悪役令嬢の結婚式 3
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「……フローラさん。貴女はいつも私の欲しい言葉をくれますね。初めて会った時から……」
涙に濡れたイライザ嬢はとても美しく見える。
私はハンカチで彼女の涙を拭いた。
「イライザさん、貴女も初めて会った時から優しくて強くて賢くて努力家でした。きっと、素晴らしい王太子妃になります」
「これからも、私を支えて下さい」
「……もちろん、私は「聖女の魔法」を使える者として、夫と共に貴女を支えます。でも、イライザさん……いえ、王太子妃。私が貴女を助ける事があっても、逆はしてはいけませんよ」
「…そんな!!」
「もう、充分です。フローラとして充分以上に私は貴女に助けられてきた。これからは貴女は王太子妃として王太子と国と国民の事を第一に考える事が貴女の新しい本当の人生なのです。私が言いたいこと、王太子妃には分かるはずですよ」
私もイライザ嬢もゲームとは全く違った結末を迎えた。
だからこそ、私はもうヒロインじゃないし、貴女も悪役令嬢なんかじゃない。
「……私達、ずっと一緒だって……」
「一緒ですよ。ずっと一緒です。ただ、私は臣下で貴女は王太子妃という事です」
「でも……」
「大丈夫ですよ。私は自分も貴女も守って見せます。私の夫だって「聖女の魔法」を使えるんですよ。夫婦で貴女を自分達を守って見せます。だから、王太子妃は王太子と国と国民の事を第一に考えて下さい」
これが、私達の正しい未来だ。貴女は今度こそ自分が主人公の人生を歩むべきだ。
「フローラさん、忘れたんですか? 貴女の夫が全てを手放して守ったものは王家も全力で守ります。どうか、フローラさんと幸せになってくださいと、王太子である私が言った事を。イライザも王家の一員になりました。フローラさんや学園長、そして貴女の家族、近い未来生まれて来るであろう子供を王家は、イライザと私は全力で守りますよ」
アーロンが言う。アーロンの目は何故か潤んでいた。
「……フローラさん、イライザと貴女が仲が良過ぎる事、最初は戸惑いました。イライザが『フローラさんが幸せにならなければ私も幸せにはならない』と、言う度にうんざりした事もあります。でも、今日の貴女達を見て考え直しました」
アーロンは何時かの様に冷たい声では無かった。
「イライザは完璧な令嬢です。兄であるニールに対しても、妹というより母の様に接していました。だから、イライザが普通の少女である事を私達は忘れていた。でも、フローラさん、貴女は気づきイライザを支え守ってくれたのですね。貴女の夫は王家の犠牲者だ。なのに学園長という政治とは無関係な場所で有益な人材を育ててくれた。そして、彼が一番に守って来たフローラさんは私の一番大切な人を守ってくれた。そんな貴女達を守らないなんて出来はしません。私もイライザも」
私達はイトコだが他人より遠い存在に思っていた。
でも、今日のアーロンが私に向ける眼差しも言葉も親しみに満ちていた。
「アーロンの言う通りです。私達は変わらない。臣下とかそんな事…言わないで。貴女が私を守るなら、私だって貴女を守ります。ずっと一緒です。私達の関係もずっとずっと……」
イライザ嬢は必死に言う。
「娘の想いを分かって頂けませんか?」
宰相が言う。
「今日のイライザとフローラ嬢の様子は私にとっても金槌で頭を殴られた様な思いがしました。イライザは本当に小さい時からしっかりしていた。私は娘を子供として扱っていなかったと気づきました。だから、イライザにすべて任せてしまっていた。息子であるニールの事も、家の中の事も……寂しくない訳が無かった。心細く無い訳が無かった。誰かに助けて欲しかった事もあったでしょう」
宰相は小さくだが優しい笑顔を私に向けた。
「フローラ嬢。それをイライザと同い年の貴女がしてくれた。父親として情けない限りですが、ありがとうございます。貴女は自分を臣下だと言ったが、やはり貴女は王女のご息女であり「聖女の魔法」も使える特別な方です。だからこそ、対等な立場でこれからもイライザと接して頂きたい。もちろん、王家が貴方達を守るのならば宰相である私もそうです。それ以外の者達も。息子のニールだってそうです」
