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王宮の青い薔薇のむすめ  作者: 青空那奈
番外編※本編読了後がオススメ
64/68

王太后の追憶 3

王太后の追憶編・完結です♪

あの夏の日から6年。

こんなにも早く突然陛下が亡くなるなんて誰が想像しただろう。


陛下は王になってからも剣の鍛錬をしていて、めったに病気などされない方だった。それが剣の稽古中に胸を押さえ倒れた、心臓発作だった。


陛下の最後は突然やって来たのだった。


私が知らせを受け離宮から王宮に到着し、私達の寝室だった王の部屋に入ると血の気のない真っ青な顔をした陛下が眠っていた。


あの日のあの子の姿が重なって見える。


『陛下』


私が呼びかけると陛下は少し目を開けた。

そして、手を伸ばそうとしたのか陛下の指がわずかに動いた。


……手を握るべきなのだろう。

でも、出来なかった。


陛下の目と指は私を求めていた。文字通り必死で。

『やはり弱っていたのか』

クリスティーナの最後の日に陛下が言った言葉が冷たく頭に響く。


エレアノーラが離宮で静養するようになってから、陛下は徐々に痩せていた。

顔色も会う度に少しずつ悪くなっているように見えた。


私は、たまに会うからこそ陛下の変化に気づけたのかもしれない。

でも、何もしなかった。


いや、違う。

気づいても何もしない事で私は陛下に()()()()()をしていた。

貴方は惨いほどクリスに何もせず、むしろルーカスの敵と全てを奪う者として教え込んだ。そして、クリスティーナは貴方が与えた絶望で死んでしまったのです。たった16歳で。


そんな貴方にとって、愛するエレアノーラを守れない救えない会えなかった6年はどんなモノでしたか?


(陛下、貴方はやはり弱っていたのですね)


あの日の陛下と同じセリフを心で言う。

……胸が苦しくなる。

理由は考えたくない。


陛下の目が、指が力を無くす。

私が好きだった深い青の目は閉じられ、私を優しく撫でた指は動かなくなった。


ワイアットが陛下に近づく。

ワイアットは首を横に振った。


ルーカスは『新宰相、宣言を』と、アルフを見て言った。


『国王陛下、崩御』


新王ルーカスと新宰相のアルフの最初の仕事は淡々と終わった。

一国の王が父が夫が急逝したと言うのに、その場にいた4人の中で泣く者も取り乱す者もいなかった。





陛下の為の献花。青い薔薇は気づけば腕一杯になっていた。

こんなに摘んで……。私の心はずっと過去にあったのに手だけは動いていたのか。


私が陛下の最期を思い出していた時だ。

青い薔薇が一斉に風に揺れる。何故この場所に風が……。



____姫、私は誓う。生涯貴女だけを愛すると



「……陛下?」


私は驚いて誰もいない薔薇園を見渡した。

薔薇はまだ揺れている。


「……」


確かに、貴方は生涯私だけを愛したかもしれない。

寿命まで縮めてしまうほど深く……。

なのに、私の気持ちを理解することは最後まで出来なかったのですね。


貴方と私の幸福な美しい思い出を……。

貴方は……また……。

これが…これが…貴方と私の……別れ……。


青い薔薇園が霞む。


「……ふっ、あはは……」


笑い声が聞こえる。これは私の声?

雨など降らない薔薇園が、どんどん霞んでいく。


私は笑っているの?

私は何を見て何を発しているの?

