魔術師長の恋と愛 3
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『エレアノーラは、変わらずか?』
クリストファーが「聖女の祈り」を発動させてから3年。陛下が私に聞いた。
『……残念ながら、良くも悪くもなっていません』
『ワイアット。「聖女の祈り」は、やはり無理なのか?』
『クリストファー殿下が「聖女の魔法」を、全て発見しましたが……。おそらく、王家の姫にだけ発動出来るのではないかと……』
『……そうか。やはり、エレアノーラ以外の姫は必要だったな』
『……』
『ルーカスの子も王子。現時点では無理か』
『陛下の仰る通りです。姫君が生まれたとしても確実に発動出来るかどうかも分かりません』
『……エレアノーラ』
陛下は両手で顔を覆い項垂れた。
……本当は、クリストファーが「聖女の祈り」で、貴方が溺愛する王女を回復させたのに。
王女は真実の愛を手に入れ、もしかすると子もいるかもしれない。
憐れなお人だ。
貴方は一生それを知る事は無い。
『王妃は、看護に疲れていないか? 大丈夫だろうか?』
『ええ、大丈夫です。定期的に私がしっかり診ておりますので』
『私が見舞うのは、今も無理なのか?』
『そうですね。王女が危篤になった時、陛下をお止めして良かったと思っています。免疫のある王妃と魔力が最も高い私以外は危険でしたので。それは今も変わりません』
『……そうだな。お前がそれを発見してくれて良かった。ルーカスとアルフは無事で済んだ』
クリストファーの名前は出さないのですね。
侍女としてエレアノーラ王女の側に居たのに。
『ええ、危篤付近から感染力が増えたのが幸いでした。離宮であった事も。そして、それをすぐ気づけた事は本当に幸運だったと思います』
『不幸中の幸いなのだろうな。だが……一目でも……会いたい』
陛下は顔を伏せたまま、苦しそうに言った。
『時を待ちましょう。希望は最後まで持つべきです』
『……そうだな。ありがとう、ワイアット』
心にも無い事を言った。
愛しい人を救いたい。陛下の思いはかつての私と一緒だ。だが、陛下は思い出しもしない。クリスティーナとクリストファーの存在も。私の二人への思いも。
陛下はエレアノーラ王女の病に心を奪われ、クリストファーの学園入りもルーカスが決めたのならば良いと、さして気にしなかった。
そして、クリストファーが「聖女の魔法」を、発見したとして伯爵の位と邸を与えられても、陛下は話題にもしなかった。ルーカス王子や宰相家に任せていたとしても。それでも、少しくらいはクリストファーを気にして欲しかった。
クリスティーナ。
君が産んだ子は、素晴らしい才能を持っていた。
君が誠心誠意仕えていた王女の命も救った。
なのに、すまない。
クリストファーに相応しい場所も立場も与えられなかった。
真実を知らず絶望する陛下に留飲を下げながらも、知らないからこそ姫を望んだ事が間違ってないと信じている陛下に苛立ちを感じていた。
◇◇◇◇◇◇◇
『今、戻ったわ。ワイアット、今日はありがとう。……ワイアット……陛下は……』
王妃が私に何かを言いかけた。
今日は王宮で行事があり王妃は出席した。
そのような時は、私が王妃の代わりに離宮で王女を看るという事にしていた。
『お帰りなさいませ。陛下が、どうかされましたか?』
『……いえ。何でも無いわ……』
何も無かったようには見えないが。
……陛下は王妃に会えて嬉しがったろう。
だが、いつも陛下に会った後の王妃はどこか暗い。
ご夫婦の問題に他人の私が入る事は出来ない。
だが、今日は違うニュアンスを感じた。
『何かあるのならば、遠慮なく仰って下さい』
『やっぱり、何でもないわ。ワイアット、いつもありがとう。今日はもう下がって良いわ』
王妃は何も言わなかった。
王妃は何を言いたかったのだろうか?