宰相は隣にいる息子に目を向ける。
ニールは複雑そうな顔をするだけだった。
「……ニール、貴方、今でもフローラさんに意地悪な態度を止めないつもり?」
イライザ嬢が怖い声で言う。
マズイ、ここは誤魔化さないと。
「イライザさん、ニールさんはこの間の誕生日パーティーの時、絡まれていた私を助けてくれたんですよ。だから……」
「そうなんですか。なら、ニール。貴方もフローラさん達を守ると言いなさい」
本当にイライザ嬢は母の様にニールに言った。
「……それより、イライザ。涙で顔がグチャグチャだよ。フローラさんも。二人共化粧を直した方が良いんじゃないの? 美しい二人がそんなんじゃ、皆がっかりしてしまうよ。僕が呼んでくるよ」
そう言うと、ニールは控室から出て行った。
「「ニール!!」」
イライザ嬢と宰相が同時に言った。
「ニールは、まだフローラさんが好きなんだろう。でも、ニールだって分かっているさ。未来の宰相としての自分の立場を」
アーロンが言う。
「あの子も早く身を固めないとね」
イライザ嬢が言った。二人共、ニールが私に片思いをしていた事は知っている。
だけど、それ以上には思っていない様だった。
ニールは本当に私に向ける顔とイライザ嬢達に向ける顔が違うんだな。
「未来の宰相として厳しくしてきたつもりだったが…」
宰相が独り言の様に言った。
しばらくするとメイクの方が来て私とイライザ嬢の化粧を直してくれた。
ニールは現れなかった。
◇◇◇◇◇◇◇
そして、宴が始まった。
一番奥の一段高い場所に、王太后・王・王妃・王太子・イライザ嬢が豪奢な椅子に座っている。
そこで、色々な方から祝福を受けている。
旦那様が言った通り、豪奢な椅子が並べられている両脇には見事な青い薔薇飾られていた。
おばあ様は久しぶりの王宮でアーロンとイライザ嬢の為に色々な思いを込めて飾ったんだろうなぁ。
私達は比較的最初にお祝いの言葉を述べる事が出来た。
そして今は旦那様とピッタリくっ付いて扇で顔を隠し宴に参加中だ。
「スゴイ…とっても広い場所ですね」
「そうですね、これだけの人が居ながら、食事や飲み物のテーブルも不足なくあって、ダンスをする場所さえありますからね」
「アナやベルやミラに会えるのかな…」
「ちょっと、難しいかもしれませんね」
でも、旦那様とベッタリしてなきゃいけないからなぁ。
親友達はベッタリする理由を知ってはいるけど、それでもチョット恥ずかしさはあるなぁ。
「また、私達の邸に遊びに来てもらって、その時にでもゆっくり話すようにします」
魔術省に勤務する事になっても毎日行く訳では無い。
旦那様が仕事で、私だけ休みの日もあるから、その時にミラやベルに邸に来てもらおう。アナも、もしかしたら私と同じ日が休みになるかもしれないし。
それにしても今日は旦那様とベッタリしているせいか、この間の様に卒業生の女性陣が近づく事も無い。
たまに旦那様が頭に口付けてくるのは近くに来た卒業生への牽制かもしれない。
旦那様は卒業生の顔と名前を全部知っているみたいだから。
分かっていても恥ずかしいな。自分の為にも扇を持っていて良かった。
本当、心からそう思う。旦那様の気持ちも大事だけど私もそんなに鋼の心では無いからな。こんな人前でイチャイチャなんて元々するキャラじゃないし私達。
でも、なんやかんやで旦那様は器用なので上手にこなしてくれているから助かる。
こういう時、旦那様のシレッとした態度は頼もしいな。
おばあ様ともお話はしたいけれど無理だし、仲良し夫婦アピールだけでこの会場に居るのも結構大変だな。
「もうしばらく我慢して下さいね、フローラさん。もう少ししたらテラスの方に休憩に行きましょう」
「テラスからお庭に出ても良いですかね?」
「……そうですね。状況次第では良いかもしれませんが」
旦那様と小声で話している時だった。
「学園長、お久しぶりですね。6年ぶりでしょうか? このような場所でお会いするのは初めてですね」
見事な金色の髪と、同じくらい見事な金色の瞳をしたギリシャ神話の神の様な男性が話しかけてきた。
「本当にお久しぶりですね。エティエンヌ殿下。ご健勝そうで何よりです」
金色の瞳って初めて見た…って思ったら殿下か…どこかの王族の方かな?
