ある少女の話
ブックマーク100を超えましたので番外編を追加していきます。
ブックマークをしていただいた皆様ありがとうございます。
クリスティーナの話になりますが、王太后の話よりも重く苦しい話になります。
ご注意ください。
10歳の時、病気で母が亡くなった。
男爵の末の娘だった母は、優しい人で清貧な生活を楽しめる明るい人だった。
騎士の父は、そんな母を愛し、私を愛してくれた。
でも、12歳になってすぐ、父は盗賊の討伐の際に同僚を庇って亡くなった。
父母の実家はどちらも没落していて、私を養女にするような余裕などなかった。
しかし、幸運にも父に命を救われた同僚が自分の親戚のツテを使い、王妃のメイドの仕事を紹介してくれた。
「貴女が新しいメイド? 名前は何と言うの?」
美しい王妃は、私に優しく聞いてくれた。
「クリスティーナと申します」
「そう、可愛らしい名前ね。何歳なの?」
「12歳になったばかりでございます…」
「…ご両親はもう亡くなったとか…。大変だったわね…。これからは、ここで一生懸命働いてくれたら、ここが貴女の家になるわ。励みなさい」
美しい王妃は、優しく微笑んで言ってくれた…。
なんて、優しい方なんだろう…この方の役に立つように、これから王宮で一生懸命働こう…。
私は王妃付のメイドという事になった。
王妃は今、お二人目のお子様を懐妊されている。
第一子であるルーカス王子はやんちゃ盛りの4歳。
とても可愛らしく元気な王子だ。
王妃であるお母様が大好きで、いつも「母上、母上」と、言っている。
でも、王妃は今、悪阻の真っ只中。
充分に相手をしてあげられないことも多い。
そんな時には、私が王子の遊び相手をしている。その様子を王妃はソファーで見ている。
「ルーカスはクリスティーナが好きね」
「クリスティーナは優しいし大好きです!!」
王妃と王子が嬉しい事を言ってくれる。
「勿体ないお言葉です。私の方こそ、王妃様もルーカス様も大好きです」
メイドとしては不躾な言葉かもしれない。でも、王妃は嬉しそうに笑うだけで咎めることは無い。
「お二人にお仕え出来て、私はとても幸せでございます」
そう言って笑うと、王子も王妃も笑ってくれる。本当に幸せだ。
王妃のお腹にいらっしゃる、王子か姫か…。どちらにしろ、きっと可愛らしい優しいお子様だろう。楽しみで仕方がない。
私が13歳になってすぐ、王妃はとても美しい姫君をお産みになった。
ルーカス様と一緒の銀色の髪がうっすら生えている。
顔立ちは、美しい王妃に似てらっしゃって、輝くばかりの赤子だ。将来はきっと美姫になるだろう。
ただ、今回の出産は難産だった。王妃は回復に時間がかかり、姫君が2歳になった今も、たまに高熱を出して寝込まれることがあった。
王妃が体調の悪い時は、ルーカス王子がエレアノーラ王女をお母様の分まで可愛がっている。
「エレアノーラ、母上はお熱なんだよ。だから、お兄様が遊んであげるからね」
「はい、おにいさま」
なんて、美しく可愛らしい御兄妹だろう…。
7歳になったルーカス王子は、初めて会った時よりやんちゃさは抜け、王子らしくなったが、妹と接する時は年相応の優しい兄になる。
王子と王女の侍女達も微笑ましく二人を見ている。
王妃が寝ている部屋から出て行った二人の天使を見送り、私は王妃の側に控える。
「王妃様、果物か何かお持ちいたしましょうか?」
「…少し寝てから頂くことにするわ…」
そう言うと、王妃は美しい目を閉じた。
しばらくすると寝息が聞こえる。
何か食べやすい物を厨房の方に頼んで来よう。
その日の王妃は、夕方になっても目を覚まさない…。
大丈夫だろうか…。
魔法医師でもあるワイアット・ルクレールが治療してくれているが、今日は、いつもより王妃の体調が悪いらしく芳しくない…。
夜になると、王がいらっしゃった。
「王妃は目覚めぬのか?」
ルーカス王子にそっくりな王に私は言った。
「今日は特に体調の戻りが悪いようでございます…」
王は、つまらなそうに言う。
「王女を産んでからと言うもの、臥せる日が増えたな」
この方は、王妃を愛してはいるのだろうが…王妃の心配より王妃が自分の相手を出来ない事の方を嘆いているように感じる…。
「きっと、もうすぐお元気になられますので…」
「…明日になれば元気になると申すか?」
