ある男の回想 3
ある男の回想完結です。
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新学期から一か月程は代替案が成功しているのか、親友とフローラは問題なく過ごしているようだった。
そろそろ進展が欲しいと思うだろう頃に、ちょうどフローラとの授業があった。
いいタイミングだと思った俺は、そこでハッキリと言った。
親友の居場所は学園だけだ。親友を幸せにする前に追い出されるような状況にするなと。最悪の事態を避ける為、落とすのは正解だが今より軽い落とし方を考えるように言った。
フローラだって最悪の事態を望んではいないだろう。だから最初に強めに言って、フローラにも良く分かってもらえるような言い方をワザとした。
ベフトン男爵の期限は12月頭だ。今は秋…まだ時間があるからこそ危険だ。
だが、フローラが最初の誘惑より過激な事をしなければ親友だって大丈夫だろう。
そう思っていたのだが…。
俺とフローラの授業から5日後、学園長室で書類の申し送りをしていた時だ。
親友のため息が多いし、暗い。
「おい、何かあったのか?」
「いえ、何もありませんよ」
「なら、その鬱陶しいため息やめろ」
「…分かりました」
「フローラとはどうなんだ?」
「どうもしていませんよ」
「本当か? 何も無いのか?」
「…そうですね、むしろ何も無いですよ…」
親友が落ち込んでるように見えたが、何も無いなら大丈夫かと話は終わった。
だが、親友は落ち込み続けて俺の授業から一週間経った。
寮の方へ帰ろうとしているアナとミラを見かけた。
「おい、今日はフローラは一緒じゃないのか?」
「フローラはホームルーム後、学園長室に行きました」
「進路相談だそうですよ。時間が掛かりそうだから先に帰って欲しいと言われましたので」
アナとミラが言った。
進路相談?そんな話は聞いてないが…。
俺は嫌な予感がした。
ホームルーム後なら結構時間は経ってるな…。
俺は学園長室に急いだ。
親友は学園長室に鍵をかけており、中に入るとフローラはうっすら赤い顔だった。
フローラが出て行った後、俺は言った。
「どの口で気を付けろって言ってんだ」
「…エイブラム…こう見えて、私も猛省しているので…」
「……念の為に聞くが、本当にフローラは無事だったんだよな?」
「……ええ」
「お前が最近、落ち込んでるのは分かっていたが…フローラが何もしてなさ過ぎてなのか?」
「エイブラムがフローラさんに、私が学園を追い出されるような事をするなと言ったでしょう? フローラさんはそれを守ろうと思い過ぎて、どうしていいか分からなくなったそうです。その態度を私が誤解してしまいました。元々、フローラさんの誘惑は可愛らしい物でしたからね…それ以下の誘惑となると…フローラさんが悩むのも分かります」
「今回は俺も悪かったかもしれないが、お前が可愛らしい誘惑を具体的に言わないのも悪かったと思うぞ。フローラにも気を付けてもらえば、確実にお前を守れると俺なりの善意だったんだが。結局どんな誘惑だったんだよ?」
フローラの誘惑とコイツの代替案を聞いた。
「…………可愛らしい誘惑過ぎるだろう」
「だから私も情けないですが…と、言ったでしょう」
「それにしたって、指先に唇を付けるのは男女逆ならダンスの後にするし、胸ったって服の上からの谷間なら感触はあまりないだろうし…それでダメだったのかよ…そりゃ、フローラも困るよな。フローラに悪い事をしたな」
「ですが、結果的に私が落ちた事をフローラさんには分かって貰えたので…」
「分かって貰ったのはいいが。それにしてもフローラの顔が赤かったが? お前は一体何をしたんだよ」
「……」
「髪や服の乱れは無かったみたいだが…鍵を掛けていたのは何故だ?」
「……」
「未遂で終わったのはフローラが俺との話を言ったからか?」
「……」
「……お前がフローラに対してギリギリの想いを抱えているのは分かっていたが…フローラが何もしな過ぎて、お前が暴走するとは予想して無かったな」
「……フローラさんに関する事になると、私は今までの私では無くなってしまう。自分でも予想もしませんでした…なのでエイブラムが予想出来なくても仕方がありません」
「結局、お前は今日フローラをどうする気だったんだ?」
