初めての夫婦喧嘩 3
お待たせいたしました。
ゴールを決めていたのに何故かとっても難産になりました。
「フローラさん、大丈夫ですか? まだ顔色が悪いですよ?」
「大丈夫です…もう一杯だけお水を下さい」
旦那様が水を持って来てくれて、私の体を支えてくれる。
冷たい水を飲むとスッキリしてきた。
私の手からコップを取ると、旦那様は優しく背を撫でてくれる。
この問題を私視点で言ってみよう。
「私は公式では「聖女の魔法」を使え、非公式では「王女の娘」です。なので、私の存在は国内外の野心家にとっては魅力的な存在です。だからこそ、この邸にも実家にも警備を付けて貰っている訳ですよね。さらには性的な欲望の目にさらされる危険もあるという事ですよね」
「そうですね。貴女を狙う野心家は相当な力を持っているでしょう。だからこそ「王女の娘」という秘密も知られるでしょうね。王も国も分かっているからこその警備体制なのです。そして、問題は野心では無く単純に貴女を欲しがっている人間で一番危険なのはニールさんだという事です」
やっぱり旦那様もそう思うのか。
「彼は学生の頃から貴女に執着しています。彼も私と同じように貴女の事になると本来の彼では無くなってしまっているように見えます」
旦那様が言う通り、イライザ嬢の言っていた彼の性格と私の前で見せた彼の性格は違っていた。
学生時代のソルの言葉が頭に浮かぶ『ニールも君を観察していただけが、今は執着になってしまった』
そして、ニールは今日こう言った『君もどんな男性にも落ちなかったけど男性陣が群がらないのは学園長に敵う自信が無いからだよ』と。
なのに『僕と結婚した方が君は平穏な人生だったかもしれないよ? 今からでも僕は歓迎するけど?』と、続けた。
さらに旦那様には『ソルと結婚した方が君は幸せになったよ』『頬を染めて目を潤ませるフローラさんを見せていただいて』と、挑発した。
不吉な言葉を思い出した。
『僕もニールも、君と学園長が叔父と姪じゃなければ、あきらめたけどね』
ソルはサッパリと優しく私に決別してくれたけど、ニールはやっぱり彼とは違う…いつも悪い意味で。
「……ニールさんは私を諦めていないのでしょうか?」
「今日の彼の様子を見ると、隙あらば…と、思っているのでしょう」
「たぶん、ニールさんは分かっているでしょうね。彼が私を襲う事に成功したとしても、私はイライザさんの為に彼を告発しない事を……」
「そうでしょうね。私達の結婚には、彼の父の宰相も妹であるイライザさんと王太子も協力してくれました。私達の結婚を止める事は彼には不可能だったでしょう。ですが、今なら可能性があると思っているのでは? 彼がただの宰相の息子なら、貴女を襲った時点で宰相家は御仕舞です。ですが、フローラさんはイライザさんの幸せを誰よりも願っている。イライザさんの兄である彼は、フローラさんのイライザさんへの思いを充分知って利用するでしょうね」
ノーリスク・ハイリターンって事か。
だからニールは真正面から私を口説いてきたのか。本来ならニールは旦那様に敵わないが、イライザ嬢という私の最大の弱みを握っている。
イライザ嬢がどんなに努力をして王太子妃として幸せになろうとしているか私は知っている。私の為にしてくれた事も……。
ニールに何をされても私は…私達は黙っているしかない。
イライザ嬢の幸せを壊さない為に。
「しかも、今日のニールさんは卒業生の方から私を守ってくれました。彼は表面的には私達の結婚に賛成している態度を取るでしょう。宰相の息子でイライザさんの兄だから。だからこそ、旦那様も私も彼を慎重に拒絶しないといけないですね。私達が彼の悪意に気づいても、周りにそれを悟らせてはいけない。イライザさんの立場を守る為には、絶対にニールさんの悪意を匂わせる事も罪を暴いてもいけない」
「……フローラさん。これから夫婦で出かける時は決して貴女を一人にさせるような事はしません。彼の今日の挑発は、私をフローラさんから引き離す目的があったのかもしれません。彼はフローラさんが私にしか特別な顔を見せないのを知っている。そして、私がその顔を他人に見せたくない事も知っていたんでしょう。だから、挑発した。私の嫉妬を煽って夫として相応しくない行動を取らせたり、隙を作らせる為に」
ニール……恐ろしい子。
「そうなると、旦那様はニールさんの思惑と真逆の事をする事になりますが…大丈夫ですか?」
私が公の場に出なくなったら、旦那様が嫉妬に狂って私を閉じ込めているとニールは宰相や王に言うかもしれない。
それを防ぐ為には、私は魔術省にちゃんと勤務をして、夫婦一緒に公の場に出る。
そしてその時、私達は……ハッキリ言っちゃうとイチャイチャベタベタする事になるんだけど。
ニールから守っていると思われない為には、ラブラブ夫婦を皆の前で演出して常に夫婦一緒のイメージを植え付けるしかない。
旦那様がベッタリ私の側に居てくれたら安全は確保されるし。
だけど、旦那様は大丈夫だろうか??
