ある男の回想 2
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二話目です。
夏休みが終わって新学期になった。
まだまだ暑い日が続く鬱陶しい季節だ。
そう思っていたら、もっと鬱陶しい表情の親友がいる。
しょうがないから、今日もアイツの家で奢ってもらう事にした。
「フローラは両親に反対されてお前を諦めたんだろ? それがショックなのか?」
「…いえ、反対でした」
「だから、反対されたんだろ?」
「そうでは無く…フローラさんは全てを知り、ご両親はフローラさんの味方になったそうです」
「なっ、嘘だろ…」
「…フローラさんは、ベフトン男爵に12月頭まで私を落とせと言われたそうです。そうすれば、私達が幸せになれるように動くと…」
「なんだそりゃ? 12月頭まで? 何で期限を決めてんだ?」
「おそらく「初春の叙勲」を、フローラさんは受けていません。その褒美に私との結婚を望むと言う計画なのかもしれませんね」
「そういう事か…客観的に見れば、お前達の結婚は反対する理由は無い。公の場でフローラが望めば王は反対できないと言う訳か…」
「しかし「初春の叙勲」の前に、王命でフローラさんと誰かの結婚を言われてしまえば御仕舞です。ニールさんが私達の事を知っている以上、宰相から王へ知られてしまっても不思議ではない。元々王は私を疎んじている。そうでなくても自分の姪と弟の結婚など認めるはずもない。王は妨害しようと思えば簡単に出来ます」
「そうならない策を既に男爵は練っているんじゃないか? フローラの味方になるなんて、ふざけてると思ったが…お前が望んだ正しい幸せじゃなく、娘が望んだ間違った幸せを男爵は父親として選択し実行する気だろう」
「……」
「例えば、ニールとフローラの結婚を王が命じたとしよう。宰相の息子と「聖女の魔法」を使えるフローラならあり得ない話じゃない。正しい縁談と言えるが、それはフローラの幸せになると思うか?」
「ニールさんでは、フローラさんは幸せになれません」
「何故そう思う?」
「ニールさんは、フローラさんに告白して断られています。それにフローラさんは、彼が自分の大事な人を壊しそうで怖いと脅え泣いていたからです」
「フローラは、そこで自分の大事な人がお前だと分かったのか。なぁ、そんなフローラは誰となら正しい幸福をつかめるんだ?」
「……」
「一学年の時はソルだったらフローラを大切に出来ると言っていたが? フローラはソルとなら幸せになるのか?」
「…フローラさんは……自分の幸せは私無しではありえないと…」
「だろうな、フローラは正しい幸せなんて望んじゃいない。お前はどうなんだ? お前の幸せは何なんだ?」
「…私の幸せ…」
「お前だって、最初で最後の恋じゃないのか? フローラだけがお前を幸せに出来るんじゃないか?」
「しかし、私達は叔父と姪です」
「そうだな、正しくないんだろう……だが、お前は王子として扱われず「聖女の祈り」を聖女以来初めて発動し王女を救ったが、その栄誉と褒美も王女に捧げた。そして、お前は誰にも文句も言わず、この学園で独りで清廉潔白に生きてきた。お前は自分の幸せを、生涯で初めて愛した女を求めても俺は許されると思っている。例えそれが姪であっても…むしろ、お前がフローラ達の為にしてきた事を思えば正しい権利だと思うくらいだ」
「エイブラムは、私とフローラさんの結婚に賛成なのですか?」
「今は賛成だ。これ以上お前は簡単に捨てるな、諦めるな、求めろ。俺も、それなりに複雑な家庭事情と苦労と優秀さがあった。だから全てを恨んで荒れていた。だが、お前は全てにおいて俺以上だった。複雑な家庭事情も苦労も才能も。なのにお前は、常に清廉潔白で何も恨まず穏やかだった。俺が教師なんてやれてるのはお前の存在があったからだ。お前は幸せになるべきだ。お前が幸せになれないなら世界が間違ってるんだ」
「エイブラム……私は清廉潔白ではありませんでした。今日、私は気づきました。私が彼女を諦めると拒めると思ったのは、彼女の正しい幸せの為では無く、彼女にとって私が特別な男性だという優越感が…歪んだ独占欲が理由だったのかもしれません。そんな私はフローラさんに相応しくない」