いつもは一日程で回復されるから、たぶん明日には大丈夫だと思うけど…。
「今日は少しいつもより体調がお悪いようですので…」
「お前は、確か身寄りがないのだったな?」
「…? はい」
「なるほどな。では、明日また来る」
そう言って、去って行った。
次の日、王妃は昨日よりは体調が良くはなっていたが微熱があった。
「王妃様、何か食べたいものはございますか?」
「…そうね、あまり酸っぱくない果物があったら食べたいわ…」
「ただいまお持ちいたします」
今日の王妃は食欲があるようだ。よかった。
私は、厨房で果物を用意してもらい、王妃の体調が良くなるように、お世話を一生懸命した。
王妃は、軽い夕飯を食べると、眠くなったようだった。
お昼に清拭させていただいたから、そのまま眠られても
気持ち悪くは無いだろう。
新しい水差しを貰ってこようと、王妃の部屋を出ると王がいた。
「王妃は回復したか?」
「昨日より回復されましたが、今日はもうお休みになられました」
「…お前は何をしに行くのだ?」
「新しい水差しを取りに行こうと…」
「それより、大事な仕事を与えよう」
そう言うと、王は私の腕を掴んで大股で歩いていく…。
すると、客間の前に連れて行かれた…まさか…。
王は、突き飛ばすように私を客間に入れ、扉を閉め鍵を掛けた。
「私を慰めろ、王妃の代わりに」
「そんなこと…どうか、お許しくださいませ!!」
私は、ベットの上に押し倒された。
「抵抗すれば、王妃にお前が私を誘惑したと伝える」
「……!!」
そう言うと、王は私の服を全て脱がしていく。
私は、ずっと頭がガンガンしていた。
自分の身に何が起こるかは分かっている…でも、抵抗すれば美しく優しい王妃に「王を誘惑した女」と、王が言う。
それだけは嫌だ…初めて会った時から私に優しくしてくれ、私に居場所を、私に温かい幸せな気持ちをたくさん与えて下さった王妃に知られたくない。
何も感じない、頭がガンガンして、吐きそうになる…。
目から涙が溢れる…。不思議と痛みは無い。ただ異物感と獣のような大きなものが体の上にいるのだけが分かる。
涙が頬を伝う感覚だけが理解できた。
どこを見ていたのか分からない…だって、目を開けているのに何も見えない。
「…陛下…これは一体…」
「見ての通りだ。これからはお前が始末をしろ。誰にも気づかれぬようにな」
扉が閉まる音がする。
「…お待ちくだ…っ…」
この声は…誰だっけ…。部屋が明るくなった。
「…クリスティーナ…」
暗闇からやっと解放された…でもこれは、一瞬の解放。
私の地獄は、きっと始まったばかりだ。
あの日から私は、自分の体から生臭さを感じた。
その臭いは、体をいくら洗っても取れない。
そのうち、食事が満足に取れなくなった。
獣はあれから何回も私を蹂躙した。
その度に臭いは強くなる…臭くてたまらない。
あの日の声は、メイド長だった。メイド長も災難だ。
獣に貪られ、人形のような私を清めなければならないのだから。
いくら清めても、私は汚いままなのに。
「クリスティーナ? 体調が悪いのではないの?」
王妃が心配そうに私を見た…。
いけない、この方だけには気づかれては…。
「申し訳ありません、最近胃腸の様子がおかしくて…」
そう、最近吐き気がする。
病気ではないだろう、精神的な物だと思う。
「休んでもいいのよ?」
「クリスティーナ…おねつ? オナカいたい?」
王妃と王女が私を心配する。
そんな価値など、私にはもう無いのに…。
「申し訳ありません、今日は休ませていただいても宜しいでしょうか?」
「いいわ、ゆっくり休みなさい」
「おやすみ、クリスティーナ」
王妃と王女が言う。
私はメイド長の所へ向かう。
「王妃様には許可を頂きました。今日は体調不良で休ませていただきます」
「…どういう状態なのですか?」
「食欲がなく、吐き気がするだけです。多分、精神的な物かと…」
メイド長なら、理由は分かっているだろう。
「…月の物はあるのですか?」
「…? そう言えば、最近…まさか…」
月の物はいつも狂いがちだった…。でも…。身体が震える。
「…少し、ここでお待ちなさい」
メイド長が部屋から去る…嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!
