ある春の日 4
あけましておめでとうございます。
少し甘めです。
3日間の休みが終わった朝。
私達はベットにいた。
ベットに横になってお互いを見つめるような体勢で手を握られていた。
春休み中なので旦那様は、朝10時から15時までの短縮勤務になる。
今は7時だから、まだ時間的には余裕がある。
「今日からお仕事ですね」
「ずっとここで、フローラさんと一緒に居たいです」
ダメですよって言わなきゃいけないんだけど…。
「……」
言葉が出ない。
困ったな「行かないで」とか言ってしまいそう。
答えない代わりに抱きついてしまった。旦那様も抱きしめ返してくれる。
旦那様に恋してると気づいて一年近く、学生らしく清らかにしていた反動が確実に来ている…お互いに。今日からは日常に戻らなければ…。
「今日の朝食は、何時に来る予定ですか?」
「8時です」
「…そうですか」
「あと1時間ありますが、どうしますか?」
久しぶりにルカ夫妻と顔を合わせなきゃいけないし、旦那様が出勤したら私だけになっちゃうからなぁ…。
「今日は一人になってしまうので…夜まで無しでお願いします…」
私がそう言うと、旦那様は少し笑って言った。
「分かりました」
旦那様は私を抱きしめたままだけど、それ以上はしない。服はお互い着てないけど…。
「フローラさんは、私が出勤した後はどうする予定なんですか?」
「一応、家計簿的な物を見せてもらおうかな~と、思ってます」
「そうですか。今まで交際費は無いに等しかったのですが、フローラさんがお茶会やパーティーをしたいと言うなら計画してもらっても大丈夫ですよ」
「うーん、私も領地では内輪のパーティー位しかしたことが無いので……。アナやベルやミラを邸に呼ぶくらいでいいんですが…」
学園長は本当に権力とは無縁だし、世間では平民上がりの貴族だと思われている。
この邸で社交的な事は無かったからこそ、使用人もルカ夫妻だけで大丈夫だったんだろう。
学園長が控えめにしていたからこそ、王は先王の妄言を否定できたんだろうし…。
正直、私も社交的な方ではないので今まで通り控えめでいいな…しないことで非難される事もなさそうな気がするし…社交するメリットもなさそうだし、むしろ社交は私にとってデメリットしかなさそう。
単純に仕切り方が分からないし、お客様を楽しませる技量は無いだろうし、誰も得しない感じがする。
「ドレスや宝石を買っても大丈夫ですので、遠慮はしないで下さいね」
「ありがとうございます。でも、実家から持ってきたドレスや宝石で十分ですし…元旦の挨拶で王宮に行くくらいしか着る機会もないでしょうし…」
しかも、お父様がお小遣い的な物を定期的にくれることになった。
昔から私の為に定期的にお金を貯めていたそう。それをこれからは貰ってくれと言われた。旦那様のお金を使う機会は少ないかも。
「一年に一着くらいは作って欲しいですが。フローラさんの良いようにして下さい。これからは元旦には夫婦で王宮に行くことになりますね」
そう言うと、旦那様はさらにギュッと抱きしめてきた。
旦那様も王である兄と和解も出来たし、私もイライザさんに会えるし楽しみかも。
「夫婦で参加するって不思議ですね」
「自分には縁が無いものと思ってましたが…」
縁が無い…王宮に住んでいた時、旦那様の元旦はどうだったんだろう…。
お母様やおばあ様は王族として行事に出席していただろうし…。
「…これからは、色々な行事を夫婦で出来ますね。子供が出来たら、もっと楽しくなりますよ」
ふと浮かんだ旦那様の過去より、明るい未来の話をした。
「そうですね。しばらくは二人でいたいですが…」
「二人もいいですね。そう言えば、私…落ち着いたら宮廷魔術省に呼ばれるみたいですが…」
この世界は結婚したら普通は専業主婦なんだろうけど「聖女の魔法」を使える私は一応それなりのポストを与えられるらしく、お給料も出るらしい。
毎日、参内するわけじゃないみたいだけど…。
「結婚式が終わってからになりますね。それと、今日から警備が付きますので…外の門に二人と、家の玄関の前に二人がいらっしゃいます。私が出勤する時間に、こられるそうです」
「そうなんですか…。そう言えば実家の方にも警護が付くみたいですね」
今、この国は平和だから大丈夫だとは思うけど、変なこと考える人っていつの時代どの世界でもいるしなぁ。
「そうですね、やはり「初春の叙勲」で、色々思う人もいるかもしれませんからね…私がいつも一緒ならいいのですが…」
「…私が学園で特別講師とか出来たらいいですね」
「それは可能かもしれません」
「そしたら、一緒に居られますね」
「学園なら私もフローラさんを守れますし、元々警備はしっかりしてますし、学生にとっても良い勉強になるでしょう」
「旦那様は「聖女の魔法」以外も研究してるんですよね? 私も、一緒に研究してみたいです」
