結婚式 3
インフルはA型でした。皆様も気を付けてくださいませ…。
旦那様は、ずっと魔術師長の乗った馬車を見つめていた。
見えなくなっても、その場所をずっと見ていた。
魔術師長と同じ深い青の瞳を潤ませて…。
「…旦那様、もう屋敷に入りませんか?」
私がそう言うと、旦那様は私を抱きしめた。とても強い力だった。
「先生は、私を本当の息子のように思ってくれていました…本当の父親より私を愛してくれていて…名前まで与えてくれていた…」
もしかしたら、旦那様は泣いているのかもしれない…。
魔術師長の旦那様への深い愛は、私にとっても想像以上だった。
旦那様もそう思ったのか…。
魔術師長は、旦那様の出自と魔術の才能だけで彼を守ったのではないだろう。
それよりも、もっともっと深い愛情が魔術師長にはあった。
そこには、旦那様も知らない理由があるのかもしれない。
「そうですね、魔術師長は本当のお父様以上でしたね。これからは、魔術師長にも恩返しをしていきましょう…二人で…」
「二人で…?」
「貴方が父と思い、貴方を息子と思っている方ですもの…私にとっても大切な人です」
「ありがとうございます…」
震えた声で旦那様は言うと私に深い口付けをした。いつもより深く激しい口付けだ。そんな旦那様を私は受け入れた。旦那様の気持ちが良く分かったから…。
先王は、彼の存在を無視し、彼の存在を兄である王に敵として教えた非情な父親だった。
彼は、魔術師長のような父親が欲しかったのだろう。
魔術師長も、彼を息子として愛したかったんだろう。
二人の気持ちが同じだった事、今日やっとお互いが知ることが出来たのだ。
彼のさまざまな想いを受け止めるのは妻である私の役目だろう…。
長く深い口付けに、苦しくなって目を開けたら、お父様とお母様がこっそり屋敷に帰ろうとしているのが見えた…あっ!!ここ、うちの門の前だ。
ヤダ…どうしよう…。
私の動揺が伝わったようで、旦那様が口を離してくれた。
旦那様は、私を気遣うような表情をした後、状況を理解したみたいだった。
そして、何故か私をまた抱きしめて私の肩に顔を埋めた…。
確かに、今すぐ屋敷に入るのは気まずいし、心の準備も出来てない。
一応、結婚式後の新郎と新婦なのだから抱き合ってても不思議じゃ無いけども。
何より、きっと私は顔が赤いから、この赤みを消すまで時間を稼ぎたい…。
たぶん、警護の騎士の方にも見られたよなぁ…でも、旦那様の気持ちも分かるし何とも言えない。
新婚ですが何か?くらいの気持ちでいた方がいいのかな…でも、無理そうだけど…。
5分くらい、お互いの顔を隠すように抱き合った。
「フローラさん、スミマセン…」
「いえ、旦那様の気持ちは分かりますし…大丈夫そうですか?」
「…どうでしょうか…。自信は無いですが…」
「私も自信は無いですが…いつまでもこうしてる訳にも…」
「そうですね…本当に申し訳ありません…」
「まあ、今日は結婚式ですし…開き直りましょう」
「本当にスミマセン…」
私達は覚悟を決めて離れた。旦那様の顔は赤くなってはいない。
私はどうだろう…引いてて欲しい…切実に…。
庭に目を向けると、不自然に皆が背中を向けてカニのように移動して後片付けをしている。
騎士の人達も、不自然に遠くにいてこっちを見ない。
ですよね…。今日に限って、いつもより激しく長くしてしまいましたしね…はぁ…しょうがない。
「旦那様…腕を組んでもいいですか…一周回って、そっちの方が恥ずかしくないような気がして…」
「…どうぞ」
私は旦那様の腕をギュッと両手で抱きしめて、顔を出来る限り見えないように旦那様の腕に付けた。
何とか私達は屋敷の中に入った。居間に行くのも勇気がいるので私の部屋に二人で行った。
部屋に入った瞬間、自然と二人で「はーっ」と、息を吐いた。