執事っぽい人が二人くらい付いているしやっぱり王族?
この辺ではあまり聞かない名前だけど。
「留学中は本当にお世話になりました。お隣の方は奥方ですか?」
「ええ、妻のフローラです」
旦那様がそう言ったので私は礼をした。
「奥方の噂は遠い我が国にも聞こえていますよ。伝説の「聖女の魔法」を発動され、学園と生徒たちを竜巻から守ったとか……」
やっぱり、遠くの国にも知られちゃってるのか…。
「そうですか、それは光栄な事です」
旦那様が言うと、エティエンヌ殿下が私に微笑みかける。
「その様な才能に恵まれた奥方で羨ましいですね。しかも、美貌の方は噂以上の様だ。扇で隠さず見せて頂きたいものです。私達は同じ学園の卒業生ですし、これを機会に親睦を深めるのも良いのでは?」
「申し訳ありません、殿下。妻は大変な人見知りで……」
旦那様が穏やかに言ってくれる。
「仮にも一国の王太子に失礼ではありませんか?」
執事っぽい人が言ってきた。
王太子なんだ。失礼な事をしたらお祝いの席が台無しになる。ココは作戦通りにしないと。
「……実はここだけの話にして頂きたいのですが……妻は最近、匂いに敏感になっていまして。扇で顔を隠すのは吐き気を我慢する為でもあるのです。おめでたい話だと良いのですが」
旦那様が声を潜め申し訳なさそうに言う。
「……そうでしたか。私の部下が出過ぎた真似をしたようですね。もし体調が良ければもっと奥方とお話をさせて頂きたいのですが……」
それを聞いて、私は少し目を閉じて俯く。
「……フローラ、大丈夫ですか? 殿下、申し訳ありません。妻を少し休ませたいので……失礼致しますね」
そう言って、名残惜しそうな殿下の返事を待たずに私達はテラスの方へ向かった。
他国の王族関係の方がちょっかいを出して来たら、こういう風に逃げるのは決めていた。
国内の方なら「聖女の魔法」を使える私に強い態度には出れない。
他国の王族や有力者も「聖女の魔法」を使える私が妊娠しているかも……と、いう事なら強引には出来ない。もし、私やお腹の子に何かあれば国際問題になるから。
他国の方だし妊娠は勘違いでした…でも、大丈夫だろう。
今日以外で他国の王族に会うなんてめったに無いし。
「やはり、フローラさんの能力や美貌は他国にも知れ渡っているのですね」
「……あの方は珍しい瞳の色をされてますが、どこの国の王太子なんですか?」
「あの方は、ここから遠く離れた南の国の小国クリューソスの王太子なのですが、彼の国はダイヤモンドと金の産出地なので豊かなんですよ。そして、王族特有の黄金の瞳は火と風の魔力が強いのです。ですが、最近は黄金の瞳の王族の方は少なく、我が国の魔術の方が優れているので留学されていたんですよ」
「そうなんですか」
「噂はきっとフローラさんが「聖女の盾」を発動した時にもう知れ渡っていたんでしょう。彼も卒業生ですし、他の国より早く正確に知っていたかもしれませんね。魔力が強く伝説の魔法を使える美しいフローラさんを妃に狙っていたんでしょうが、まさか卒業と同時に私と結婚するとは思っていなかったんでしょう」
なるほど、在学中に旦那様と婚約して卒業と同時に結婚した事は、そういう風に思っていた他国の人対策にはなっていたんだなぁ。意図はしてなかったけど。
ちなみに、美貌とか美しいという言葉には私はもうツッコまない事にしている。
諦めました。
「本当に、そういうお話が来る前に旦那様と婚約が出来て良かったです」