何も分からない。分かりたくない……。




いつの間にか風は止んで、私の笑い声だけが霞む薔薇園に響いた。




◇◇◇◇◇◇◇




「王太后、先日「聖女の魔法」を発動した少女に会いました。王立学園の3学年の生徒です」


定期的にエレアノーラの治療と言う名目で離宮に訪れるワイアットが言った。


「……」


「名はフローラ・ベフトン。髪以外は王女に生写しの少女でした」


「……そう」


「少女はベフトン男爵のご令嬢ですが、領地がここから近いのですよ。少女のご母堂は領地でお元気に暮らしてらっしゃるそうです」


「……そう」


「大変な魔法を発動しましたが、学園にいる間はクリストファーがいます。なので大丈夫でしょう」


そうだろう。もうすでに3年以上もクリスは……。


「……私達は、いつもあの子に甘えてばかりね」


「私も及ばずながら()()を守って行きます。今度こそ必ず」


……同じく「聖女の魔法」を発動したクリスの時を思い出しているのだろうか。

ワイアットは充分クリスを守ったのに……私が……。


「……私も何かあれば今度こそ守りたいわ」


実際「聖女の魔法」と「王女に生写し」この二つを持つフローラは危険だ。

今後も、クリスは当然の様にフローラを守るだろう。

学園の中なら大丈夫だろうが、学園の外は。

もし諸外国が動けばワイアットでも守れないだろう。


ならば王太后の私が動こう。クリスがフローラを守るならクリスもフローラも私は守る。


今度こそ、必ず。




____約一年後



アーロンからの封書を開くと、そこには懐かしい娘の文字があった。

エレアノーラからの手紙だった。


最初は私への謝罪。クリスが自分の為に全てを捨てた事実を知った事。

そして、フローラのクリスへの思い。クリスのフローラへの思い。

二人は唯一無二の運命の相手同士だと思う。

ならば、クリスだから反対するのではなく、クリスだから賛成してあげたい。

クリスのおかげでとても幸せに暮らしている。

今度はクリスに幸せを与えてあげたい。

どうか、全てを捨てたクリスの味方になって欲しい。


色々な内情が長く切々と書いてあった中で、あの子が一番多く書いていたのはクリスへの思いだった。


エレアノーラ……貴女も自分の罪に気づいたのか。

自分が「得たモノ」の大きさとクリスが「捨てたモノ」の大きさに愕然としただろう。


自分が幸せであればあるほど苦しんだはずだ。


そして、クリス……貴方も。

クリスは最初からフローラが姪だと知っていた。

叔父であるクリスが守ってくれる学園だからこそ、王女に生写しのフローラは通えたのだから。


そこで、二人は恋に落ちてしまったのか。

でも、クリスはフローラを手放そうとした。


『フローラを正しい幸福に導いてください』


そう、ベフトン男爵に手紙を書いて。


……クリス……。


目頭が熱くなる。

クリス。

貴方はクリスティーナと一緒ね。

あの子が限界まで私に隠そうとしたのは……私の為。

……クリスを殺してと言ったのも、私と子供達の為。

貴方も、いつも私達の為に行動する。


クリス。

そして、貴方は陛下と真逆なのね。

陛下は愛する者を守る為にクリスティーナと貴方を犠牲にした。

でも、貴方は愛するフローラとエレアノーラを守る為に自分を犠牲に……。

正しく無い恋は二人を苦しめ不幸にすると思ったのね。


ああ……それこそが本当の……本物の愛だわ。

誰にも間違っているなんて言わせない。何に背いても。


陛下が「()()()」と「()()()()」と言ったクリスは誰よりもエレアノーラとその娘を守る盾になっている


今度こそ、私はあの時の誓いを破ってはいけない。


クリスもクリスティーナも間違った扱いをずっとされ全てを奪われたのだ。

エレアノーラも私も、クリスに救われ与えられ守られてきた。

フローラも全てを知り、それでもクリスを求め幸せにしたいと思っている。

ならば、クリスからもう何も奪ってはいけない。


クリスは葛藤しただろう。そして正しい道を選択しようとした。

それだけでいい。エレアノーラもベフトン男爵も貴方の味方なのだから。


クリスに与えたい。愛する人の為に全てを捨てる事が出来るあの子だからこそ。

あの子に与えられ救われ守られた人の分の幸福を。


あの子は幸せになるべきだ。クリスティーナの分も。


クリスティーナ。貴女の息子を私は今度こそ絶対に守って見せる。

そして、幸せを与えて見せる。見ていて……クリスティーナ。




◇◇◇◇◇◇◇




今日はクリスとフローラの結婚式だった。

二人共、とても美しかった。


そして何より……。

とてもとても幸せそうだった……。


クリスティーナ。見ていてくれた?

