悪役令嬢の結婚式 1
イライザ嬢の結婚式です♪
五月の爽やかな風と若葉の緑が瑞々しい晴天のこの良き日、私の大切なイライザ嬢が結婚する。
王都で一番歴史が深く、王家にも関わりが深く大きく豪奢な大聖堂で王太子とイライザ嬢の結婚式が執り行われるのだ。
私と旦那様はもちろん夫婦で招待を受け出席している。
他国の王族や高官もいる中で「初春の叙勲」で、王が『全ての者は、この国の宝である二人と新たな辺境伯に最大の敬意を払うように』と、発言した事もあってか、私達の席は想像より前の方にあった。
ファンファーレの後に荘厳なパイプオルガンの音が響く。
王太子のアーロンは王家の正装なのか、白と金の豪華な軍服の様な物を着ていた。
王太子の視線の先には、ウェディングドレスを着たイライザ嬢だ。
父である宰相と共に入場してくる。
イライザ嬢のドレスは、デコルテが大胆に開いているがオフショルダーの襟がリボンの様になっていて「ローマの休〇」の王女のドレスに似ていて上品だった。
ヘプ〇ーンの様に顔立ちのハッキリしたイライザ嬢にはとても良く似合っていた。
真珠とダイヤのネックレスとティアラ……そして、薄く長い華奢でシンプルなベールはとても素敵だ。
美しく優雅で気品溢れるイライザ嬢の姿に……私は涙を抑えきれない。
この日を迎えるまでに、彼女はどれほど頑張ったのか努力したのか…そして、私の為にも同じ様に惜しまず尽くしてくれた優しく美しいイライザ嬢……。
想像した通り、いやそれ以上に、彼女の幸せな姿は私の目に美しく映る。
なのに……涙でイライザ嬢がボヤける……。
もっと、もっとちゃんとイライザ嬢を見ていたいのに……。
こんな顔をイライザ嬢に見せられないと私は旦那様の背中に隠れた。
私のこんな顔を見たら、たぶんイライザ嬢は泣いてしまう。
イライザ嬢の人生で一番の晴れ舞台…イライザ嬢には美しく笑っていて欲しい。
旦那様・私という並びでいたので、旦那様の背に隠れて私は泣き声を出さないように必死で耐えた。ハンカチを持って。
でも、涙は止まってくれない。
『貴女は何も悪い事なんてしてないのに!!』と、悲鳴の様に叫んでくれた貴女。『貴女を知って貴女を好きになった。だから貴女を失うのが、貴女の不幸が怖いんです…』と、目を潤ませて言ってくれた日。
『この世界を貴女より知ってるし王太子の婚約者で宰相の娘なんです。頼ってもらえませんか…?』と、唇を震わせた貴女。『救いますよ!!助けます!!フローラさんが望むなら…!!』と、強く言ってくれたあの日。
『私、頑張りました……。ずっと、フローラさんの近くに居られるように…。貴女がいない世界なんて私には耐えられないから……』と、涙声で言った貴女。『…私達…一緒に…幸せになれますよね?』と、泣きながら笑い合った日。
イライザ嬢と初めて会った日から今日までの色々な出来事が浮かぶ。
……イライザ嬢、この素晴らしい大聖堂で、大勢の人が貴女の幸せを祝ってくれていますよ。貴女の努力と苦労は一番素敵な形で美しく叶ったんですよ。
イライザ嬢…本当におめでとう…私は、ただただ泣く事しか出来なかった。
◇◇◇◇◇◇◇
「フローラさん大丈夫ですか? もう挙式は終わって、お二人は馬車でパレードに出発してらっしゃいますよ」
「…えっ」
顔を上げると、お客様はまだいたが肝心のイライザ嬢たちはパレードに行ってしまったようだ。
私は涙をハンカチで拭き、頑張って元に戻ろうと息を整えた。
基本的にココに居るお客様はパレードは参加せず、王宮に直接行く事になっているから置いて行かれた訳ではないけれど……。
「……ほとんど、泣いて終わっちゃいました……」
私がしょんぼり言うと、旦那様が苦笑した。
「正直、フローラさんが呼吸困難になるのではないかと心配しました……」