◇◇◇◇◇◇◇
そして、あの日から6年後。
陛下は突然倒れ、手の施しようもなく崩御された。
病には無縁だった陛下が。
……思えば、23歳で王になられた陛下。私の才能を王太子時代から認めて下さっていた。陛下は良くも悪くも国の事を第一に考えておられた。
だからこそ、名門であっても次男である私の才能だけを見てくれた。
それを、有り難く思っていた。
なのに。
優秀で有能で美貌と威厳を持つ完璧な王に見えた陛下。聡明で美しい王妃と、その王と王妃に似た素晴らしい子達にも恵まれた陛下。にもかかわらず、国の為とは言え当時15歳だった少女に政治の道具を産ませようとするとは。
そして、生まれたのが王子だからと失敗だからと無視をするとは。
間違いなく陛下の最大の過ちだった。
過ちの代償は陛下にとっても大きかった。
陛下が溺愛した王女には6年も会えず、最愛の王妃にも行事の時にしか会えなくなった。陛下は最後まで二人の未来を心配されたまま逝ったのだろう。
そんな陛下の死に、王子も王妃も淡々としていて涙すら流さない。
クリスティーナの最後の顔は微笑んでいた。
私はずっと、彼女の頬に触れて泣いた。
だが、陛下は。
その顔に笑顔など無く、医師の私以外は陛下に触れもしなかった。
もし、クリスティーナの事が無ければ?
陛下は愛する妻と子に涙ながらに縋られただろう。
だが、クリストファーが生まれなければ王女は6年前に亡くなっていた。
それでも、クリスティーナの事が無ければ?
ご夫婦は悲しみを二人で乗り越え、王子は王女を悼みながらも両親を支えただろう。元々は愛情溢れるご家族だったのだから。
陛下が国の為、愛する妻子の為にした結果がこれなのか。
貴方は多くの人の運命を変えた。
だが、輝かしく幸福だったご自身の運命まで変えてしまわれるとは。
国民は悲しみ、陛下は賢王と歴史では呼ばれるだろう。だが、実態はこれだ。
クリストファーはクリスティーナと私の息子だ。
だが、実際は陛下の子。
王妃も王子も王女も知っている。
だから、王子と認めさせ最大の恩恵をクリストファーに与えたかった。
なのに。
結局、クリストファーは貴方に認められず私の養子にもなれなかった。私はあくまでクリストファーの師だ。今までもこれからも。
クリストファーの為に私は父としての愛を隠していたのに。
クリスティーナとクリストファーを失敗と片付けた陛下。私は貴方に撤回して欲しかった。ご自分の結果の責任を取って欲しかった。
しかし、それを無視した貴方は。
自分の運命で代償を支払わされたのかもしれない。
最初からクリストファーを王子と認めていれば、エレアノーラ王女も王妃も貴方の手元に居た。
貴方の突然の病もクリストファーが王子で側に居たなら救えた。
クリストファーを失敗だと判断した時、貴方は完全に運命に見放されたのです。
本来なら高貴で完璧な貴方に相応しい幸福で輝かしい運命を自ら手放した。
それに気づかぬまま、陛下。
貴方はこの世から去ってしまわれたのですね。
◇◇◇◇◇◇◇
『クリストファー。学園はどうだ?』
『生徒としても教師としても、想像よりも楽しく充実した日々を過ごしています』
『……困った事は無いか?』
『ええ、邸も与えられましたし。使用人の二人も本当に素晴らしいご夫婦で、とても助かっています』
『そうか』
『魔術師長。いつも気にかけていただいて、ありがとうございます。ただ、余りにも気にかけて下さるので……魔術師長が私の父ではないかと思われている方もちらほらと』
クリストファーの容姿と才能は憶測を呼ぶのだろう。
それでも構わないと言いたくなったが。
クリストファーは自分の父親を知っている。
……陛下はクリスティーナに執着したとも教えた。
生まれた理由が、政治の道具だったより王の恋着の方が救いがある。
そう信じているクリストファーに真実を気づかせてはいけない。両親のどちらにも愛が無く、母親が私と愛し合っていたなど。私が愛人がいた両親を必要無いと思ったように、自分のルーツをさらに嫌悪させるだけだろう。