私だけじゃなく、多くの人がクリスを助けてくれたわ。

貴女の息子は私の孫と幸せになるわ。


クリスティーナ……少しは償いになったかしら……。

私は今日の事を思い眠りについた。



『王妃様』


__クリスティーナ……。


『あの子を生かしてくれて、守ってくれてありがとうございます』


__お礼何て言わないで。私は一度あの子を……。


『いいえ、お礼を言います。私は王妃様に幸せを貰ったんです。王女にも王子にも。だから、クリストファーが私の大切な人達を守り認められた…とても嬉しかったんです。誇らしく思いました』


__クリスティーナ……。


『王妃様。私の最期を哀れだと思っていますよね?』


__許して……。


『謝らないで下さい。王妃様は私を傷つけたことなど一度もありません。クリストファーを傷つけたことだって』


__でも……。


『王妃様、私の最期は愛する人に看取られたのです。愛と二世を誓いました』


__えっ? それは……。


『ワイアットです。私達は愛し合っていたんです』


__そう。だからワイアットは……。彼はクリスを愛し守っていたわ。


『だから王妃様、私の最期は哀れではありませんでした。哀れな最期だったのは陛下です』


__クリスティーナ……。


『王妃様、陛下を許して下さい。代わりに私は陛下を絶対に許しませんから』


__…………。


『陛下がクリストファーの父だとしても、ワイアットと結ばれるきっかけだったとしても、王妃を深く傷つけ今も苦しめる陛下を許す事は出来ません。だから、()()()()()()()()()事にしたんです。永遠に』


__忘れる?


『全てを忘れて生まれ変わるんです。ワイアットへの想いだけ持って』


__クリスティーナ……。


『きっと、王妃様に会いに来ます。だから、もう陛下を許してあげてください。いえ、陛下を誰よりも愛している自分を許してあげて。もう、苦しまないで下さい』


__クリスティーナ……。


『王妃様、辛かったでしょう? この世で一番愛しい人を憎むなんて。でも、きっと全てを忘れて皆が幸せになる日が来ます』


__クリスティーナ……。


『きっと王妃様に会いに来ます。そしたら、信じて下さい。これは夢でも王妃様の願望でもないと』


__待って、クリスティーナ!!


『王妃様、きっと会いに行きます』


不思議な夢だった。

でも、この夢は私の心を救った。


そして、この夢を見た後から私には幸せな事ばかりが起きた。

まず、私とルーカスの溝が埋まった。


クリスとフローラの結婚式のお礼を言いにルーカスに会った。その中で分かった、ルーカスも苦しんでいたと。陛下と私と、そしてクリスティーナとの温かな思い出に。幼いルーカスの心は乱れていた。優しかったクリスティーナの子のクリス。愛する父と母のどちらを信じるべきかと。


ルーカスもまた大人達の複雑な事情に心を痛めていたのだ。


時が経ち、ルーカスは結婚し子供を儲けた。そのあたりからクリスへの罪悪感が生まれてきていた。

意外にもアルフもそうだったようだ。彼は奥方に愛されていた。そして彼も奥方を愛した。


それぞれに、愛と幸せを知ってクリスへの感情も変わってきていたのだった。

そして、陛下に対して疑問を持つようになった。クリスティーナの死も。

ルーカスは誰が間違っていたか犠牲になったのかハッキリと気づいたのだ。

だからクリスとフローラの事を認めクリスに謝罪をしたのだ。


さらに、フローラの結婚式後、エレアノーラにも会えるようになった。

色々な話をする中でエレアノーラから、ワイアットとクリスティーナの話を聞いた。


……やはり、二人は愛し合っていたのだ。強く深く。

あれは、夢ではないのだろうか?