そこから私の記憶が無い。
「気づきましたか…クリスティーナ」
今、何時なのかも分からない。
「…クリスティーナ。貴女は王の子を…」
メイド長が言う。
「嘘!!嘘よ!!」
私は叫んだ。そんな事、王妃への最大の裏切りになる…。
そんな事、私は望んでいない!!
「落ち着きなさい、貴女はもう一人の体ではないのよ」
「あはは!!私のお腹には獣の子がいるんですね!!」
「クリスティーナ!!」
メイド長の部屋の扉が開く。
「クリスティーナ、お前、子を宿したらしいな」
獣がやってきた。私の名前を覚えていたのか。
王妃が褒めてくれた名前を、私の両親がくれた名を獣が呼ぶな!!
「…もう、王宮にはいられません」
出て行こう…もう、王妃や王子や王女に会わす顔なんてない…。
「どこに行く? お前は身寄りが無いはずだろう?」
「クリスティーナ。貴女はもうここを出て行けません。王の御子を宿しているのだから…」
獣の子を宿しているから出て行きたいのに、獣の子がいるから出て行けない?
出て行けないなら、今すぐ。
「…殺してください」
「…クリスティーナ…」
「何を言っている。きっとお前に似た王女が生まれるだろう。大事にしろ」
そう言って、獣は去った。
私に似た王女? そんなモノこのお腹にはいない。このお腹には汚らわしい獣の子がいるだけだ!!
「殺して!!私と獣の子供を!!」
「…少し、眠りなさい」
ワイアット・ルクレールが私の額に触れた。
私は意識を手放した。
目を覚ますと私は、部屋に閉じ込められていた。
王宮のどこかの部屋なのだろう…どこかは分からない。
メイド長とワイアット・ルクレールがいた。
「…私はどうなるんですか…」
「王の子を産むまで、ここに居てもらう事になりました…」
「体調はどうだ?」
「体調? そんなもの、ずっと良くない!!」
私はワイアット・ルクレールに怒鳴った。
獣と似たような年齢だろう…それだけで腹が立った。
「では、治そう…」
「触らないで!!」
ワイアット・ルクレールの手を払った。
「クリスティーナ、無礼ですよ」
「いいのです、メイド長。申し訳ない、王家の魔法医師として私が君の専属医師となった。本来なら女性が良かったのだろうが…」
…この方は王妃の担当もなさるほどの方だった…。
「…無礼をお許しください」
「いや、いいのだ。どこか痛みはあるか?」
「…特には」
「君はまだ15歳になったばかりだ…危険な出産になる可能性が高い…」
「獣の子と一緒に死ねるなら本望です」
「…ルクレール様、後は私が…」
メイド長がそう言うと、ワイアット・ルクレールは下がった。
「クリスティーナ、何か食べたいものはありますか?」
「ありません」
私と獣の子など、この世界には必要ない。
あの美しく優しい王妃と、純真無垢な美しい王子と王女に獣の子など見せてはいけない。
汚れてしまった私も一緒に逝くべきだ。
夜、獣は獣らしく、私を食べに来た。
いつものように汚らしい息を吐いて。
流石に最後まではしなかったが、優しくしているつもりだろうか。
ああ、獣は知能がないから優しくしているつもりなんだろう…お前が私を天国から地獄に落としたくせに。
食欲が無いから食べない。
なのにお腹は不気味に膨らむ…気持ち悪い。
ワイアット・ルクレールが、私と獣の子を生かそうとする。
父母の所に行きたい…でも、そんな願いは誰も聞いてくれない。
◇◇◇◇◇◇◇
そして、獣の子は私のお腹で暴れだした。
痛い痛い痛い痛い!!