「……」
「鍵をしていたという事は、学園を追い出されても仕方がない事をフローラにしようとしたのか? ハッキリ言え。俺がハッキリ聞かなかったから今日みたいな事が起きたんだろ」
「……それ以上の事を考えていました」
「それ以上だと?? お前が??」
「……この一週間の彼女を見ていて、彼女が私から離れていくのでは…と、思いました。だから、フローラさんの体を奪おうとしました。それでも心が完全に奪えなければ、彼女を誰にも知られないように連れ去ろうと思っていました」
「……」
「フローラさんは、私を思って悩んでいたのに…。それを勝手に邪推して……私は学園長どころか男性として最低な事を考えていました」
清廉潔白だったコイツがフローラに対してここまでの執着と狂気を持っていたとは…。コイツ自身もフローラの事になると今までの自分では無くなると言ったが…ベフトン家も俺すらも思っていない行動を考えていたとは…。
「……よく止めれたな」
「フローラさんが『エイブラム先生との約束が。これ以上したら、学園長が学園を追い出されてしまいます』と、言ってくれたので」
「助かったな。ニールがお前達の事を知っているんだろう? もし、お前がフローラを連れ去ったら本当に万事休すだったな……」
「そうですね…」
フローラとコイツが禁断の恋をしてるという事はニールが知っている。
しかも、警備が厳重な学園で、完璧にフローラを連れ出すことが出来るのはコイツくらいだという事も。
「俺が余計な事をしたせいかもしれないな…」
「すみません、エイブラム…。私も一瞬、貴方のせいだと思いましたが…フローラさんには『嘘が上手い学園長のせい』と、言われました。確かに『落ちた』という言葉を信じて貰えなかったのは私のせいでしょうね。それにフローラさんの可愛らしい誘惑にどうなるか分からないと貴方に言ったのも私です。申し訳ありませんでした…」
「まあ、それはいいが。肝心のフローラは、今日のお前の行動をどう思っているんだ?」
「これからはフローラさんに嘘をつかないという事で許して貰えました」
「そうか、お前を怖がったり嫌ったりはしてないんだな」
「そうですね。むしろ『私と結婚できるように努力してくれますか? 私を諦めようと思いませんか?』と、言ってくれ『はい』と、答えたら喜んでくれましたので…その心配はありません」
「そうか。フローラの男への興味の無さは、男性恐怖症という訳じゃ無かったんだな。そうだったら、お前は最悪の結果になってたな」
「……そうですね」
「とりあえず、フローラに落ちた事を知って貰えたか。奇跡的に最悪の結果にならなかったが、だからこそこれからはフローラとの結婚を成功させる事に専念しろよ」
「……そうですね」
「だが、どうするかな…。お前はリミッターが外れた状態だ。フローラにしても、お前がキワドイ事をしても許してくれ、結婚に前向きになったと喜ぶくらいだからな。お前が何をしても嫌いにならない程に惚れているんだろう。なのに俺の言葉を守り、お前の為に必死で止めたんだな。お前なんかよりよっぽど大人だな」
「……そうですね」
「しょうがない、フローラに少し甘えるか。完全にフローラと接触するなと言うのは逆に危険だろう。抱きしめるくらいは良い事にするか…。ギリギリ口付けくらいか? それ以上はするなよ? それと、今まで授業の終わりに抱きしめていたそうだが、フローラが赤い顔で学園長室を出てきたらマズイからな。これからは授業開始前にしろよ」
「分かりました」
「フローラは年齢よりかなり大人に見えるが、実際は恋愛経験が無い10代の少女だからな? 暴走したお前を毎回止められるわけじゃ無い。魔力にしても腕力にしてもお前の方が上なんだからな。我慢をし過ぎるのも良くないが、お前は学園長で年上で大人だっていう事を本当にもう忘れるなよ?」
「そうですね」
「しかし、俺も想像出来なかったが、お前自身が一番自分の行動や想いに戸惑っているのかもな」
「戸惑っています。もし、フローラさんが泣いて嫌がっていたらフローラさんの全てを強引に奪って連れ去ってしまったでしょうから。そんな恐ろしい事をしなくて済んだのはフローラさんの私への愛情と、エイブラムのおかげかもしれません」