「……普通の令嬢だったら良い縁談なのでしょうが、フローラさんはそうではありませんからね」
「そうですね。物凄く贅沢が出来るとか言われても絶対に嫌です」
「…そうですね。まあ、彼も学園に居た頃は「黄金の君」と呼ばれて人気がありましたが、フローラさんには全く関係のない事ですね」
私の事を良く分かっている旦那様は少し苦笑して言った。
一国の王太子に不敬かもしれないが、良い縁談で良い方なのかもしれないが、正直興味も無ければ結婚なんてしたくない。結婚した今も興味を持ってるっぽいのも正直迷惑だ。
両国の友好の為にも諦めて頂きたい。
逆に私みたいな男性嫌いと結婚しない方が彼の為だろう。
「私は旦那様だけに好かれていればいいので。本当に関係ないですね。申し訳ないですが」
「……変な意味では無いのですが、フローラさんは欲が無いですね」
「そうでしょうか。欲はありますよ。旦那様の意思すら無視して旦那様を落とそうとしたんですから」
私が笑って言うと、旦那様も笑った。
「そうですね。私は欲を我慢していましたが、意外とフローラさんは欲望に忠実なのかもしれません」
「そうですよ。私は旦那様を絶対に諦めない欲深い女なんですよ」
私が悪人ぽく言うと、旦那様は本当に楽しそうに笑った。
「私は諦めが悪くて、諦めが早い複雑な女なのです」
さらに私が言うと、旦那様が私を抱きしめた。
「……そうですね。諦めが悪くて諦めが早い貴女を私はずっと側で守りますよ」
「……元々、旦那様は私を守ってくれていたのに、今日はたくさん守ってくれましたね」
「ご褒美は貰えるのでしょうか?」
「……何が欲しいんですか?」
「もちろん、フローラさんですよ。分かっているでしょう」
「そうですね。予想通りでした」
私達はクスクスと笑い合った。
すると、旦那様が耳元で小さい声で言った。
「フローラさん、誰か来ます」
じゃあ、このまま抱き合ってラブラブを演出する感じですか。
顔は庭の方に向けているから大丈夫だろう。
「僕の目論見は、全て外れてしまいましたね」
……ニールの声だった。
私は扇を用意する。旦那様は抱きしめるのを止めて、私の腰を引き寄せ二人でニールに対峙する。
「でも、一度だけでも学園長に嫉妬して貰えたのは嬉しかったですよ。学園長の嫉妬で貴方達夫婦に付け込めたらもっと良かったですが」
ニールが笑顔で言う。テラスには私達しかいないせいかストレートな言い方だ。
「フローラは私以外の男性が本当に無理なんです。ずっと嫉妬して隙を作る訳にはいかないのですよ。フローラは私以外の男性に無体をされたら躊躇なく死を選んでしまうので」
旦那様はいつもの様に穏やかな笑顔で似合わないセリフを言った。
たぶん、聞こえる位置に誰もいなくても遠くで見てる人がいるかもしれないからだろう。
「……イライザが悲しんでも?」
「イライザさんが悲しんでも死を選ぶわ。でも、イライザさんを悲しませたくないから死を選ぶ様な状況にはしない。だから、イライザさんにも控室で言ったわ『夫婦で貴女を自分達を守って見せます』って」
旦那様を見習って私も笑顔で言った。
まあ、旦那様に見せている笑顔じゃ無いだろうけど。
「……僕の負けだね。僕は本気で君の夫になるべきなのは学園長以外だと思っていた。ソルなら許せたよ。でも、ソルは僕と真逆だ。学園長以外に君に相応しい人はいないと言っていた。そして、ソルが正しかったという事だね」
ニールは見た事が無い笑い方をした。自分自身を笑っているのだろうか?