「オギャーー!!」
獣が咆哮をあげた。
とうとう獣が生まれた…。
「クリスティーナ、クリスティーナしっかりして…」
この声は…。
「王妃様…」
「良かった、気が付いたのね…」
良かった? 良くなんてありません…王妃…。そんな獣を貴女が抱いてはいけない。
「獣を殺してください…」
「えっ?」
「私が産んだ獣を殺してください…」
「クリスティーナ!!」
「王妃様、見てはいけません、獣も私も。王妃様の綺麗な瞳が穢れてしまいます」
「…クリスティーナ…許して…」
…?王妃…どうして貴女が泣くの…?
「私は貴女を救えなかった…気づくのが遅すぎた…許して…」
泣かないで…貴女は泣いてはいけない…私には…そんな価値はもう無いんです…。
「お願い、生きて!!クリスティーナ、お願いよ…。貴女が産んだのは獣なんかじゃない。クリスティーナに良く似た、可愛い男の子よ…」
私に良く似た男の子…。扉が開いた。
「子が産まれたようだな…」
獣がやって来た。お前が望んだ女の子じゃない、殺せ。
「…男か。お前に良く似た王女が生まれると思ったが外れたな」
そう言うと、獣は去った。
「陛下!!お待ちください!!」
王妃が叫んでも、獣の耳には聞こえない…扉の音が響く。
「殺していけばいいのに…」
「…クリスティーナ…。私がこの子を守るから…だから、生きて…」
どうして王妃は獣を抱き続けるんだろう…。
「フニャァ…」
獣が泣いた。
「お願いクリスティーナ、この子に乳を…」
扉がまた開いた。
「クリスティーナ、赤ちゃんをうんだの?」
王女…。私を忘れないでいてくれたのか…。ちゃんと喋れるようになって…。
「エレアノーラ…貴女の弟よ…」
「違います!!見てはいけない王女!!」
「アアーー!!」
獣が叫ぶ。
「赤ちゃん、オナカ空いてるのかしら?」
「そうね、クリスティーナお願い…この子に乳を上げて。貴女の体の為でもあるの…」
「お母様、ダッコさせて」
「ダメよ、赤ちゃんはお腹が空いているの。早く飲ませなければ…」
「クリスティーナ、早くのませてあげて。ダッコしたいの」
王女の声が聞こえない。獣がうるさい、黙らせなければ。
「乳を飲ませます…」
王妃は、優しく獣を私に渡した。私は横向きに寝ながら獣に乳をやった。
獣の子らしく、乳を吸う。
「スゴイ、のんでるわ…かわいい」
王女が可愛らしい声で言う…かわいい?この獣が?
「ふふっ、この子は私の弟ね。私、うーんとかわいがるの」
かわいがる?王女が獣を?
