魔術師長の恋と愛 1
魔術師長・ワイアットのお話になります♪
窓もない殺風景な部屋。
今は夜。この部屋にいるのは私と少女とベビーベットで眠る赤子だけ。
私が少女の体調を診た後、少女は私に甘えるように言う。
『口付けして……』
可哀想なほど華奢で青い顔をした少女は私に強請る。
私は黙って彼女の唇に自分のそれを重ねた。
あの日『黒の様な青い目なら、貴方だってそうじゃないですか……そうだ、あの子は私と貴方の子供だってことにしましょうよ』この言葉で私達の関係は変わった。
あの日から彼女は、私に色々な初めての表情を見せ初めての感情を与えてくれる。
私の思いは最初は同情だったのかもしれない。彼女も私の思いを疑っていた。
だが、今は違う。
口付けの意味も変わった。
今の口付けは、とても甘美で幸せだ。
唇を離すと、彼女の頬に赤みが差しているのが分かる。
『もう一度して? 今度はもっと長く……』
彼女が私と同じ思いだと証明するように言った。
その言葉に私は応える。
彼女は16歳の少女だが母だ。
なのに、初めての口付けの相手は私なのだ。
それを聞いた時、最初に痛ましく思った。
陛下を獣と呼んだ彼女。正しく蹂躙されたのだ。
彼女が如何にして生きる力を無くしたか分かる事実だった。
私は彼女が穢れていないと彼女を守りたい気持ちを証明したかった。
だから口付けた。
しかし、彼女は泣いた。
彼女は嫌ではない。初めてだからと言ったが、それを聞いて私で良かったのだろうかとも思った。
本来なら、私達は有り得ない関係だからだ。
彼女は16歳で私は29歳。
年齢だけ見ても普通は有り得ない。
しかも、私は究極の独身主義者として揶揄されるほど有名な変わり者だ。
家庭環境も悪かった私は、彼女に相応しい相手ではない。名門で裕福な家の次男として生まれたが、両親にはお互いに愛人がいた。
そんな両親が次男である私に興味を示すはずはない。
私の魔術の才能が歴代の魔術師以上だと分かっても両親の関心が私に向く事は無かった。
だからこそ、私は自分の魔力と魔術の才能だけに生涯を捧げると決めた。私が産まれた理由はそれだと思った。夫婦の愛も親子の愛も知らないのは必要が無いから。類稀な才能だけが私に必要だったのだと。
それならば、嫡男でもない私が無理に妻子を持つより、その時間で一つでも偉大な魔術を発動や発見することの方が価値があると思った。自分の力のみで魔術師としての地位も名誉も手に入れた時、それは正しいと思った。
なのに。
今、口付けている少女を私は心から愛している。
そして、彼女も私に心を開きゆっくりと愛し始めている。
さらに私は、彼女を妻にしたいと思っている。
彼女が産んだ子を息子にしたいと。
有り得ない。
かつての私では本当に有り得ない状況だ。
彼女の身に起きた事もそう。
私達の間に生まれた愛も。
全てが有り得ない。
『抱きしめて……』
触れるだけの長い口付けの後、彼女はさらに私に強請った。
私は華奢過ぎる彼女の体をそっと抱きしめた。
比喩ではなく本当に壊れそうな彼女を大切に優しく抱きしめた。
体だけでは無く、心にも深い傷がある彼女。だから、彼女が私を求めるのを辛抱強く待ち出来るだけ優しく叶える。その度に彼女は美しくなっているように見えた。
私の愛は彼女の傷ついた心を癒す薬なのかもしれない。実際、一年近く食事を取りたがらなかった彼女の食欲は最近増してきていた。そして、感情も戻ってきている。
自分も子も殺してくれとは、もう二度と言わないだろう。
そんな彼女を守りたい。あの日より強く思う。
彼女と子を幸せにしたい、私の手で愛で。
私には必要なのだ。
二人が私達三人の幸せな未来が。
有り得ない現実は私達の運命なのかもしれない。
ならば、その運命を幸福なモノにしたい。
『ワイアット、回復したか? 次は失敗しないだろう。もういいか?』
誰がとは言わず陛下は私に聞いた。
次……? 陛下は彼女を解放しないのか?
私は嫌悪と憎悪を隠して言う。
『いえ。元々、華奢で幼い少女です。さらに妊娠前から今までほとんど食事をしていません。私の力でも生かすだけで精一杯です。ですので、次を考えるのは諦めていただきます。前も言ったように行為自体、医師として認められません』
『そうか』
何の感情も感じられない陛下の短い言葉。
陛下は毎回、政策の話をするようにクリスティーナの事を聞く。
だからこそ医師としての私の言葉をこれからも守って下さると思うが。
それとは別に、まだ信じられない自分がいる。
クリスティーナと私以上に、陛下と彼女の関係は有り得ないからだ。
陛下と王妃は私の両親とは全く違っていた。
実際、陛下も王妃もお互いを思いやり深く愛し合っていた。
有能で冷たい美貌の王と、聡明で優しい麗しい王妃。
髪色の銀と金と同じく二人は完璧な一対。
全国民の誇りであり理想的なご夫婦だ。
なのに何故クリスティーナを?