「長い目で見たら学園長と君の結婚は、君の為にもイライザの為にもならないと思った」
お母様が心配した事と一緒で、お世継ぎ問題の事だろうか。
「万が一、イライザに子供が出来なくても僕と君が結婚していたら僕らの子供が次の王になれる。僕と君の子なら、イライザは傷ついたりしないだろう。アーロンが側室を迎える事も無い」
確かにその通りだ。
私も王家の血を引いているのだから。
それに攻略者ルートなら王女の娘とバレる事になっていたはずだ。
「でも、君達夫婦は複雑だ。どちらか片方の秘密がバレるだけならいいが、両方なら問題は複雑化する。そうなると、アーロンに側室を迎えた方が問題はシンプルに解決する」
旦那様は王の弟で私が王の姪。叔父と姪と言う関係が知られれば確かに複雑だ。
なるほど、思った以上にニールは宰相の息子でイライザ嬢の兄なんだ。
「妹であるイライザさんが悲しまないようにフローラさんを手に入れようとしたのですか? ですが、そこまで考える事が出来る貴方なら分かったはずです。貴方の解決策では、イライザさんをより深く悲しませるだけだと」
旦那様が微笑んで言う。他人が見たら優しい笑顔だが、私にはとても怖く見えた。
「そうですね。フローラさんは僕の子を産む以前に死を選ぶ。そうなれば、アーロンは側室を迎えるしかなく、イライザはフローラさんをも無くしてしまう。イライザの為には最悪の結果しか生まない」
そして、ニールも苦しそうな笑顔をした。
「アーロンの言う通りだよ。イライザは僕にとって妹と言うより母だったんだ。だから僕は母がいない事に寂しさも心細くも無かった。ずっとイライザに甘えて来たんだ。今日、イライザとフローラさんの関係を改めて知って良かったよ。イライザの為と思った事はイライザの不幸にしかならないと分かったから」
ニールは私に執着していたんじゃなくて、イライザ嬢の幸せに執着していたんだろうか。
「フローラさん『僕は永遠に君の特別』かな?」
「そうですね。『イライザさんにとって貴方が良い兄なら、私にとって貴方は少しだけ特別ですよ』」
卒業式のやり取りだ。
「イライザの幸せの為に将来の宰相として貴方達夫婦と家族を守るよ」
ニールは無理やり笑う子供のような表情をした。
「……でも、学園長がいれば必要ないのかな。さっきもエティエンヌ殿下から助けようと様子を見ていたけど僕の出る幕なんて無かった」
「正直に言って、最大の敵である貴方が味方になってくれたら私達は心強いですよ」
旦那様がいつもの様な穏やかな口調で言った。
「……そうですか。フローラさん、君がイライザを守ってくれたように僕も君を守るよ。フローラさん、イライザの為に永遠に学園長と幸せでいてよ」
ニールは意地悪そうな笑顔で言った。
「そうね。貴方もイライザさんの為に幸せになったら?」
私も意地悪っぽく言った。
「……そうだね。僕の幸せは幻だったから本物を見つけるよ。ソルを見習って君を陰から見守りつつ新しい恋を探すよ」
そう言って笑ったニールの顔は、前世の長兄にはもう似ていなかった。
「フローラさん……じゃあね」
ニールはテラスから去って行った。
「ニールさんは私に執着してたんじゃなく、妹思いのお兄さんだったって事ですかね」
「どうでしょうね。貴女への執着は妹の幸せの為、イライザさんの幸せは貴女の幸せだと思ったと言いたかったんでしょうが……」
「じゃあ、妹の幸せの為に私に執着していたなら、妹思いのお兄さんなんじゃないですか?」
「彼は嘘は言っていないでしょう。ですが、可能性の極めて低いイライザさんの不幸が前提なのは分かりますか?」