少し呆れたように苦笑して言われて私は益々しょんぼりした。
イライザ嬢の綺麗な姿を遠目でしか見れなかった……。せっかく前の方の席にしてもらったのに……。
「もっと、近くでイライザさんを見たかったなぁ…」
私は心の底からつぶやいた。
「見せてあげますよ。フローラさん」
私達の斜め後ろから声がする…彼だ。
「メイヤー伯爵夫妻、今日はありがとうございます」
いつもの笑顔で言う。
旦那様は彼に笑顔を向けて素早く私の腰を掴んで引き寄せる。
「本日はおめでとうございます」
旦那様が言った。私はお辞儀だけをした。
「フローラさん。イライザ達はパレードが終わって、王宮のバルコニーでの挨拶が終わったら宴が始まるまで時間が空くんだよ。その時、イライザ達の控室に内緒で僕が案内するから、近くでイライザの晴れ姿を見てよ」
イライザ嬢の誕生日の日は三週間ほど前だ。
早速仕掛けてくるなぁ…しかも、この日に。この人は本当に無駄に積極的だ……。
「ありがとうございます。私達の結婚には、お二人に大変お世話になりましたので夫婦で改めてお礼を言わせていただきますね」
私じゃなく、旦那様が爽やかな笑顔で言った。
「イライザとアーロンには、僕が学園長のお気持ちをお伝えしておきますので……ご安心ください」
ニールも笑顔で言う。
「とんでもありません。宰相家の貴方を使い走りにするなんて」
旦那様は穏やかな笑みでさりげなく固辞する。
「いえ、僕はまだ宰相でもありませんから遠慮はいりません。イライザもフローラさんと水入らずで話したいでしょうし、妹達の友情は学園長もご存じでしょう? きっとイライザも喜びますので、結婚式の今日だけはフローラさんを貸してあげてください。それに家族以外を本来は控室に入れてはいけないので」
ニールも何かスゴイ笑顔で負けずに誘ってくる。
「水入らずと言っても、ご家族はいらっしゃるのでしょう? それに、私はフローラの夫で護衛も兼ねているからこそ、私と一緒の時はフローラには護衛が付かないのですよ。宰相であるお父上は当然知ってらっしゃいますから、むしろ二人で伺わなければ貴方が叱られてしまいますよ」
旦那様は教師っぽく穏やかに助言するように言った。
「……それは失念していました。では、イライザとフローラさんが二人で話せる場所を僕が用意しますよ。妹の結婚祝いの何よりのプレゼントになりますし、宰相の息子である僕がフローラさんを守りますので、花嫁の兄である僕の気持ちを分かって貰えませんか?」
ニールは素晴らしい笑顔で言ったが、私の目には長兄と一緒の不吉な笑みに映る。
「イライザさんは王太子妃になったのですよ? いくら貴方でも他国の方の出入りが多い今日、王太子妃とフローラさんを一人で守るのは荷が重過ぎると理解しなければ。ですので、控室には私とフローラがお邪魔させていただきます。聡明で優しいイライザさんはそれでも喜んで下さいますよ。貴方の気持ちも伝わります」
旦那様はいつもの様に穏やかな笑顔で諭すように語る。周りの人間にも優しい教師が生徒にアドバイスしているように見えるだろう。
そして旦那様は続けざまに言う。
「ああ、申し訳ありません。王太子妃の兄である貴方をお引止めしてしまって…。今日はお忙しいでしょうから、私達も失礼いたしますね」
旦那様はニールの返事を待たず、逆にそれがニールへの気遣いだと言う風に微笑んで私と大聖堂から出た。
そして、私達は用意されていた王宮への馬車に二人で乗り込んだ。
「まさか、この日に真正面から狙ってくるなんて」
「今日だからでしょうね。今日はイライザさんと王太子、他国の要人の警護に力を入れていてフローラさんにまで気は回らないでしょう。しかも、ニールさんを貴女の敵と思っている騎士はいませんしね」