しかも、クリスティーナへの愛は全く感じない。
さらに、自分の子である王子の存在は失敗と無視して次を望むとは。
姫ではないからか……?
そもそも陛下が姫にこだわる理由も彼女に産ませる理由も分からない。
何故なら、陛下には溺愛する姫が既にいる。
そして、陛下は王妃と王子と王女だけを愛している、昔も今も。
しかも、全員が完璧なご家族だ、これ以上ない程に。
これは私の気のせいでは無い。
王宮の皆が思っているはずだ。
だからこそ、突然消えたクリスティーナと陛下を結びつける者などいない。
さらに、生まれた王子も陛下を思わせるモノは無い。
ただ、王子の黒の様な青い目だけが父親が高貴な者であると証明するだけだ。
もし今、王子の存在が知れたら。全く同じ色の目を持つ私が父親と思われる可能性の方が高い。
それならそれで好都合だと思った。
幸い私は独身だ。
それに、陛下は王子を失敗だと言った。
クリスティーナが産んだ王子は確実に私と同等か、それ以上の才能がある可能性が高い。魔術の才能は王家の誰よりもあるにも拘わらず。
だが、陛下が失敗だ要らないと言うなら私が父で構わないだろう。
いや、私こそが父として相応しいとすら思う。
二人が愛しい。だか今は他人だ。
しかも、陛下は次を考えている。
今、やっと彼女は生きようとしているが、まだ彼女の命は不安定だ。
なのに、陛下が次を考えていると知ればどうなるか。
そして、もし彼女が健康を取り戻せば陛下は次を強行するだろう。
そうなれば全ては最悪の状況になる。
この八方塞がりの状況を打破する方法を私は見つけた。
「聖女の魔法」
伝説として残ってはいるが本当にあったのか分からない魔法。
だが、私は発見した。「聖女の魔法」の中で「聖女の祈り」という魔法を。
この伝説的な魔法を私が発動出来れば彼女を完璧に救える。
この魔法は私が今まで発見、発動した物と比べ物にならない。
不治の病も瀕死の怪我も全て完璧に治す魔法だ。
彼女の不安定な命も救える。
しかも、陛下に彼女と王子を私の妻と子に望んでも認められるだろう。
それだけの価値がある魔法だ。
それが「聖女の祈り」だ。
これさえ発動出来れば……。
私達三人は運命に勝てる。
勝った先には三人の幸せな未来と運命が待っているはずだ。
『最近、来るのが遅いのね』
『申し訳ない。多くの人を救える魔法を見つけて没頭してしまった』
確実に「聖女の祈り」を発動するまでは隠したかった。
『……私の事を忘れたのかと思った』
拗ねた様に愛しいクリスティーナが言う。
『君を忘れる事など一生無い。むしろ、いつも君を思っている』
君を救うために「聖女の祈り」を調べていたが、逆に寂しがらせてしまったか。
『……ありがとう。貴方は尊いお仕事をしているのだものね。忙しいに決まっているのに……』
クリスティーナの瞳が潤む。
『分かってるの。毎日来るのだって大変だって。でも、会いたいの。もっと早く、もっと長く……』
『私も、君に早く会いたいと毎日思っている。この魔法さえ発動できれば、もっと長く君といられる。だから、没頭してしまう』
私がそう言うと、彼女は涙目で少女らしく笑った。
『そうなの? 嬉しい。じゃあ遅くなっても良いわ。その代わりに口付けして? 優しく抱きしめながら……』
『分かった』
私に会いたいと瞳を潤ませた愛しいクリスティーナ。彼女の無邪気な願い通り、その細い体を優しく抱きしめ唇にそっと触れるように口付けた。
『……私を本当に妻にしてくれるの?』
唇が離れると、クリスティーナは探る様に言った。
彼女の命も彼女の心も、全てが不安定なのだ。
安心させたい。
『君が望むなら妻になって欲しい。私と家族になって欲しい』
『あの子も一緒に?』
『もちろんだ。あの子は私達の子だ。そう言っても誰も不思議に思わない』
『そうね。あの子の目の色は貴方にそっくりだもの。そしたら、私達。ずっと一緒ね』
『そうだ。ずっと一緒だ』
『オギャー』
ベビーベットから声がした。
『……ふふ。あの子も賛成みたい』
『そうだな』
二人であやしながら、とても幸せな時間を三人で過ごした。
それが、いけなかったのかもしれない。
私は、この幸せな時間を夢を未来を確かなモノにする為に「聖女の祈り」に益々没頭した。
また、今日も遅くなってしまった。
そう思い、急ぎ足で彼女の部屋に向かう。
すると、陛下が歩いてくる。
『ワイアット。今日も遅くまで「聖女の祈り」を研究していたのか? もう、必要ないかもしれんな。今日は暴れて元気そうだったぞ?』
そう言うと、陛下は去って行った。
暴れた……クリスティーナ!!