月日はさらに流れ、ひ孫たちが一人二人と増えていた。

そして、イライザとフローラは私にひ孫を見せに離宮に遊びに来てくれた。


長年、静かだった離宮に子供達の可愛らしい声が響く。

使用人達の笑顔も自然と増えていた。


王宮に私が遊びに行く時もあった。

こんなにも、穏やかで幸福な日々をまた送れるなんて。


ルーカスもエレアノーラも配偶者に恵まれた。

アーロンもフローラもクリストファーも。

……それだけで、幸せだ……。



そんな中、ワイアットが亡くなった。

その一年後にワイアットの義理の孫が生まれた。


フローラの親友が母親の様で、ワイアットの義理の息子夫婦は子はワイアットの生まれ変わりだと思っているらしい。


あの日の夢が本当なら……。


その数年後、フローラが第二子を産んだ。

離宮に子供を見せに来てくれた時。

フローラの腕に抱かれた赤子は私に微笑んだ。


「……クリスティーナ」


__きっと王妃様に会いに来ます。そしたら、信じて下さい。これは夢でも王妃様の願望でもないと


クリスティーナ、貴女は許してくれるの? 貴女を地獄に追いやった陛下……その陛下を、心の奥でまだ愛している私を……。復讐してしまうほど憎んでいたのは……愛していたから……あの人を誰よりも愛していたから……。


__陛下を誰よりも愛している自分を許してあげて。もう、苦しまないで下さい


クリスティーナ良いの?


もう一度、陛下に愛されて幸せだった日々を。

今度こそ、死が二人を分かつまで陛下を愛したいと。


それを望んでも良いの? 


__きっと全てを忘れて皆が幸せになる日が来ます


クリスティーナ……。











「クリスティーナ、今の貴女には守ってくれる人がたくさんいる……困ったら助けを求めなさい……きっと助けて貰えるわ……ワイアットと……幸せにね……」


ああ、愛する我が子も孫もひ孫も、その配偶者たちもいる。

皆、泣いてくれている。ありがとう、たくさんの幸せな温かい思い出を。

墓場のように静かで暗かった離宮を、子供達の笑顔と笑い声で満たし明るくしてくれて。


私の最後は愛しい人達に囲まれ、それぞれに別れも言えた。

陛下。貴方の最期と大分違う物になりました。


……陛下、これが人生の答えなのかもしれません。


だから陛下、迎えにはこないで。

最後の答えが覆る事はないから。


会わないまま永久(とわ)の別れをしましょう。

私達は全てを忘れて、初めからやり直しましょう。


お互いの愛だけ持って……。



今度こそ、あの日の誓いを守って……本当の本物の愛を……私に……。


















「見て下さい学園長。とても綺麗に薔薇が咲いています」


「はしゃぎ過ぎてはいけませんよ」


「もう!! 大丈夫です。学園長は、まだ私を生徒扱いするんですね」


「おや、生徒扱いは嫌ですか?」


「だって……私は今は学園長の妻で、お腹には子供だっているのに……」


「分かりました。生徒扱いはしません。だからもう、貴女も学園長と呼んではいけませんよ?」


「えっ? …………じゃあ、辺境伯」


「確かに近々領地に戻りますが……。もしや、私の名前を忘れましたか?」


「そんな訳ないですけど……」


「では、証明して下さい」


「………………クラーク」


「正解です。私の愛しい奥様」


そう言うと夫は赤い顔の妻をそっと抱きしめ頭を優しく撫でた。


「…………私。……今、人生で一番幸せです」


「私もです。……誓います。私は生涯貴女だけを愛すると」


「素敵な言葉です。何度聞いても」


「良かった。何度も言いたくなるので」


「「ふふっ。あはは」」



メイヤー邸の薔薇園に麗しい夫婦の幸せな笑い声が響く。


年上の優しい夫は一生涯妻だけを心から愛した。




そんな夫の最期に妻は手を握り「幸せでした」と、最愛の夫に別れを告げた。

彼の最期は愛する妻に手を握られ、家族に惜しまれた幸福なモノだった。






読んで良かったと思って頂けたら嬉しいです♪

沢山のブックマーク評価をありがとうございました。

今年最後の更新となります、良いお年を♪

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