なるほど、一見警護が厳重に見えるけど第一の警護対象はイライザ嬢と王太子と他国の客人に対してか。しかも、私達の結婚式にイライザ嬢を呼んだ事で私達の仲の良さは騎士の中では知られてる。
そんなイライザ嬢の兄であるニールから私を守ろうなんて発想はまず出ないだろう。むしろ、私とニールが一緒に居てもニールが私を守ってるように見えるかもしれない。
「それにしても、しつこかったですね。大切な妹の結婚式くらい私の事は忘れたらいいのに」
こんなに素晴らしい日に兄として思う所は別に有るべきだろう……私が少し怒って言うと、旦那様は私の頭を撫でた。
「大丈夫ですよ。私がずっと側に居て貴女を守りますから。ニールさんも自分の思惑は通じないと理解したでしょう。それに、控室に行ける理由をいただけた事は良かったじゃありませんか」
旦那様は優しく微笑む。
ニールはあの日、旦那様の嫉妬を煽る事に成功した。だから、他の誘導も成功したと思ったのか。
だから、真正面からイライザ嬢をダシにして隙を狙い堂々と来たのか。
そういう小賢しい所は辟易してしまう。でも、ニールの思惑を旦那様が穏やかに潰してくれたおかげで、安全にイライザ嬢に会いに行けるのは正直嬉しい。
「そうですね、ありがとうございます。そうだ、扇を用意しておかなくっちゃ」
挙式の時は扇は使えなかったから準備をしておこう。
「ニールさんの事もそうですが、今日は国内外の権力者の方がいらっしゃいますからね。油断は出来ませんがアピールの場にも出来ますからフローラさんも頑張って下さいね」
「はい。私だってずっと旦那様の側で生きていたいので頑張ります」
「……貴女を誰にも触れさせたりしません。ずっと、私の側に居てください」
そう言うと、旦那様は私の頭に口付けをして肩を抱いてくれた。
旦那様の側はやっぱりホッとする。ニールから守ってくれた直後だから特に。
私の様に男嫌いじゃなくても、好きな人以外に性的な目で見られたくない、まして穢されたら死を選ぶという女性は珍しくないだろう。
ただ、そういう女性の発想を男性は理解して無い事が多いように思う。
ニールにしてもそうだろう。
ニールは私が彼を嫌いな事を知っている。ニールは私が何をされてもイライザ嬢の為に告発しない事も知っている。
でも、彼に何かされた時点で私が死を選ぶとは想像もして無いだろう。
基本的に私は男性が苦手だし嫌いと言っても良い。
そんな私が旦那様と言う唯一の愛し愛される存在と巡り合った。
ハッキリ言って奇跡だし、結ばれるまでの道のりも簡単じゃなかった。
この奇跡の様な幸福を知った後で、他の男性に穢されて生きて行けるほど私は強くないし、自己肯定感も高くない。
きっと、ニールやニールの様な人には一生気づけないだろうな。
私を一生側に置くことも生かして利用する事も出来ない事実に。
だからこそ、私は絶対に自分を守る努力をする。
私という人間は襲われたらアッサリと諦めて死を選ぶと分かりきっているからこそ、その状況にならない為の努力を惜しむつもりは無い。
旦那様だって絶対に私を守ってみせると誓ってくれた。
自分達を含む、色々な人を悲しませる選択をしない為に私も旦那様も必死なのだ。
イライザ嬢の幸せは私の幸せ、私の不幸はイライザ嬢の不幸。
イライザ嬢が人生で一番幸せなこの日を私の不幸にしてはいけない。
負けられない戦いが私達にはある。
読んで頂いてありがとうございます♪
ムーンさんの方でリクエストがありましたイライザ嬢とフローラの愛情や絆や可愛らしいやり取りを次回あたりに入れられたらなぁ…と、思っています。
イライザ嬢とフローラの関係が実は好き♡と、思って頂いている方にも喜んでもらえるように頑張ります。