部屋に入ると相当抵抗したのだろう。
ボロボロになったクリスティーナが呆然と天を見つめ仰向けに寝ていた。
何も身に着けていない彼女の体には痛々しいアザがあちこちにあった。
そして、陛下の行為の証も。
それを全て魔法で消した。
『大丈夫か!!』
『…臭いから…』
『私が浄化した』
『ううん、臭いの…せっかく臭わなくなっていたのに、生臭いの…。身体を洗っても消えないの…』
『…血が出ている。止血する』
陛下の証で気づかなかったが、そこには血も流れていた。
『血の臭いじゃないの…もっと違うの』
『私には血の匂いしかしない。今、治す』
『獣が私にまた子を産めと言った…貴方の妻にはなれない』
『申し訳なかった…もっと早く来ていたら…』
彼女を救う為にしていた事が仇になるとは。
『獣は私が元気そうだと言った…貴方が獣から守ってくれていたのね』
だが、陛下は私の言葉など無視した。
『…守れなかった』
『…もう、いいの。私はもうダメだわ…貴方の妻になれない』
彼女の瞳には何の力も残っていなかった。
あるのは深い絶望だけだった。
『……逝くな』
『口付けして…』
『分かった』
……あんなにも甘美で幸せだった口付け。
なのに今日は。
彼女を失う恐怖しか感じない。
震えが…止まらなかった。
次の日から、クリスティーナは起きることが出来なくなってしまった。
刻々と急速に彼女は弱っていく。
だが、私は「聖女の祈り」を、発動出来ないままだ。
彼女を救えない。
王妃と王女と私が彼女を見守る。
『なんだ、やはり弱っていたのか』
彼女が危ないと知って陛下がやって来た。
『陛下!!どうしてこんな!!』
王妃が叫ぶ。
王妃も陛下がクリスティーナにした事を知っていた。
『エレアノーラは宰相の息子と結婚することが決まっている。お前はもう出産には耐えられまい。だが、この国には、もう一人くらい王女がいてもいい。クリスティーナに似ていたら使えるだろう。それに、身寄りが無いならお前が産んだことに出来る』
『っ……………』
『…陛下…!!』
やはり陛下が愛していたのは王妃と王子と王女だけだった。
彼女は陛下の政治の「使える道具」を産む為だけに……!!
『ワイアットよ。「聖女の祈り」お前は発動出来そうか?』
『……』
『もし、発動出来たら、どんな褒美でもやるぞ』
そう言って去る陛下の背中を見送る。
あの方は、私が何を望むのか知っていて言ったのか。
私が「聖女の祈り」を調べていた理由も全て知って。
まさか陛下…貴方は…あわよくば「聖女の祈り」を発動させる為に…こんな!!
『王妃様…』
弱々しいクリスティーナの声。
『クリスティーナ…』
『王妃…申し訳ありません…あの子をクリストファーを生かしてください…』
『クリスティーナ、元気になって』
『王女…クリスはクリストファーになりました…いいですか…?』
……クリスティーナ。
こんな時に、それを王女に聞くのか?
『いいわよ。私はクリスと呼ぶわ』
『王妃、王女、試してみたい魔法があるのです。クリスティーナと二人にしてもらってもいいでしょうか』
『…分かったわ。エレアノーラこちらへ』
『クリスをダッコしてまってるね』
二人が出て行く。
『クリスティーナ…すまない』
『なにが…?』
『私には「聖女の祈り」は、発動出来ない』
彼女には理解出来ないだろう。
だが、謝らずにはいられなかった。
私は運命に負けた。
……最愛の君を守れなかった。
『…代わりに…約束して…』
『なんだ?』
『来世…私を妻にして…』
君は、守れなかった私を求めるのか?
『ああ…約束する』
『口付けして…』
これが、最後になるのか。
君と口付けるのは……。
『クリスティーナ、君を愛している…』
そして、愛を囁くのも……。
『…私も…』
彼女は私への愛を肯定する言葉を最後に目を閉じた。
クリスティーナ。
愛している。
君だけを。
生涯、いや、来世も君だけを愛そう。
そして誓う。
これからの人生を掛けて守って見せる。
今日、クリストファーとなった君の息子を。
いや、私達の息子を。
来世のワイアットとクリスティーナまで書きたいなと思っています♪
続きます