「それもいいかもしれません。宮廷魔術省はワイアット先生が直属の上司となってくれるようですが…あまり、フローラさんを先生以外の男性に見せたくはないですし…」
ちょっと、ヤンデレっぽさが出てきている。
「えっと、でも、女性も働いているそうですし、あまり心配しなくても大丈夫だと思いますよ」
「…フローラさんは自分の容姿に無頓着ですから…安心はできません」
「お父様と旦那様以外の男性と親しくする気は全くないですし、旦那様より優しくて素敵な男性なんて、この世に居ませんから大丈夫ですよ」
お父様も私の為に色々してくれる優しい人だけどお父様だし…。
「…ソルさんは優しくて素敵なのでは?」
そう言えば、ソルは上の学校には行かず、そのまま宮廷魔術省に勤めるらしいから会う事もあるのか…。
確かにソルさんは優しいし、容姿も優れてるよね…攻略対象者だものね。
「そうですね。ソルさんは優しいし素敵ですね」
「……」
あっ、事実を正直に言ってしまった。
「でも、私にとって旦那様以上ではありえないですよ。それに卒業の時、ソルさんは旦那様以上に私に相応しい人はいないって言ってましたし…もう、私の事は過去と言うか…さっぱり決別してる感じでしたよ」
危ない危ない…。
忘れそうになるけど、旦那様はやっぱりヤンデレはヤンデレなんだよなぁ…気を付けないと。
「フローラさんは、私のどこが好きなんですか?」
初めて聞かれた。
「簡単に言うと全てですけど…」
本当にそう。嫌いな所なんて一つもない。
「具体的に言ってもらってもいいですか?」
やっぱり、嫉妬的な何かでヤンデレってるのかな?
「そうですね、一番最初に素敵だなと思ったのは笑顔ですね。とっても爽やかで素敵でした。優しい口調と穏やかな雰囲気と、私を本当に大切にしてくれている所。人の気持ちが分かって気を使ってくれている所…時々、情熱的な所も…。私だけに甘えてくれたり顔を真っ赤にしてみたりする所も。旦那様の声も好きです。綺麗なプラチナの髪も、綺麗な指も…全部好きです」
伝わるかなぁ…本当に全部好きなんだけど…。
ちょっと体を動かして、旦那様を見た。
あら…顔が真っ赤だ。
「私は本当に旦那様の全てが大好きですよ。世界にもし旦那様より優しくて素敵な人がいたとしても私の中では旦那様が絶対に永遠に一番ですから」
そう言って、私はキスした。
絶対に私は旦那様以外の人に心奪われる事なんてないのに…嫉妬なんかしないで欲しい。
「大好きですよ」
私は旦那様の胸に顔を埋めた。
「フローラさんは、私の顔は好きじゃありませんか?」
あ、褒めてなかったか…。
「そんなことないですよ、綺麗な優しい青い目も、綺麗な唇も好きですよ」
「たぶん、フローラさんは私が平凡以下な容姿だったとしても、私を好きになるような気がします」
「そうですね。どんな容姿の旦那様でも、心が旦那様なら、きっと大好きになりますよ」
「フローラさんは、いつも人の心を見ているんですね」
「私、美形で優秀で外面が良い性格の悪い人が一番ダメで。それが男性なら本当に無理なんです。旦那様みたいに優しい男性は本当にめったにいませんよ」
前世の兄とニールが当てはまる。もしかするとニールは、私を好きじゃなければ優しい人なのかもしれないけど…でもダメだ。
美形で性格が悪く外面が良い人って本当に関わり合いになりたくない。
実状を知らない第三者には「お兄さんは優秀で優しくて羨ましい」って、よく言われたものだ。
本当の事を言っても信じてもらえないだろうから、ただ笑ってごまかすしかなかったけど。
前も今も、夫と親友と旦那様は分かってくれるから良かったけど。
「…フローラさんは、領地で優しい両親に愛されていたと思うのですが…時々、私以上の苦労をしているように感じます……姉上の優しさとフローラさんの優しさはどちらも素晴らしいですが質が違う気がするんです」
…旦那様は鋭いなぁ…。本来、今の両親に育てられたら天真爛漫な少女が育つはずだからね…。
「嫌ですか…?」
「嫌なんてありえません。むしろ、貴女の優しさは私を救ってくれています。ただ、苦労をした人のような大人の包容力を貴女が持っているのが不思議で…」
旦那様は、私を守ってくれていたし両親もそうだ。私は現世で所謂苦労と言うものはした事が無い。死にたいほどの絶望や苦痛を味わったのは前世の私で、包容力がある優しさというか、優しくて努力した人の為なら同じようなモノを与えたいと思ってるだけで…相手が優しくなかったら私は結構冷たいと思う…。
「気になっていたんです。ニールさんが貴女の大事な物を壊した人に似てると聞いた時…貴女の男性への興味の無さは、女性として何かあったのかもしれないと…。でも、それにしては違和感があって。それに、貴女の初めては全て私ですし…これは疑いようもない。何かもっと違う苦労や苦痛だとして…でも、姉上達がそんな苦労や苦痛を貴女に与えるだろうかと…」
