王太后の追憶 1
お久しぶりです♪
おばあ様の話になるのですが、おじい様がとてもクズなのでご注意くださいませ
「国王陛下、崩御」
18歳の時に20歳の陛下に嫁いで、ちょうど30年。
息子のルーカスは28歳、娘のエレアノーラは……23歳。
そして、陛下のもう一人の息子……クリストファーは20歳。
本来なら3人の子供がいる陛下の枕元に駆けつける事が出来たのは王太子であるルーカスだけだった。
どこかで生きているだろうエレアノーラと学園で教師をしているクリストファー。
自分の父親の臨終に立ち会えなかった事、死んだ事をどう思うのだろうか。
陛下は、エレアノーラにだけは甘かった。だから、陛下はエレアノーラには看取って欲しかったろう。
可愛がった理由は私にそっくりだからだそうだ。
そして、クリストファーは……あの子も自分の母親にそっくりだが、だからこそ女の子では無かったあの子に陛下は惨い程に関心を示さなかった。
「王妃様、顔色が……」
そう心配してくれたのはワイアット・ルクレールだった。
「大丈夫よ。 薔薇を……青い薔薇を用意してくるわ」
私はそう言って、数分前に息を引き取った夫の部屋から出た。
「おばあ様、おじい様は亡くなったの?」
廊下に出ると、王太子妃と孫のアーロンがいた。
ルーカスは二人を大切にしていた。だからこそ、陛下の最後に立ち会わせなかった。
陛下は良い義父でも良い祖父でも無かったから。
「ええ。おばあ様は青い薔薇をおじい様の為に用意しなくてはいけないの」
「一緒に行きたい」
「これは王妃の仕事なのよ、おばあ様が一人で行くわ」
何と言っていいか分からない風の王太子妃と、寂しそうな顔をする幼いアーロンにそう言って私は王宮の庭に行く。
護衛の騎士を近くに待たせ、壁に呪文を言い青い薔薇園に入る。
ここは、一年中青い薔薇が咲き誇っている。
温度も何故かここだけはいつも一定だ。
初めてここに連れて来てもらった日と全く一緒だ。
『姫、ここは王族しか入れない場所だ。今日から貴女は私の妃。貴女も自由にここに入れる』
『まあ、とても素敵な場所ですわ。青い薔薇がこんなに見事に咲き誇って』
『ここは一年中そうなのだ』
そう言うと、陛下…王太子は青い薔薇を一輪とって私の髪に挿した。
『良く似合う』
余り表情を出さない王太子が微笑んでくれた。
いつもは冷たい様に見えた青い目が、その日はとても温かく見えた。
『ありがとうございます』
『姫、私は誓う。生涯貴女だけを愛すると』
そう言って王太子は私を抱きしめた。
美しい青い薔薇に囲まれて、薔薇の甘い香りに包まれて、銀色の髪に深い青の瞳の冷たい美貌の王太子が……意外にも優しく私を抱きしめてくれる……きっと、私はこの方に愛されて幸せになれる……そう思った。
結婚して二年後、私は王太子にそっくりな王子を産んだ。そして、一年後、義父である王が崩御され、王太子は王となり、私は王妃になった。
初めての子育てと、王と王妃になった私達は忙しかったが、お互いに支え合い愛に溢れる夫婦生活をしていた。
『大分、落ち着いてきた。ルーカスが産まれて4年近くなるか。そろそろ二人目が欲しいな』
寝所で、私を優しく抱きしめながら陛下は言った。
王と王妃になったばかりの私達は、第二子のタイミングを見計らっていた。幸い第一子は王子だったので慌てる事も無かったのは幸運だったと思う。
『そうですわね。今度も陛下に似た、美しい王子がよろしいかしら?』
私が微笑んでそう言うと、陛下は私の両頬を両手で挟み真剣な表情で言う。
『第一子は私の望み通り王子だった。次も私の望み通りになるなら、お前に良く似た姫が産まれてくるはずだ』
『そうですか。そうなるとよろしいですわね。でも、どんな子でも私は楽しみですわ』
『いや、誰よりも美しいお前に似た王女だ』
そう言うと、陛下は私を組み敷いて情熱的に私を愛した。
そして、一年後。陛下の言う通り私に良く似た王女が産まれてきた。髪の色は王家特有の銀色だった。
『赤子とは、こんなにも可愛らしかったか?』
生まれたばかりのエレアノーラを陛下は愛おしそうに優しく抱いている。
『5年ぶりの赤子ですし、初めての女の子ですから……』
私がそう言うと、陛下は私をジッと見つめる。
『顔色が悪いな。やはり久しぶりの出産は堪えたか?』
『申し訳ありません……』
『大事にしろ。眠った方が良いな』
陛下はエレアノーラを乳母に預け私の頭を撫でた。
『陛下、私は赤子ではありませんよ……』
私がそう言うと、陛下は真面目に言った。
『そうだ、お前は赤子では無い。私の妻で王妃だ。だからこそ、大事なのだ』
陛下は余り甘い言葉は言っては下さらないが、結婚して今日まで不器用でも私に対して愛情を持って接してくれている。
『ありがとうございます。では、お言葉に甘えて……』
実は私は限界まで我慢していた。ベットに横になってしゃべるのも大変な程。二度目の出産は一度目とは比べ物にならないくらい難産だった。