『……私の事は気にしなくてもいい。私は独身だしな。だが、お前にとって気詰まりなら考えよう』
『……気詰まりなんて、そうは思っていません。ですが、魔術師長が私のせいで誹謗中傷されるのが許せないのです』
クリストファー……。
『お前は、相変わらず人の事ばかり思うのだな。私は気にしない。だが、節度は守ろう。お前は優し過ぎるからな』
『……ありがとうございます』
お前を愛していると、お前の為ならどんな誹謗中傷でも耐えれると。お前を自分の息子だと思っていると言いたい。
だが、どうしてそこまでお前を思うか。それを知れば優しいお前を傷つけるだろう。やはり、有り得ない私達の恋は秘密にした方が良いのだ。
そして、数年が経った。
クリストファーは予定通り学園長になった。
『学園長就任おめでとう。クリストファー、令嬢達からは相変わらずか? これからは、もっと増えるだろう。良いご縁があるかも知れんな』
才能ある美青年に成長したクリストファーに在学中から夢中になっている令嬢は少なくない。クリストファーの結婚は表立っては禁止されていなかった。
『……これ以上の幸せを望むなんて、贅沢過ぎるでしょう』
この状況を幸せだと言うのか。
『それに、魔術師長も独身ではないですか。それでも多くの方に慕われ素晴らしい功績を常に上げていらっしゃる。魔術師長の様に私も魔法だけに専念したいのです』
『……こう見えて、私には愛する人がいたのだがな』
『そうだったのですか。……どうして結婚されなかったか聞いても良いのでしょうか?』
『彼女は、体が弱かったのだ。私達は初恋同士だったが、彼女は若くして亡くなったのだ』
それが、クリスティーナとは分からない様に言った。
『……それは、お辛い思いをされたのですね。先生はその方を一途に今も思っているのですか?』
先生。久しぶりに聞いた呼び名だった。
『ああ。彼女だけを思っている。彼女との思い出は宝だ』
『……そうなのですか』
こんな話をしても、クリストファーは恋がしたいとは思わないか。きっと諦めているのだろう。自分の家族を持つ事に。
クリストファーは王家の脅威となる事を望んでいない。
『……クリストファー。結婚しなくても養子を持つことも出来るぞ』
『そう言えば、養子を迎えられたと聞きました。素晴らしい才能を持っている少年だそうですね』
『ああ。……私と同じ目の色なのだ。両親はいないが町の牧師の養子になる程に幼い時から才能に溢れていた。いずれ学園に通う事になるだろう。卒業したら正式に籍に入れるつもりだ』
……神童が居ると噂を聞いてソルと教会で会った時。クリストファー、お前を思い出した。ソルはお前と同じ目の色をしていたからだ。
『それは、学園に入学するのが楽しみですね』
一代貴族のクリストファーが養子を持つのは難しいとは思う。
だが、結婚も養子もお前は当然の様に諦めるのか。
先に逝くだろう私が一生お前を守る事は出来ない。
お前が家族を諦めるなら、ソルがお前の力になる様に育てよう。
ソルは魔力と魔法に人一倍貪欲だ。良い意味で、それしか興味がない。クリストファーの「聖女の祈り」を知れば未来の魔術師長としてクリストファーを尊重してくれるだろう。
それに、私が逝ったらクリストファーは養子であるソルを気にかけてくれるだろう。クリストファーもソルも身内がいないに等しい。息子達がお互いに助け合う関係になってくれたら。
……それこそ、贅沢過ぎる望みだろうか?
だが、それは現実となった。
「聖女の盾」を、発動したエレアノーラ王女に瓜二つな少女によって。
その少女こそ、クリストファーの運命そのものだった。
全ては「聖女の祈り」この魔法を発動された日に始まっていたのだ。
クリストファーは運命に見放されても負けてもいなかった。
しかし、クリストファーと少女とソルには困難で複雑で数奇な運命であった。
次回で完結です。
来世のクリスティーナとワイアットの話もあります♪