私が感じた苦痛は、ほぼ全て前世由来だから…。現世は旦那様が叔父だって知った時だけど。それは私の性格を決定づける出来事ではないからな…。前世の兄達のトラウマが男嫌いの元だし…旦那様も教師だから気づいちゃうのかな…。
でも、前世の記憶があることは旦那様には言えない…だって、私は前世で結婚して子供もいた。今は私も前世は前世、今は今と思っているけど。ヤンデレの旦那様には耐えられないだろう…。前世は前世で大事だし、今は今でもちろん大事だし二人で幸せになると彼を守ると決めたのだから。
「安心して下さい、旦那様。貴方や両親は私を完璧に守ってくれていましたよ。 ただ、小さい時に美形で外面のいい男の子が私の宝物を壊したんです、たくさん。でも、外面が良いので信じてもらえなくて。たぶん、両親も覚えてないでしょうけどね。幸せな家庭に育った分、私には衝撃的な出来事で、その後、色々な物語や使用人の苦労話などを読んで聞いているうちに、年齢の割には大人びた感じになってしまっただけですよ。本当の優しさとは何か、そしてそれを持ってる人は希少だという事に気づくのが早かっただけです」
前世でもそうだけど、男の子って好きな子に嫌われるようなことばかりするし。
現世でもお母様似の分、小さい時は好意の意地悪は結構されてたし。
それに元々、勧善懲悪の時代劇が大好きで前世から若さがないと言われてたし。
昔と今の本当の話を合わせてみた。
「でも、そんな性格の私を旦那様が好きになってくれて良かった」
そう言って私は、旦那様の胸に甘えるように自分の頬をつけて左右に振った。
「私だって、フローラさんの全てが好きです」
「具体的には?」
私はからかう感じで言った。
「私も、フローラさんの笑顔が一番最初に好きに…と、言うより…心を奪われてしまいました。普段のフローラさんは真面目で表情もあまり変わらないのに、子供のような無邪気さで私への好意が溢れる愛らしい笑顔で…それを何度も私だけに…しかも、だんだんそれが進化していくものだから…」
旦那様は、そう言うと私の頭にキスをした。そして続ける。
「どんどん進化して、親友に向ける笑顔以上になった時…私は、よく耐えたと自分でも思いますよ…。立場上、自分への好意には敏感な方でしたが…。初めてでした、こんなにも好意を向けてくれるのに、本人が気づいていないのは。フローラさんが私を好きだという気持ちに気づいたのはニールさんの一件の時でしょう?」
「…そうですね」
そんなにバレバレだったのか…よく私、無自覚でいられたなぁ…。
そう思った私を、大切な宝物のように旦那様は髪を撫でる。
「あの時は、ずっと気づいて欲しくなかった。でも、気づいてくれたから今の幸せがある…。人生は不思議ですね」
ちょっと、恥ずかしいから敢えて言った。
「旦那様は私の笑顔だけが好きなんですか?」
「いいえ。具体的に言ってもいいですが…恥ずかしがり屋のフローラさんが耐えられるか心配で…。私は優しいので」
旦那様は楽しそうに笑った。
「そうですね……。フローラさんは私が口付けをして離すと、少し寂しそうな顔をするんですが…それがとても可愛らしくて…。少し情熱的な口付けの時は、頬を染めて俯く所も可愛らしくて…。私の事を好きだと言ってくれる時は、とっても一生懸命で可愛らしく、愛し合ってる時の好きは本当に…っ」
「もういいです」
私は手で旦那様の口を塞いで言った。
笑いながら旦那様は私の手を取った。
「フローラさんが、具体的に聞きたいと言ったのに」
「何か、思っていたのと違います」
「どう思っていたのですか?」
「……」
「フローラさんは、私を好きだという時は本当に一生懸命に言っているんですよ。必死で好きだと言うフローラさんは、私をいつも世界一の幸せ者にしてくれる…」
そう言うと、旦那様は深い口付けをする。
「だから、誰にも見せたくない…」
そう言って、また口付けをする。
そこまで分かってて嫉妬するのか…でも、やっぱり嫌いな所ではない。
少し困るだけ。
それ以上に、彼が世界一の幸せを感じられてる事の方が嬉しく、私も世界一の幸せを感じている…私も結構重症だ、彼が愛しくて仕方がない。
「フローラさん、貴女を大切にしてくれる所が好きだと言ってくれたのに…約束を破ってしまいます…」
そう言うと、旦那様は私を優しく愛し始めてしまった…夜まで無しと言ったのに。
でも、私も止めて欲しくない。結局、旦那様は私の気持ちに敏感で優しい。
そして、朝食前にはちゃんと終わらせる所も流石だ…。
読んでいただいてありがとうございます。
今年もよろしくお願いします。次は結婚式になります。
更新はムーンさんと一緒になります。