「フローラさん、何て言ったらいいか…」
旦那様が申し訳なさそうに言う…。
「大丈夫ですよ、旦那様の気持ちは分かっていますし…あっ、少し口紅が…」
ナチュラルな色だから、ほとんど目立たないが、少しだけ唇じゃない所に口紅が付いていた。近くじゃなきゃ分からない程度だから良かったけど…。
持っていたハンカチで拭いた。
「フローラさんは大丈夫みたいです…」
「良かった」
お父様とお母様と使用人達と騎士の人達に見られてしまったのは、私も結構なダメージがあるけど、旦那様は結婚式の誓いの口付けでも気を使っていたから私よりダメージがあるかもしれない。
「旦那様、今日は結婚式でしたし…仲が良いのは悪い事じゃないですし…気にしない方が良いと思いますよ?」
「…つい、感情が溢れてしまって…」
「今日の魔術師長の言葉や表情で…色々な記憶や気持ちが溢れたんだなぁ…って、分かりましたよ。だから受け止めました。夫婦なんですし、全然おかしい事じゃないです」
「ここでは…フローラさんのご両親がいる場所では、お二人が見てない所でもフローラさんを求めないようにしていたのですが…」
お母様も言っていたけど、旦那様は相当気を使っているんだなぁ…特にお父様にだろうか。単純に、昔から知っている人に男の部分や女の部分って見せたくないって言うのはあるだろうし理解できる。でも…。
「逆に、旦那様が私への気持ちや態度をセーブし過ぎて、お父様は変なことを言ってたような気もするんですけど…」
お母様の話を聞いて思ったけど、私と旦那様がとても愛し合ってるという現実をもっと前にお父様が直視出来ていたら、お父様も問題のすり替えみたいなことはしなかったような気がする。
元々、お父様は私達の幸せの為に本気を見せてくれたのだし…。
「それは一理ありますね…。父上の不安は的外れだという事は、結婚後の私が良く知っていますし…。フローラさんは、私以外の男性は今も苦手ですが、間違いなく私の事を誰よりも一番に思ってくれていますし…それに私の容姿より心の方を…」
本当にその通りなのだけど…。
「ですが、私もフローラさんも直接それを見せつけるのは難しかったと思いますし…」
これも、その通り。
「だからこそ、先ほどの出来事はラッキーだったと思いましょう。もう一度、お父様達の前でしろって言われても出来ない事が出来たわけですし…私達の仲の良さを改めて知ったでしょうから、きっとお父様の不安は完全に払拭出来ましたよ」
ここまで旦那様が気を使うのは、過去や色々な想い…私が知らない事もあったりするんだろうけど、今日の事はラッキーだったくらいに思ってくれないかなぁ…。
あまりにも旦那様が気に病み過ぎて心配になる。
「…姉上達には、フローラさんを誰よりも幸せにしているというのは知ってもらいたいのですが…私がフローラさんを誰よりも愛し過ぎてる事は知られたくないというか…」
まあ、言いたいことは分かる…けど…。
「お母様の場合は、私も旦那様もとっても愛し合っているから、私達はとても幸せだという考え方なので…」
「…姉上はそうでしょうね…」
身内に具体的に知られたくない事ってあるけど、旦那様は第一に、お父様に申し訳ないと思っているのかも知れないなぁ…叔父としての立場を守れなかったことに…でもそれは、お父様を含む私達が守れなくしたのに。
「旦那様は、お父様に対して申し訳ない気持ちがどうしても無くならないのかもしれませんが、旦那様は私を諦めようとしたじゃないですか。それを拒否したのは、私達家族ですし。両親が望んでいるのは私の幸せですし、私の幸せは旦那様に愛されているという事ですし…気持ちは分かりますよ?…だから、時間をかけて折り合いをつけましょう?」
「…そうですね。私がフローラさんの全てを誰よりも深く愛してしまっている事実は変わらないですしね。ただ、やはりご両親の前では取り繕ってしまう…申し訳なさなのか照れなのか…ご両親の前ではフローラさんをお二人の娘のままでいさせたいと思っているのか…」