「大丈夫です。フローラさんはニールさんが世界で一番嫌いでしょう? 姉上達にニールさんと結婚するくらいなら死んだ方がましと言ったそうですし、彼に……何かされたら……貴女はきっと躊躇なく死を選んでしまうでしょう。それが一番、私が耐えられない事ですからね」
旦那様は背中を撫でていた手を、私の頭に移して優しく微笑んでくれた。安心して下さいと言う様に。
旦那様が私を守るために本来したくない事をしてくれるのだから、私も旦那様の心を出来るだけ守らなくては……。
「じゃあ、これから私は扇を持って顔を隠しますね」
私だって旦那様にだけ特別な表情を見せたい。
旦那様以外の男性に好意を持たれるような機会は絶対に作りたくない。
私は、旦那様にキスをした。
「今、私がどんな顔をしてるか分かりませんが、この顔は貴方にしか見せませんから……」
私が真剣に言うと、旦那様は顔を赤くして目を伏せた。
「……貴女には敵いません」
そう言って私を抱きしめた。
「貴女の安全は完全な物にしなくてはいけませんね。この邸は門に男性騎士が2名と玄関に女性騎士が2名いますし、夜は貴女の側には私がいるから大丈夫でしょう。魔術省も貴女の部屋は先生の扉続きの隣になってますから。誰よりも優れた魔術師の先生の側なら勤務中も安全です。問題は邸から王宮内の魔術省に行く道のりなのですが、これも私には考えがあります」
旦那様は抱きしめながら言う。
「元々、魔術省に行く際は専用の騎士が用意される予定でした。私は、アナさんを推薦しています。一日側にいる騎士は親友のアナさんの方がフローラさんも気疲れしないと思って推薦しましたが、アナさんならニールさんから躊躇なく貴女を守るでしょう」
3学年の秋に「聖女の盾」を発動した。その時から何れは魔術省にお世話になるのは決まっていたから部屋も改造して貰ったんだなぁ…。旦那様がそうしてくれるように言ったのかもしれないな。
しかも、アナまで推薦してくれるとは用意周到だ。
「確かにアナは、学園にいた時からニールさんが私を見ていた事を早い段階で気づいていましたし、警戒もしてくれていましたね」
「アナさんは魔法剣士として学園でも優秀な成績でしたし、アナさんのご実家も代々素晴らしい騎士を輩出している名家です。何より、宰相の息子であるニールさんに取り込まれる心配がない最も信用出来る人物ですしね」
「なるほど。アナが万が一、ニールさんを撃退し過ぎたら「聖女の祈り」を発動して誤魔化しましょう。元々、アナを守るために「聖女の盾」を発動したんです。アナの為ならニールさんにだって「聖女の祈り」を発動してみせます」
「そもそも騎士達は、貴女に危害を与える人間は誰であっても攻撃許可は受けていますが、ニールさんはイライザさんの兄で王太子の義兄になる訳ですからね。普通の騎士では躊躇するかもしれません。ですが、アナさんは躊躇しないでしょう。アナさんが彼に致命傷を与えたら先生の部屋に転移して「聖女の祈り」を発動したら大丈夫でしょう。彼も流石に人目を忍んで襲ってくるでしょうから、攻撃後も内密に対処出来れば大事にはならない。先生は優れた魔法医師でもありますから、魔力切れを起こしたフローラさんも助けられますしね」
「ニールさんの事は、魔術師長とアナには言っておきましょう。二人なら内密に動いてくれるでしょうし。むしろ、魔術師長とアナ以外にこんな事は相談出来ませんけど……」
魔術師長とアナは確実に私達の味方をしてくれるはずだ。イライザ嬢を守りたい私の気持ちも分かってくれるだろう。
それにアナは魔法剣士だし、もし私が「聖女の雷」をニールや仲間?に発動しても、ニールと私を魔術師長の部屋に転移させる事も出来るだろう。
旦那様を呼んで貰っても良いし。その辺はアナと魔術師長に念入りに相談しておこう。そして、一度そういう事があれば魔術師長は宰相に言うだろうし、宰相も起きる前なら息子を信じるかもしれないが、起きた後はニールに厳しく指導するだろう。そうなれば、イライザ嬢に知られず内々に解決するはずだ。
「ニールさんは良くも悪くも、いつも気づかせてくれますね。私の醜い嫉妬や望みは、貴女の命に比べたら悩むほどのモノでは無くなりました。私が世界で一番大事なのはフローラさんです。夫として私が第一に考えるべきはフローラさんの安全でした。先生にも言われたようにフローラさんと未来の子供を守らなければ。醜い悩みに囚われている暇なんてありませんね」