「それを聞いても俺はお前を清廉潔白だと思う。結果的には正しい道にフローラを導こうとしたのは事実なんだからな」
「…私は、ベフトン男爵に感謝しているのです。私が王子の地位や「聖女の魔法」の名誉を捨てても、ベフトン男爵が姉上との人生を選んでくれなければ姉上は幸せになれなかった。簡単な選択では無かったはずです。そして、彼は20年近く姉上とフローラさんを守り二人に幸せを与えてくれた……並大抵の苦労ではありません。なのに私が、彼が守り幸せだけを与えたフローラさんを求める事は…裏切りでしかない」
「お前が求めなかったから、男爵は娘にお前を落とせと言っているんだろう。20年近く、妻と娘の幸せを守ってきた男爵がそうしろと言ったのは、それがフローラの幸せだからだろう? そんな男爵がお前達を幸せにするために動くと言ってる。相当な覚悟と確信を持ってるはずだ。お前だって分かっているだろう。何をそんなに怖がっているんだ?」
「私は、私が怖いんです」
「どういう意味だ?」
「フローラさんは、男爵に学生らしく清らかに落とせと言われて、可愛らしい誘惑をしてきました。私はその行動に、みっともない程の動揺をしてしまいました。正直に言います…もう、私は落ちてしまったんです。今なら自分を止められるかと色々貴方に吐露してみましたが…ダメでした。どうしようもない程あっさりと深く彼女に落ちている自分を思い知らされただけでした。フローラさんですら、こんなにも落ちた私を信じて無いでしょうが…」
「最後の悪あがきをしたのか。それで自分の気持ちがハッキリしたなら良かったと思うぞ。しかし、フローラが信じてないという事は、フローラはまた誘惑してくる可能性があるな?」
「ありますね。落ちたとは言ったのですが…今の所、私が許容できる代替案を出したので、しばらくは大丈夫でしょうが…」
「怖いと言うのは、フローラがまた新しい誘惑をしてきたら、お前はどうなるか分からないという事か?」
「今まで、女性から熱烈なアプローチをされた事はありますが…何とも思いませんでした。ですが、それよりも可愛らしいフローラさんの行動に、こんなにも動揺するとは…本当に情けないですが…。だからこそ、自分が怖いんです。どうなってしまうのか自分でも分からない」
「……」
ベフトン家の連中だって、コイツの自己犠牲の精神や忍耐力や無欲さは知っているだろう。
だからこそ、コイツがこんなにもフローラに危うい感情を持っているというのは想像もしてないんだろう…。
フローラにしても真実を知ったからこそ、コイツが簡単に落ちた事を信じられないんだろう。コイツの気持ちはもうフローラにある。これ以上の誘惑は必要ないが、フローラはそう思ってない…厄介だな。
ベフトン家が思うより、コイツはフローラに対してギリギリの想いを抱えてる。
しかも、反対されると思ったから保てていた。だが、フローラがこれ以上落とそうとするなら…そのせいでコイツは学園を追い出されてしまうかもしれない…それだけは避けないとな。
「もう、お前は何も諦めるな。フローラという幸福を手に入れろ。頃合いを見て、落ちたって事に納得して貰え。だが、お前だって学園長という立場を忘れるなよ? 出来るよな?」
「…………そうですね」
その間は何なんだよ…大丈夫かコイツ。まあ、コイツも初めての事だしな。
だが、それを言い訳に最悪の結果になったら目も当てられない。
フローラにもコイツを守ってもらわないとダメかもしれないな。
今度、コイツの代わりに俺が授業をする…その時フローラに、これ以上の誘惑はさせないように誘導するか…。
そうすれば、流石に上手く行くだろう。
そう思った俺の判断があんな結果になるとは…どこまでもコイツらは斜め上だった。
読んでいただいてありがとうございます。
結婚式でエイブラム先生はあまり出番が無かったので…今回くらいは良いかな?と、思っています。
リクエスト頂けたら嬉しいです。
ちょっと、投稿をミスってしまいました。
その時間に見られた方、申し訳ありません…。