「……そうですね。しかも、私だって子供が産めなければ意味が無いですしね」
「彼も自分の狂気や執着を正当化しようと必死だったのでしょう。ですが、今日のイライザさんとフローラさんを見て正気に戻ったのでしょう」
旦那様は、ため息交じりに言った。
「彼の言っている事は、私達が結婚している時点で無理です。イライザさんは貴女が私以外の男性は無理だと知っていますし、貴女の犠牲より側室を求めるでしょう。王太子だって側室より私達の子や傍流の子を養子にしたりするでしょう。彼だって分かっていたはずです。彼は執着故に、矛盾だらけで誰も幸福にはならない道を正しいと思い込もうとしたんです」
……ええ、それだと結局は私に執着していたって事……。
そう思っていたら、旦那様が困ったように笑った。
「フローラさん的には、ニールさんは度が過ぎた妹思いという事にしたかったのですね」
「そうですね。その方がニールさんを見直せたのに」
「本当にフローラさんは私以外の男性の好意は要らないのですね」
「友情的な物ならいいですが、女性として求められたいのは旦那様だけです」
「何というか、怒ったように言う様なセリフでもない気がしますが……」
私は怒った様な顔をしているのか。
「気持ちは分かります。貴女の心を理解出来ない男性の方が多いでしょうからね。ですが、今日のイライザさんとのやり取りを聞いて、王太子も宰相家もこれまで以上に貴女を守る事に心血を注ぐでしょう。その態度が部下達の士気を高めるでしょうね。イライザさんとフローラさんはずっと一緒に幸せになれますよ」
「なるほど、そう考えたらいいんですね」
「そうですよ。イライザさんとフローラさんの強い絆は、貴女達二人を守る強固な盾になったんですよ」
「そうですね……」
ニールは敵では無くなり、王太子と宰相にとって私は義務で守る相手では無く、特別なイライザ嬢の特別な私として守られるのか。
宰相は私に対して複雑な思いもあっただろうし、王太子は私に嫉妬していたみたいだし、ニールは私に執着していた。それが、思いかけず良い形に収まったのか。
「一番の難問は解決しましたが、気を緩めないようにして下さいね」
「そうですね。一緒に頑張りましょう旦那様」
その後は比較的穏やかに宴を楽しめた。
イライザ嬢の一番大切な日は、私達にとっても特別な日になった。
奥の席に座る、イライザ嬢の幸せそうな笑顔を見て、その周りのおばあ様、王、王妃、アーロンの幸せそうな笑顔を見て今日の日を振り返った。
ニールは自分の執着に決着を付けた。これからはむしろ私達を守ってくれる味方になった。
イライザ嬢の立場が脅かされることもない。それだけは絶対に防ぎたかったから本当に良かった。
彼は私にだけドSなのかな? なら、いつかニールにも素敵な出会いがあるのかもしれない。
そして、宴が終わり邸に戻った。
はぁ……色んな事があった特別な長い一日だった。
お風呂にゆっくり入って早く寝たい。
そう思っていた私を、旦那様が抱きしめて服を脱がしお風呂場に運ぶ。
「フローラさん、ご褒美を頂けますか?」
天使のような旦那様の笑顔は悪魔の様に魅力的だ。
逆らえる気がしない。
「どうぞ、好きなだけ……」
そして、どんな時でも旦那様の愛に答える事に迷いが無い自分も怖い。
私達は口付けを交わしながら、旦那様は私の下着を私は旦那様の服を脱がした。
私達の特別な一日は甘く長く続くみたいだ……。
悪役令嬢の結婚式、完結いたしました。
楽しんで頂けたら嬉しいです♪