なるほど…。
「私を二人の娘のままでいさせたい…それが私には、しっくりきました。それなら、今日の事はやっぱりラッキーだったと思います。私達の仲の良さを一回で分かって貰えたでしょうから。もう、二度目は要らないですし、これからは出来るだけ両親のいる場所では清らかにしていましょう。それが、一番な気がしてきました」
その方が旦那様は気が楽かもしれない。
今日の出来事は気にしないでもらいたいけど、だからと言って、これから何もかも気にせず私達の邸の様な事を実家でも普通にしろというのは…お互い無理だろう。
「私としても、その結論で良いと思います」
実家に帰ることも、両親が私達の邸に来ることも年に数えるくらいだろう。
その時くらいは、昔の娘のままでいるのも親孝行かもしれない…特にお父様には。
お母様は、旦那様側でもあるからチョット違うかもしれないけど。
「旦那様、今日は気まずいかもしれませんが、次からは頑張りましょう」
「そうですね」
やっと、落ち着いた…かな。
「そういえば、今日はあまりフローラさんとお話しする時間が無かったですね…。遅くなってしまいましたが、今日のドレスも、とても似合っていて本当に綺麗です。イライザさんじゃありませんが、世界で一番綺麗で可憐です」
旦那様がそう言うので、私も笑って言った。
「私も遅れましたが、今日の旦那様は絵本の王子様の様に素敵でした。旦那様も白が良く似合いますね」
「王子にはなれませんでしたが、フローラさんには王子に見えたなら嬉しいです」
お母様の話を聞いた後だから、複雑な気持ちになるなぁ…。
「…私の旦那様は物語の王子様より素敵で、私にとって誰よりも王子様らしい素敵な旦那様ですよ」
本当は、旦那様が王子でも王子じゃなくても旦那様であればいい。
王子じゃない王子の旦那様が王家の問題に巻き込まれませんように…。
「フローラさんも物語のお姫様より素敵で、私にとって誰よりも優しい可憐で美しい愛するお姫様ですよ…永遠に」
そんなことを考えていた私に、王子様らしい姿で王子様らしいセリフを言う旦那様の微笑はとても美しく見えた。旦那様は王子様っぽく私のおでこに口付けした。
なんだろう、いつもよりソフトな口付けなのに実家の自分の部屋でされるといつもより恥ずかしい…。
やっぱり、実家や両親の前では清らかでいるのがいいのかも。
結婚前なら口付けまでで踏み止まれたけど、今は難しいだろうし…。
「もう少ししたら、着替えに行きましょうか。あまり、フローラさんの部屋にいるのも誤解を受けてしまいますから…」
「そうですね…」
◇◇◇◇◇◇◇
旦那様は、自分の客間に着替えに行った。
私は朝、着替えた部屋に行くと普段着に着替えたお母様がいた。
お母様なら、まだ何とか普通に出来そうだから良かった…。
「フローラ、お母様が着替えを手伝うわ」
「ありがとう」
「フローラ…。さっきの事はあまり気にしないで良いと思うわ」
「…ありがとう、お母様。ただ、旦那様の方がダメージを受けてるみたいだから…何も無かったように接してあげて」
「そうでしょうね…それにしても、あの子があんなに感情を乱す所なんて初めて見たわ。そちらの方は大丈夫なの?」
「旦那様の名前は、お母様が最初に「クリス」と名付けて、その後に「クリストファー」と魔術師長が付けたらしいの。それ以外にも魔術師長の言葉は温かくて愛情があって…本当の父親以上に旦那様を深く思ってくれていて…。それがとても旦那様には心揺さぶられることだったんだと思う」
