させた魔法「聖女の盾」は、アーロンルートで発動されるの…」
「え…」
ゲーム補正が働いたという事??
◇◇◇◇◇◇◇
聖女の魔法は「聖女の盾」「聖女の剣」「聖女の祈り」「聖女の雷」「聖女の光」と、5種類あって攻略対象によって違うらしい。
「でも、隠しキャラルートでも、そうかもしれませんし…」
「気になることはまだあるの。アーロンルートだと、王が一番に貴女が王女の娘だと気づくのよ、明日フローラさんが会うのは王…」
イライザ嬢の顔には悲壮感が溢れる。
「貴女に気づけば、王女がどこにいるか分かるわ。王と王太后はエレアノーラ王女に再会出来るのよ。お二人は、ずっと王女に会いたいと思ってるエピソードがゲームにあって…。フローラさんが王女の娘と気づけば、アーロンの…息子である王太子の妃にして、エレアノーラ王女と「聖女の魔法」を使えるフローラさんを手に入れたいと思うかも…」
イライザ嬢の顔色は真っ青だ。
ずっと悪役令嬢の呪縛を解こうと努力してきて、王太子との幸せな未来が見えてきた所なのに、ゲーム補正なら全てが終わってしまうかもしれないのだ。
「落ち着いてください、イライザさん!!」
「私はお二人が王女に会いたがっているのを知っていた。王女がどこにいるかも知っていた。なのに黙っていた…これは罰なのかもしれない」
イライザ嬢は震えている。
「イライザさん!!それは違います、王女が離宮にいない事、王女の居場所を貴女が知ってる事をどうやって説明するのですか? 王女が失踪したのは私達が生まれる前です」
「……」
「ゲームで知ったというんですか? まぁ上手く説明できたとして、そうしたら私達家族はどうなると思いますか? 最悪の場合、私の父は罰を受けるかもしれない」
「……」
「そうなれば、私達家族はバラバラになっていたかもしれないんですよ。貴女が黙っていることは正解だったんです」
「……」
「それに、お母様は宰相であるイライザさんのお父様の婚約者だったのに、失踪して私の父と結婚した。そんな過去があるのに、宰相の娘である貴女と王太子を婚約解消させて、王女の娘と婚約させるなんてよほどの鬼畜じゃない限りしないでしょう」
「…それは…」
「二代に渡って、宰相をないがしろには出来ないでしょう。それに貴女と王太子が両思いなら尚更です。貴女の行動は間違ってない、だから罰も受けません。落ち着いてください」
イライザ嬢はやっと冷静さを取り戻したようだった。
「……ごめんなさい、フローラさんの方が不安なのに、私が取り乱すなんて…」
「いいんですよ、イライザさん。貴女の気持ちは理解できます。大丈夫、イライザさん。貴女は大丈夫です。ちょっと紅茶とお菓子を食べて落ち着きましょう」
私が用意した紅茶とお菓子を進める。
私も、紅茶とお菓子を食べ、気持ちを落ち着かせる。
イライザ嬢がこんな風に取り乱すなんて、どれほどの悪役令嬢の運命に重圧を感じていたんだろう。
少しでも間違えば、悲惨な末路になってしまう…。
現時点で、例え私が攻略対象と結ばれたとしても、イライザ嬢にゲームと同じ悲惨な未来なんて起こらないだろう。
でも、それは彼女の努力の結果だ。障害を乗り越えて、王太子との幸せな未来が見えてきた時に…それをゲーム補正なんかで失いそうになれば取り乱しもする。
イライザ嬢はもう大丈夫だろう。私が王太子を好きになることもないし、政治的に見ても可能性は無い。
だからこそ、私にとっては最悪の可能性が高くなった。
昔、イライザさんに教わったゲームのシナリオを整理してみよう。落ち着いて今後を考えなくては。
「…宮廷魔術師長とも会うみたいですが、宮廷魔術師長が最初に気づくってルートは無いんですか?」
「…あるわ。ソルルートね。ソルは宮廷魔術師長の養子だし、魔術師長は王女の魔法の師匠だから…」
卒業パーティーはヒロインと攻略者がダンスをする時、攻略者の父が私の正体に気付くって話だったよね。
「でも、ソルルートは無いでしょうね。出現する魔法が違うでしょう?」
「そうね、ソルルートは「聖女の光」だから」
王太子ルートでもソルルートでも無いのは確定。
「宮廷には宰相であるお父様もいるし、将軍であるレイのお父様も今は宮廷にいるわ。大公はさすがに辺境伯だから宮廷にはいないと思うけど…」
大公の息子であるラシーンルートも無い。宰相と将軍の息子であるニールとレイルートも無い。
そもそも発動する「聖女の魔法」が違う。
「最初に誰が私の正体を見破るかは、現時点で関係無いと思っていいですね」
今回の竜巻が「ゲーム補正」か「隠しキャライベント」のどちらの可能性が高いか。
「聖女の盾」と「フローラの正体を最初に見破る人間」この条件に一番合っていたのは王太子ルート。
でも、それはありえない。
他の攻略対象もあり得ない…ならば。
「私の正体に最初に気付く人間と「聖女の盾」の共通点があった王太子ルートが無いなら、他の攻略対象ルートもあり得ない。ゲーム補正ではない…」
独り言のように私は言う。そんな私を、イライザ嬢はただ見つめる。
「…私が「聖女の魔法」を使えることは貴族が多いこの学園の全校生徒が知ってしまった。だから、誰が最初に私の正体に気付くかは問題ではなく、宮廷にいる大勢の人間が私を王女の娘だと気くのが問題」
「……」
「攻略対象を守るために発動する魔法、誰のルートにも入らなかった場合は「学園を守るため」に発動する魔法だったとしたら…」
私はミラの言葉を思い出した。
『フローラのおかげでアナだけじゃなく学園全体が無事だったよ、ありがとう…』
「アナを守るため」に発動した魔法は「学園を守るため」
動機は違っても結果としては同じ事。
「…それが「聖女の盾」ということですか…?」
イライザ嬢が問う。
王太子ルートと同じ魔法なのは、王太子ルートがメインルートだからかもしれない。それに隠しキャラルートは「学園を守るため」というのが発動のきっかけなら「聖女の盾」が一番相応しいだろう。
言葉に出して言えばいうほど、隠しルートへの確信が深まる。
「聖女の魔法」と「ヒロインの出生の秘密」が、大勢の人にバレるのが隠しキャラルート。
「竜巻は隠しキャラルートのイベントの可能性が高いですね」
やっぱり、答えはこれしかない…そうなると…。
「私、詰みましたかね…」