「俺のおかげかは微妙だが、フローラがお前以外の男に全く興味が無いのは良かったな」
「…結果的には勘違いでしたが…フローラさんはソルさんにだけは好意的です。私自身、ソルさんならと思った事もあるので理解出来るはずなのに…。今日、フローラさんがソルさんに向けた笑顔は、私に向ける特別な笑顔とは全く違った。なのに私は、一週間見せてくれなかったフローラさんの笑顔をソルさんに向けた事が許せなかったんです。私の嫉妬深さに、いつかフローラさんが呆れてしまうかもしれません」
「嫉妬なんて誰でもする。だが、フローラは結局はお前にだけ本当の笑顔を向けるんだろ。そこは信じてやれ」
「自分でも自分が分からなくなってきました…。叔父と姪だと知られた時、フローラさんは自分を守るために『私をどこかに一生隠しますか?』と、聞きました。『それは出来ません。偽物の楽園はきっと貴女を壊してしまう』と、私は答えたのに…私は今日、真逆な事をしようとした」
「……だが、未遂に終わった。お前はフローラを偽物の楽園に閉じ込めればフローラは壊れると分かっている。なら、フローラが幸せになれる楽園を作れ。だが、必要以上にフローラに甘え自分の欲望だけをぶつけるな。それが出来ないなら、お前はフローラより自分を愛してるクソ野郎だ。お前はそうじゃないはずだ。俺も、フローラも、ベフトン家もお前達の幸せを望んでいるんだ。不幸の道を選んでくれるなよ」
「そうですね。これ以上、フローラさんに甘え欲望をぶつけて、エイブラム達を失望させる訳にはいきませんね」
それから、親友とフローラは卒業まで清い関係を守れた。
そして、ベフトン男爵・魔術師長・宰相・王太后・イライザ・アーロンの助けもあり、王の許可も受けて結婚することが出来た。
めでたしめでたしなのだが。
卒業と同時に結婚して、3日間の休日が明けた時、親友は呆れるようなことを言った。
「仕事を早く終わらせたら帰ってもいいでしょうか…春休みで生徒もいませんし…」
「いや、お前だけ終わらせても皆が終わらなきゃ無理だろ」
「……そうですね…。早くフローラさんに会いたいのですが…」
「……お前、一緒に暮らしてんだから朝に会ってんだろ」
「そうですが…今朝までは片時も離れず、ずっと一緒だったので」
「……お前、やっと結婚出来たのは目出度いが、そんなにベッタリだとフローラに嫌われるぞ」
「それはあり得ないと思いますよ」
「女は最初は男の言う通りにするが、後から本当は嫌だったって言う生き物だぞ」
「フローラさんはそうでは無いので」
「お前、フローラに甘え過ぎじゃないのか?」
「そうですね。ですが、フローラさんはそれが嬉しいようです」
「あっそ。それより、お前の仕事が終わったら俺のを手伝え」
コイツのフローラへの執着と狂気を知っているから、新婚生活がどんなかは想像がつく…だからこそハッキリとコイツの口からは聞きたくない。フローラはコイツの執着を甘えだと思って全て受け止めてるのか。
コイツは人間としては素晴らしい奴だが、夫としては闇が深いタイプだと気づいた。だが、コイツの闇に飲まれず、むしろコイツをこんなに幸せそうな顔にさせるフローラに俺は感心していた。
清廉潔白だったコイツは非の打ち所が無かったが幸福とは程遠かった。
今のコイツは本当に幸せそうだ…まあ、二人は相性がいいんだろう。二人は幸せだ、じゃあそれでいいんだろう…俺がわざわざ本質に触れる事は余計なお世話だ。
そして、一か月後の結婚式では、本当に幸せそうな親友とフローラが見れた。
男の俺から見ても親友の男っぷりは上がっていて、フローラの美貌も学生時代とは比べ物にならない。
入学当時は咲きかけの白百合と思ったフローラは、同じ百合でも薫り高く豪奢な咲き誇るカサブランカのようだった。
そんな輝くばかりの新郎と新婦を見ながら俺はひそかに思った。
来世、コイツとまた親友になりたいが、絶対にコイツの妻にはなりたく無いと。
幸せな二人を皆が祝っている中、俺だけが斜め上な事を考えていたのだった。
読んで下さってありがとうございます。
結婚式の「まあ、頑張れ。お前なら大丈夫だろう」というエイブラム先生の気持ちを分かっていただけたら幸いです。
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