「そうなのね。クリスという名は侍女姿だったクリスにもおかしくない呼び名だったからずっとそう呼んでいたけど。先生と私とクリスが勉強する時、クリスは普通に男の子の恰好をして先生も「クリストファー」と、呼んでいたわね。父である王は本当にクリスに冷たかったけれど、先生はクリスを王子として誰よりも相応しい様に熱心に教育されていた…今思うと、あれは深い愛情だったのかもしれないわ」
「旦那様は、魔術師長を父のように思っていて、魔術師長も旦那様を息子のように思っていたのよ。旦那様を王子だとか優秀な生徒では無く、息子同然に愛してくれてた事が今日分かったのよ。旦那様は、自分を愛してくれる父親を何よりも欲していたのかもしれない…」
「そうね…だから、あの子は嬉しかったんでしょうね…とても…」
お母様は、綺麗な瞳を潤ませた。さっきの旦那様みたい。
でも、お母様の瞳の色より、旦那様の方が青が深く濃い…。
「そういえば、旦那様の黒の様な青い瞳が、旦那様のお母様の魂を救ったって魔術師長はおっしゃっていたけど…どういう意味かしら?」
その言葉だけが良く分からなかった…でも、とても心に残った。
「魔術師長の瞳の色と旦那様の瞳の色は一緒だから、旦那様の父となって守りたかったとも言っていた…」
なんだろう、この二つの言葉が心に引っかかる…。
「…クリスのお母様は…お父様に…王に無理やり…。それで、心を壊し食事をほとんどしなかったと聞いているわ…それを、先生が必死で治療したという事も聞いたことがある…。クリスのお母様はクリスを殺してと言ったそうよ。でも、最後は生かしてくれと言った…」
お母様の言いたいことが分かった気がした。
お母様が、泣きそうな顔で言った。
「クリスのお母様は…クリスを王の子ではなく、魂を救ってくれた先生の…愛する人の子だと思おうとしたのかもしれないわね。想像でしかないけど…クリスの目の色が先生と一緒だから、そう思う事でクリスを愛せたのかもしれない」
「魔術師長が一度も結婚をしなかったのは…二人は両想いだったからかしら…」
今でも魔術師長は、旦那様のお母様を愛しているのだろうか…だとしたら、なんて切ない二人だろう…。
「クリスのお母様が亡くなった日、私に聞いたの『クリスはクリストファーになりました…いいですか』って。きっと、先生が付けた名前をクリスに与えたかったのね…」
あくまでも私達の想像だ、正解かは分からない…。これが事実だったとして旦那様にとって、どういう意味になるのかも…。
間違いないのは、魔術師長の愛は本当の父親以上だという事。
それは、旦那様の母を誰よりも愛していたから…そして、旦那様の母も魔術師長を愛していたからではないのか…。だからこそ、彼は王にたった一人意見し王子と認めさせようとし、自分の息子にしようとしたのではないのか…愛する人の忘れ形見の為に自分に出来る事は全てして、彼を少しでも幸せにしようと…。
魔術師長の屋敷に行った時「私の覚悟」が知りたかったと言われた。
そして、私は「運命に負けない」だろうと。
魔術師長はどんな気持ちで、それを言ったのだろう…。
普通の16歳だった旦那様の母は、王の無理やりな行動に覚悟など出来るはずもなかったろう。
そして、運命に負けてしまった。
魔術師長は覚悟はあったかもしれない…でも、運命には負けてしまった…。
普通じゃない選択をした私達が幸せになるためには「覚悟」と「運命に負けない」強い想い…それが両方無いと幸せにはなれない。
魔術師長は経験から、そう私に聞いたのだろうか。
魔術師長は結婚に協力してくれた。私達の運命の味方になってくれた。
しかも、自分はあくまでも師として。
旦那様にとって、真実が判明する事は救いになるのだろうか。
魔術師長は、旦那様に真実を知って欲しいのだろうか。
その選択をするのは私じゃない事だけは分かった…。
読んでいただいてありがとうございます。
次の話はチョットした家族会議です。
少しだけ甘さもあるかな?という感じになります。