本当はすぐにでも眠りたかったのだけれど、陛下が望む通り私に似た王女を見せるまでは……と、頑張っていたのだ。
(ああ、大変だったけれど…それ以上にとても幸せだわ)
陛下の大きな手で頭を撫でられ、王女を陛下に見せられた安堵で私はすぐに眠りについた。
陛下はルーカスも陛下なりに可愛がっていたが、エレアノーラは傍目にも分かるくらい可愛がっていた。
『王妃もこのように可愛らしかったのか……その頃のお前に会ってみたいものだ』
『陛下ったら。私達は幸せですね。私はルーカスの姿に昔の陛下を見れて、陛下はエレアノーラの姿に昔の私を見れるのですもの』
『もっと早くお前と婚約したかったな。しかも、お前は他国の姫だったからな。婚約してからもなかなか会えなかった』
『これでも、母がこの国の出身ですので、なるべく陛下に会いに頑張って来たつもりでしたが』
私の父は他国の王で、王妃である母はこの国の公爵家の令嬢だった。婚約したのは私が16歳の時。
婚約してからは祖父母の家に泊まると言う目的を作って、陛下に会いに行ったりお忍びで来ていただいたりしていたのだった。
『足りなかった』
不機嫌そうに言う陛下に、私は笑みを抑える事が出来なかった。
『今、こうして毎日お側におりますのに……』
『今のお前も未来のお前も過去のお前も全部見たい』
真面目に言う陛下に私は今度こそ声を上げて笑った。私だけを不器用に愛してくれる、私の愛しい陛下。
冷たい風貌なのに何故か可愛らしい不器用な陛下。
私は今、人生で一番幸せだ。
あの日、確かに私はそう思った。そう思ったのに。
……私はエレアノーラを出産してから、体調を崩す日が増えてしまった。
『王妃様、果物か何かお持ちいたしましょうか?』
私にそう聞いたのは……クリスティーナ。
献身的に私とルーカスとエレアノーラに仕えてくれた、可愛らしいクリスティーナ。
「……痛いっ」
無心で青い薔薇を素手で摘んでいた私は、痛みで過去から現在に戻ってきた。
ここから先は思い出してはいけない……なのに。
『メイド長……クリスティーナは、まだ体調が戻らないの?』
『……ええ』
『心配だわ。ワイアットに診て貰いましょう』
『……もう、診て貰っております』
『そう、良かったわ。なら、すぐに治るでしょうけど、無理はしないように言ってちょうだい』
『……王妃様……クリスティーナは……もう……』
真っ青な顔のメイド長に私は最悪の結果を想像した。
『ワイアットにも治せない病気だと言うの!?』
『……病気ではありません』
『……? どういう事?』
『……王妃、これからお聞かせする事を……冷静に落ち着いて聞いて下さいませ……初めに言います。クリスティーナは死にたがっています』
『!! 死にたがっている? どうして?? 最近は暗い顔の日もあったけど、あの子は楽しそうに一生懸命働いていたのに……』
『……クリスティーナは……クリスティーナは本当に王妃に心を込めて誠実に仕えてきました。それは分かって下さいますか?』
『もちろん!! 分かっているわ。何があったのあの子に??』
『王妃……落ち着いて聞いて下さい。クリスティーナのお腹には……。……陛下の御子が……』
メイド長は顔を伏せ目をつぶり、絞り出すような声で言った。
『クリスティーナノオナカニハ ヘイカノミコガ』
何を言っているのだろう、意味が……音は分かるのに意味が分からない。
『……クリスティーナは……陛下に……。それ以来、クリスティーナは満足に食事をしません。そして……妊娠が発覚してからは王宮を出て行きたいと……でも、陛下が許しませんでした。クリスティーナは……殺して!!と。お腹の子も自分も殺して!!と、言いました。今、彼女は王宮の一室に居て貰っています』
『……どうして? どうしてそうなるの?』
メイド長の話から、クリスティーナは王に懸想していた訳では無い。むしろ……あの幼い体を無理に陛下が……。しかも……監禁されている? ああ、あの子が笑わなくなったのはいつだったか……。
どうして、どうして、どうして、どうして。
『ルクレール様が仰るには、危険な出産になるだろうと。ルクレール様が何とか治癒魔法で生かしているのですが……クリスティーナはほとんど食事をしません。食事をしないと、いくらルクレール様が治癒魔法を施したとしても……』
『……クリスティーナ……』
『王妃様!! 王女様が一人でお立ちになりました』『王妃様!! ルーカス王子が今日、転びそうな王女を助けたのですよ。お優しいお兄様におなりになりました』『王妃様、お庭に咲いていた美しいお花を頂きました。確か、王妃様がお好きなお花ですよね』
これは、つい最近だった様に思う。
あんなに、あんなに楽しそうに明るく笑っていたのに……。
青い顔をしていた。最後にあったあの子は……そうだ、少女らしいふっくらとした頬だって痩せて……。
あの子は限界まで、私に気づかれないように……無理をしていたのだ……。
でも、どうして??