「お名前はなんていうの?」
「名前なんてありません…」
「そう…じゃあ、クリスにしましょう!!クリスティーナの赤ちゃんだから」
「そうね、そうしましょう。この子はクリスよ。エレアノーラの弟のクリス。仲良くしてね」
「かわいがるわ!!だって、とってもかわいいもの」
「クリスティーナ、王女が名前を付けたわ。それ以外の名を呼ぶのは許さない」
…王妃…。
「返事をしなさい」
「…はい」
「たくさん飲んだわね、ゲップを出させないと…」
「私がやる~」
「クリスこっちに来なさい。エレアノーラ、ハンカチを肩に置くわよ。そして、クリスを肩に乗せて…。優しく背中を撫でてあげなさい」
王妃がクリスを支えて、王女が可愛らしい手でクリスの背を撫でる。
「こう? お母様?」
「そう上手よ…」
「ゲフッ」
「あ、したわ!!お母様!!」
「クリスもエレアノーラも上手だったわ」
綺麗な二人の…なんて綺麗な光景なんだろう…。美しく優しい王妃が、美しく純真な王女と一緒にクリスを可愛がっている…。
ついこの間まで、この中に私はいたのに…。確かにいたのに…。
この子は…。クリスはその中に入れるだろうか…私の代わりに…。
駄目だ…この子は王妃の子供じゃない。獣の血しか入ってない…。
◇◇◇◇◇◇◇
「体調はどうですか? クリスティーナ殿」
「…さあ」
「食欲はありますか?」
「ありません。なのに乳は張るんです」
「…そうですか。クリス王子は順調のようですな」
「王子?」
「王子は、黒の様な青い目をしている。髪の色は銀色ではないが確かに王家の血を引いた正当な王子だ」
「黒の様な青い目なら、貴方だってそうじゃないですか…そうだ、あの子は私と貴方の子供だってことにしましょうよ」
ワイアット・ルクレールに、私は言った。
いっその事そうだったら…王妃を泣かせなかったのに…。
「…そうしましょうか?」
「え?」
「クリスは私と貴女の子として、私と夫婦になりますか?」
「穢れた私と結婚なさるの?」
「貴女は穢れてなんかいない」
「獣に食べられた食べカスなのに?」
「貴女は、16歳の可愛らしい少女だ」
「ああ、クリスを産んでから獣が来ませんね。貴方に引き取ってくれと言ったんですか?」
「いえ、誰もそんなことは言っていない。貴女とクリスを守りたいのだ」
「…同情ですか?」
「分からない。でも、貴女を守りたい」
「…変わった方ね…」
「良く言われる。だからこの年まで独身なんだろう」
彼はどこまで本気なんだろう。ここから、クリスと一緒に出られるのだろうか…。
クリスが獣の子じゃなければ、皆が幸せになれるかもしれない。
「私に口付けが出来ますか?」
ワイアット・ルクレールの唇が私の唇に触れた。
獣が唯一触れなかった場所だ。
「嫌だったか?」
私は首を横に振った。
「ならば、どうして泣くんだ?」
泣いているのか…私は…。
「初めての口付けだからかもしれません…」
「そうか、私もだ」
私は驚いた。グレーの髪に黒の様な青い目の彼は整った顔立ちをしている。
それに、30歳くらいだろう。
「おかしいか?」
「いいえ…おかしいのは貴方じゃない」
おかしいのは、あんなに美しく優しい王妃がいるのに私を貪った獣だ。
「そうか。もし、夫婦になってもいいと思ったなら食事をとって欲しい」
「やっぱり、王妃様に言われたんじゃないですか?」
「誰もそんなことは言ってない。私の考えだ」
「私を抱けますか?」
「今は抱けない。君の体調はまだまだ回復していない」
「回復したら抱けるんですか?」
「抱いてもいいなら抱く」
「…本当に変わった方ですね」
「良く言われる」
「ふふっ…あはは…」
「君の楽しそうな笑い声は初めて聞いた」
「私も久しぶりです」
「君は笑うと、とても可愛らしいのだな」
「………本当に…変わっ…た…方…」
「…そうか」
◇◇◇◇◇◇◇
王妃と、王女は、私とクリスを見に良く訪ねてくれる。
でも、体調を考えてくれて、1時間くらいで帰っていく。
私は少しだけ食欲が出た。
相変わらず、乳だけは良く出た。
クリスは良く飲んだ。私もゲップをさせることが上手になった。
夜になると、ワイアット・ルクレールが私の体調を診に来てくれる。