そう言うと、旦那様は抱きしめる力を緩め私にキスをした。
私達は微笑み合った。
「旦那様、明日はお休みですね。この部屋には私と旦那様しかいません。だから、私は貴方を好きと言ってもどんな顔をしても良いですよね?」
私は旦那様の唇を指で撫でながら言った。
「そうですね。実は休みの度にフローラさんと部屋に籠ってしまうのも醜い行為なのではないかと、悩む事もあったのですが……」
言葉とは裏腹に旦那様は艶っぽい眼差しを私に向ける。
「でも、旦那様は第一に私を守ると決めたんですよね? じゃあ、誰よりも私の側に居なくちゃダメですよ」
私が笑って言うと、旦那様は妖艶な顔で微笑んで言う。
「そうですね。これからは、お風呂も一緒に入らなくてはいけませんね」
「えっ?」
「フローラさんの安全の為なので仕方がありません」
そう言うと、旦那様は唇にあてていた私の指を口に入れた。
口付けをするように私の指を舐めると、私の両手を掴んで旦那様はそのままベットに押し倒した。
「出かける前に入浴しましたが一緒に入り直しますか? それとも愛し合った後に一緒に入りましょうか?」
一緒にお風呂に入るのは、もう決定事項なのか。
まだ、私達は一緒にお風呂に入った事が無いのに……。
「……後でお願いします」
誰よりも私の側に居てって自分で言ってしまったから仕方がない。
とりあえず、愛し合った余韻があれば何とかノリでイケるかもしれない。今はまだ恥ずかし過ぎる。
「分かりました。私が休みの日が一番フローラさんは安全ですね」
……そうですね…何か旦那様も吹っ切れたようで安心……したけれども……私も改めて覚悟をしなきゃいけないですね…分かりました……。
「フローラさん、今日は貴女から離れてしまった分を埋め合わせさせて下さいね」
旦那様は首筋に口付けをしながら、手慣れた手つきで服を脱がしていく。
埋め合わせって、お風呂を一緒にする事?それ以上は無いよね…流石に。
今日の旦那様はいつもより情熱的な感じがする。
色気もダダ漏れだ。
「……っ、思ったより……早く、赤ちゃんが出来るかもしれないですね…」
旦那様も私を愛する事に躊躇しなくなったみたいだからそう言った。
「……もう少し、貴女だけを守らせて下さい…」
私の体を唇と手で丁寧に愛しながら旦那様が言う。
「……皆が…喜ぶ体調不良に…なれるのに……」
私的には、そうなっても良いけれど。
「フローラさんは、私を壊さずに甘やかす気ですか……」
「ダメ? ……っん」
「まだ…貴女を……独占したい……」
そう言うと、旦那様は私の唇を塞いでしまう。
まあ、まだ結婚して2か月も経って無いので新婚なら普通の感情だろう。
私の安全を前面に出した事で、私達は自他共に認めるラブラブ夫婦になってしまうんだなぁ。
でもこれで、私達の結婚を協力して祝ってくれた方に失望される事は無いだろう。
それに、私の安全を高める事はイライザ嬢の為にもなる。
夫婦の仲が良ければ、ニール以外への牽制にもなるだろう。
愛し合う二人を引き裂くのは悪だと思って貰いやすいし、実際に旦那様から私を奪うのは物理的にも精神的にも無理ってなるだろう。
私目線で見ると、襲われる=死
これを旦那様に理解して貰った今、旦那様のヤンデレ的な嫉妬や狂気が旦那様を壊す事は無いだろう。
旦那様が一番怖いのは私の死だ。私を世間から隠す事はニールにとって好都合になってしまう。誰にも見せたくないという思い以上に私の命を守る事が旦那様にとっての第一になった。
それなら旦那様と一緒に居る以上の安全は無い。それ以外の安全も確保している。
ある意味、ヤンデレ以上の大義名分が出来た。私が公の場で扇で顔を隠すのも、私達が休みの日に籠ってしまうのも旦那様がヤンデレのせいじゃなく私の安全の為なのだ。
旦那様と私のギャップは無くなった。旦那様のヤンデレと私の男嫌いと安全が上手く噛み合った。
結果として、ヤンデレ以上の愛情を私生活でも公の場でも受ける形になったけど。
……頑張ります。
読んで頂いてありがとうございます♪
ブックマーク等、本当に嬉しいです。