陛下は私を愛して……そして、クリスティーナも私を敬愛してくれていて……。
……陛下……なぜ? なぜなのですか……!!
『クリスティーナに会わせて』
『……それは出来ません。あの子に会えるのは私とルクレール様と……陛下だけです。それに、今王妃様に会ってしまえば……あの子はどんな手段を使っても死ぬでしょう』
『……あの子を……あの子を守って』
『……はい。王妃様』
クリスティーナ……ああ、これは…これは本当の事なの?
少し前までクリスティーナは幸せそうに微笑んでいて、私だって幸せだと……私は今、人生で一番幸せだと思ったばかりだったのに……。
『どうした? また、体調が悪いのか?』
その日の夜に、私を優しく抱きしめながら陛下が聞いた。
『……違います。クリスティーナの事を聞きました』
『そうか』
そう言って、陛下は私に口付けをする。何故?
『……陛下!!』
『妬いているのか?』
『!! 陛下、そう言う問題ではありません。どうしてですか? どうしてクリスティーナを!!』
『まあ、私なりに考えがあってな。お前が心配する必要など無い』
そう言って、私の体を弄る。
『……!! お止め下さい!!』
『やはり、妬いているのか? 安心しろ。大事なのも愛しているのもお前だけだ。だから、クリスティーナを選んだのだ』
『それは、どういう意味なのです?』
『青い果実は何度食べてもやはり不味かった。お前で口直しさせてくれ』
『!! 陛下!! 何をおっしゃって!!』
『私に取って、あのメイドとの事は仕事の様な物だ。メイドにとっても有難い話だろう。それなりの情けはかけてやった。それに、お前の為に苦痛に耐えたのだ。お前は私の妻だろう? ご褒美をくれても良いだろう?』
何を……この人は何を言っているのだろう。
私が大事で愛してるからクリスティーナを選んだ?
仕事?苦痛?ご褒美?
『陛下!! クリスティーナは!!』
死まで考えているのですよ!! そう続けようとした私に、陛下は深く激しく口付けをした。そのまま唇を離さずに私を愛した。
圧倒的な力で私を愛する陛下。
……ああ、あの子も……あの子もこうやって陛下に……。
今、私は初めて陛下に恐怖を感じている。
でも、あの子の恐怖に比べたら……。
あの子は、こんな風に扱われるようなことは何もしていないのに。
陛下に何度聞いても答えはこの日と一緒だった。
こんなにも会話が通じない日が来るなんて。
そして、クリスティーナが出産する日が来た。
『クリスティーナが出産しました』
『無事なの? あの子もお腹の子も??』
『生まれてきた王子は健康そのものです……。ですが、クリスティーナは意識が戻らず……』
『……!! なんてこと……私をクリスティーナの元に』
『お母様? どこに?』
『……エレアノーラ、乳母と共に待っていなさい』
意外にもクリスティーナの閉じ込められていた部屋は、私達の寝室と同じフロアだった。
しかし、とても目立たない場所にあった。
メイド長が二重の鍵を開け扉に手をかける。私はその部屋の中に入る。
清潔ではあるが簡素な部屋に青い顔をして眠っている少女が見えた。
『……クリスティーナ……』
ああ、こんなに痩せてしまって……。
『王妃様……王子です』
ワイアット・ルクレールが私に赤子を渡す。
母親がこんなに細いのに、この子は丸々と健康そうだった。
『貴方が産婆の真似事を……?』
『ええ。この件は極秘ですので』
『そう。この子はどうなるのかしら……』
『この子は……恐れながら第二王子で、瞳の色も稀にみる深い青です。どうか、王子として相応しい教育を……』
『そうね。この子を守らなくては』
ああ、この子の重み……そして、穢れの無さ……。
クリスティーナはこの子を守れないだろう。ならば、私が守るしかない。クリスティーナは私付きのメイドであんなにも私に尽くしてくれていたのだから……。
『……クリスティーナは? 目覚めないの?』
『命に別状はありませんが、二時間以上意識が戻りません』
『この子に乳母はいるの?』
『いえ……なので、砂糖水を飲ませましたが……出来るだけ早く乳を飲ませませんと……』
『……乳母も用意していないなんて……』
陛下、貴方は一体何がしたいのですか……!!
だいぶ前に書いていたのですが、クリスティーナ達が幸せになった後になら大丈夫かな?と、思いきって載せてみました♪
楽しんで頂けたら嬉しいです、たぶん3話で終わると思います♪