口付けをして欲しいと言うと、彼はしてくれた。
彼の口付けは、ただ触れるだけだ。
なのに、とても体が火照る。
「王女がクリスと名付けてくれたけど、貴方にも名付けてもらいたかった」
「では、クリストファーというのはどうだ? 私の尊敬する師の名前だ」
「素敵な名前ね。王女に聞いてみるわ」
「そうか、気に入ってくれて嬉しい」
彼は最近、笑うようになった。
最初会った時は、無表情だったのに。
獣に襲われた日以来、私にとって初めての平和な時間が訪れた。
クリストファーは、もう少しで6カ月になる。
◇◇◇◇◇◇◇
獣はいつも突然やってくる。
「なんだ、元気そうではないか」
獣は私に覆いかぶさる。私は初めて抵抗した。
だが、ずっと満足に食事をとらず、まだ産後の回復が万全ではない。
私が獣に勝てるはずが無かった。
「次こそ、王女を産め」
そう言って獣は去った。
また、あの獣の子を産まされるのか…ワイアット・ルクレールが妻にしてくれると言ったのに…。
「大丈夫か!!」
ワイアット・ルクレールに獣に食べられた跡を見られてしまった…。
「…臭いから…」
「私が浄化した」
「ううん、臭いの…せっかく臭わなくなっていたのに、生臭いの…。身体を洗っても消えないの…」
「…血が出ている。止血する」
「血の臭いじゃないの…もっと違うの」
「私には血の匂いしかしない。今、治す」
「獣が私にまた子を産めと言った…貴方の妻にはなれない」
「申し訳なかった…もっと早く来ていたら…」
「獣は私が元気そうだと言った…貴方が獣から守ってくれていたのね」
「…守れなかった」
「…もう、いいの。私はもうダメだわ…貴方の妻になれない」
「……逝くな」
「口付けして…」
「分かった」
彼の唇は震えていた。
次の日から、私は起きることが出来なくなった…。
王妃と王女とワイアット・ルクレールが、私の枕元にいる…。
ルーカス王子は元気なのだろうか…。
「なんだ、やはり弱っていたのか」
獣の声がする。
「陛下!!どうしてこんな!!」
王妃の声だ。
「エレアノーラは宰相の息子と結婚することが決まっている。お前はもう出産には耐えられまい。だが、この国には、もう一人くらい王女がいてもいい。クリスティーナに似ていたら使えるだろう。それに、身寄りが無いならお前が産んだことに出来る」
「っ……………」
「…陛下…!!」
王妃の声にならない声と、いつも冷静なワイアット・ルクレールの怒りがこもった声を聞いた。王妃の体調は考えられただけ、獣としては上出来だ。
「ワイアットよ。「聖女の祈り」お前は発動出来そうか?」
「……」
「もし、発動出来たら、どんな褒美でもやるぞ」
そう言って獣は去った。
「王妃様…」
「クリスティーナ…」
「王妃…申し訳ありません…あの子をクリストファーを生かしてください…」
「クリスティーナ、元気になって」
「王女…クリスはクリストファーになりました…いいですか…?」
「いいわよ。私はクリスと呼ぶわ」
「王妃、王女、試してみたい魔法があるのです。クリスティーナと二人にしてもらってもいいでしょうか」
「…分かったわ。エレアノーラこちらへ」
「クリスをダッコしてまってるね」
美しく優しい王妃、王女…クリストファーをお願いします…。
「クリスティーナ…すまない」
「なにが…?」
「私には「聖女の祈り」は、発動出来ない」
「…代わりに…約束して…」
「なんだ?」
「来世…私を妻にして…」
「ああ…約束する」
「口付けして…」
ワイアット・ルクレールの唇が私に触れる…。
ああ、獣は私を産む道具としか思ってなくて良かった…。
ここだけは、綺麗なままで…。
彼の初めての口付けは綺麗で…。
あの子は、愛されるだろうか…。
あの子は、幸せになれるのかな…。
「クリスティーナ、君を愛している…」
「…私も…」
幸せの…呪文を…ありがとう…。
来世…きっと…私を見つけて…。
一番に…見つけて…。
さよなら…。
私の…。
初恋…。
読んでいただいてありがとうございます。
ワイアット29歳 クリスティーナ16歳のお話です。
次は、フローラ達のラスト後の話になります。




